二月五日は久しぶりに用事のない土曜日となった。ハートランド・フリー切符で雪を見にどこかへ行くことにした。来週は三連休でどこも混むだろうから今週はチャンスだ。しかし、朝遅くなったうえに、下の娘(4歳)を連れていかねばならないから、あまりハードなことはできず、夜も遅くならないうちに帰ってこなくてはならない。

 短時間で元をとるにはやはり新幹線だ。とすれば、まだ乗っていない山形新幹線に乗りたい。しかし、片道は鈍行で雪の峠越えをしよう。奥羽本線はスイッチバック廃止前に乗ったきりである。

 一一時〇分発の「やまびこ」に乗るつもりで東京駅に行ったら、その前の一〇時四八分のがすいていたので、乗ってしまう。上野・大宮で少し乗客が増えたが、それでも自由席は八割ぐらいで、無賃の客も安心して座っていることができた。少しすると娘は早くも退屈して、弁当を食べようという。仕方がないので、東京駅で買った幕の内を開き、おかずを少し分けてもらってつまみにしながらビールを飲む。

 空は快晴、雪の山がだんだん近づいてくる。

 一二時一八分福島で下車。奥羽本線の鈍行の出発まで一時間近くある。福島交通か阿武隈急行に少し乗ってみようかと思ってホームまで行ったが、時間が中途半端でだめ。駅ビルの中の店をぶらぶらして時間つぶし。

 一時ごろに鈍行の出るホームへ行ってみると、電車にはもうだいぶ人が乗っていた。やがて座席はほとんど埋まって、一三時一五分発車、銀世界を進む。庭坂を過ぎてカーブしながらぐいぐいと登っていくと、右手に福島盆地がかなり雄大に広がってくる。しかしそれもつかの間で、トンネルに入り、いよいよ山の中へ分け入っていく。

 奥羽本線の板谷峠は、スイッチバック時代の鈍行で2回越えたことがある。2回目は4駅連続のスイッチバック廃止の少し前、当時やはり4歳だった上の娘を連れてきて、大沢駅で降りて弁当を食べて引き返してきた。そのときはかなり暑かったが、今日はすべてが雪で覆われている。冬には珍しく晴れてはいるが、山の中の雪景色は厳粛で、暖かい車内から眺めているのが申しわけないような気になってくる。標準軌の電車は快調に登り、スイッチバックの跡を残した4つの駅に次々と止まる。板谷では多少乗降があった。

 少し長く止まったのは米沢だけで、あとはどんどん走る。どこもつかの間の晴れ間を利用して雪降ろしが行われていた。お城のような高畠駅では、「信長サミット」というのぼりが立ち並んでいた。

 
 一五時〇二分山形着。娘は雪だるまを作りたいと言っていたが、ごまかして上りの山形新幹線ホームへ。狭軌の線路との間を分断されたおかげで階段を歩かなくてすむ。

 一五時二二分の「つばさ」に席を確保し、売店で家へのおみやげに漬物のセットを買う。いろいろ気配りが必要なのである。ついでに暖めるしかけのついたひれ酒の缶を買う。初めて乗る「つばさ」はなかなか乗り心地が良い。テーブルもしっかりしている。ただ、テーブルを出していると窓側の人はまったく出入りできない。かなり揺れると聞いていたが、座っているとそれほど感じない。しかし、なるほど奥羽線部分では立ってみると確かに揺れる。揺れた拍子に娘はトイレのドアに頭をぶつけて泣いた。

 福島を過ぎてからはうとうとして、一八時〇七分上野着。

 
 要するに単に山形まで往復しただけだが、普通の切符だと、運賃一一三四〇円、特急料金七七九〇円、合計一九一三〇円となるところ、一万五千円だったから、十分元はとれている。

 しかし、ハートランド・フリーは明日も有効である。

               * * *

 翌二月六日(日)、起きてもう一度ハートランド・フリー切符を見直した。一度家に帰ったら無効、とはどこにも書いてない。まだ寝床でぐずぐずしているカミサンに声をかけようとしたら、「また出かけたいんでしょ」と機先を制された。お言葉に甘えてまた出かけることにした。今日はひとりである。

 
 もう一日、といっても、いろいろな都合で今日は早く帰ることにしようと思う。比較的近いところでまだ乗ったことのない線、ということで、米坂線に乗ることにし、連日の山形新幹線乗車となった。

 八時〇六分上野始発の「つばさ」に乗る。発車前に若干時間があったので、売店でサンドイッチと車内より安いコーヒーを買って朝食とする。自由席は一両に七、八人しか乗っていなかった。後で見たら、まったく人のいない指定席車両もあって、これではがんばっている車内販売のおねえさんが気の毒だ。

 昨日よりは雲があり、板谷峠もきびしい表情を見せていたが、つばさは快走する。

 
 一〇時一五分、二〇時間ぶりに米沢に着いた。同じホームの後ろの方からわずか二分の接続で米坂線の快速「べにばな」が出る。二分では弁当を買うのは無理かなと思っていたら、ちゃんと弁当売りのおじさんが待っていたので、牛肉弁当を買う。このあたりは、普通の新幹線からの乗換えより都合がよい。ただし、ビールが買えなかったので、食べるのは後の楽しみとする。

 今日の旅の友に持ってきた本は、小学館の前のシリーズ「全線全駅鉄道の旅」の『奥羽・羽越一八〇〇キロ』。この中の米坂線の部分は、このシリーズの編集委員の宮脇俊三氏が自ら執筆している数少ない線のひとつである。宮脇氏にとっては、この線の今泉駅で終戦の「玉音放送」を聞いたという特別の思い出がある線だそうだが、この本の米坂線の部分では、淡々とした短い的確な解説が快い。

 「べにばな」は3両編成、各車両二〇人近く乗っていて、まずまずの乗車率だ。最初は米沢盆地を進むが、やがて山にさしかかり、雪国の人には申しわけないが、美しい雪景色を堪能した。たくさんの小さい鉄橋を渡り、トンネルを出ると分水嶺を越えて下りになる。一二時〇七分坂町着。九〇キロを一時間五〇分だからなかなかがんばっている。

 
 このあとそのまま羽越線、白新線を進み、一二時五七分新潟着。

 帰りの上越新幹線で、弁当を広げる。牛肉弁当ではビールのつまみになりにくいかなと思ったが、つけあわせの漬物などがなかなかよい。それにしても、米沢の弁当を上越新幹線で食べるというのは珍しい事態といってよいだろう。

 
 2日目のコースは、普通切符だと、運賃一〇六七〇円、特急料金八〇二〇円で、計一八六九〇円となる。2日間合計では乗った距離が一五〇六・六キロで、総計三七八二〇円分、我ながらよく乗ったものである。