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PFF 2000 : LOVE & SEX
★★★★★=すばらしい ★★★★=とてもおもしろい ★★★=おもしろい ★★=つまらない ★=どうしようもない

PFF 2000:中国語圏映画最前線

【2000年6月30日−7月7日 東京国際フォーラム/映像ホール】

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ボブ・フラナガンの生と死(キルビー・ディック)

ボブ・フラナガンは生まれながらに肺に膿が溜まるという不治の病に冒され、医者からは二十歳までは生きられないと宣告された。生きてるのが嫌になるような苦痛に苛まれながら生きるうち、苦痛をいつしか生の実感とすべく自らの身体を痛めつけるパフォーマンス・アーティスト=「スーパー・マゾヒスト」として有名になった人である(すでに故人) これはボブ・フラナガンのパフォーマンスの記録と、彼と彼の唯一絶対のドミナ、シェリー・ローズのインタビューからなるドキュメンタリー。言ってみれば身障者がV&Rのビデオに出るようなもの(あっちはAV、こっちはアート。でもヤッてることは同じ) 90分のオリジナルが、税関でペニスに釘を刺したりする(!)場面がカットされて80分の上映時間。凄絶としか言いようのない人生で、たしかに痛々しくはあるが、おれの心には響かなかった。男のハダカ見てもねえ…(え?そーゆー問題じゃない?) ● 「ぴあ」のPFFディレクターが開映前の挨拶で税関のカットに触れて「税関の人は世の中に男性器があってはいけないと思ってるらしくて」云々とご立派な挨拶をしておったが、それって「世の中にピンク映画なんてものが存在しないと思ってる映画情報誌の編集者」と、一体どこがどう違うのか教えてくれよ。

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典型的なAV女優のイメージといえば「オツムが空っぽ」か「頭でっかち」。なんでAVやってるの?と訊かれても「えー、だってお金ほしいしい、セックス好きだしい」とアッケラカンとカメラの前で本気でセックスしちゃうタイプか、地方から出てきてわりと偏差値の高い大学とか出てて(あるいは在学中で)一大決心をして「本番女優」になって、夜な夜なゴールデン街でクダをまく。…あ、いまあなた「いねえよそんな奴!」とツッコミましたね? いるんだなあ海の向こうには。それも笑っちゃうくらいこのまんまのイメージで。というわけでアメリカのハードコア女優列伝2篇−−

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ステイシー・バレンタイン(クリスティーヌ・フガート)

女性監督が1人のハードコア女優を1年近く追いかけたドキュメンタリー。ステイシー・バレンタイン。…カル・ヴィスタやVCAといった一流メーカーで活躍する、プラチナ・ブロンドにEカップ巨乳、キム・ノヴァク似のマスクの“ゴージャス”なポルノスター。とはいえ「人前でセックスするのが商売」というだけで、素顔の彼女は普通の20代の女の子。世の中のOLたちと同じように悩むし、恋に傷つくこともある。そしてそんななんやかやを乗り越えてあっけらかんと生きている。いわばこれは、とあるキャリア・ガールの生活と意見の記録である。 ● 本名ステイシー・ベイカー。オクラホマ出身。赤ん坊のときに養子に貰われてきたけれど、父親から性的虐待を受けることもなく、ごく普通の少女時代を過ごし、それが当然のように地元の男性と結婚。その亭主に勧められてハスラー誌の「ガール・ネクスト・ドア」(=原題)に応募したことから彼女の人生は変わっていく。高校生のときはバスケの上手い子や頭の良い子が羨ましくて仕方なかったけど、あたしにも得意なものがあったんだ!それはセックス。あたしはセックスが大好きだしフェラのテクニックなら誰にも負けない自信がある。そうして彼女は亭主と別れてハリウッドへとやって来た。ギャラは一日1,000ドル。アナルOKなら1,250〜1,500ドル。2穴挿入をやれば2,000ドル。アナルの前には自分で浣腸して清潔に。もちろん定期的なエイズ検査も欠かせない(てゆーか撮影前には全俳優にエイズ検査票の提出が義務づけられてる。ハリウッドには「AV業界専門の検査クリニック」とゆーものがあって往年のハードコア女優シャロン・ミッチェルが院長をしてるのだった) ハードコア男優と同棲を始めて、だけど人前でセックスするのを商売にしてる者同士がお互いへの愛情を維持するのはとても難しくて、やっぱり別れてしまう。落ちこんだ時には手術!おっぱいに入れてる食塩水パックのサイズを変えて、腰まわりの脂肪を吸引してもらって気分もスッキリ。ラスベガスでのAVNアワードの主演女優賞は獲り損ねたけど、カンヌ映画祭と同時開催のホット・ドール賞を貰えたから大満足。カレも戻って来たし。だってあたし今年はこんなに頑張ったんだから…。 ● 基本的にすべて彼女の1人語りでインタビューはなし。カメラは被写体の心に土足で踏み込む真似はしない。だから「あたしは人の信用レベルが異様に低い」と何気なく口にしたり、耳の後ろの、髪で隠れる場所に日本語で「だれも信じるな」と入れ墨をしたりする彼女の「心の闇」はうかがい知れない。ではあっても、現役売れっ子女優の整形手術の現場や、まだ唇の腫れがひかない顔までカメラに映した、かなり赤裸々なドキュメントではある。なお、撮影現場のシーンなども出てくるが、諸兄の実用には適さないので念のため。

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アナベル・チョンのこと(ガフ・ルイス)

アナベル・チョン。…ビデオの撮影で、10時間で251人とヤッたセックス世界記録を持つハードコア女優。本名グレース・クォク。シンガポールのカソリック家庭に生まれた中国人の少女が、英国ケンブリッジのハイスクールに留学、LAに渡ってUSCで文化人類学を学ぶ。それまで自分の躯に、…いや自分自身にコンプレックスを持ってたけど、在学中に美術のヌードモデルで目覚めて、エド・パワーズの「ダーティ・デビュータンツ」でビデオデビュー。過激もの企画もの2穴3本挿入まで何でもござれのイケイケぶりでのしあがった、歯並びの悪いハリウッド女優セイコ・マツダそっくりのハードコア女優。 ● 虹色に染めた五分刈りヘア。薄い胸、華奢な身体にタンクトップ。ルームメイトはゲイ青年。「集団SEX世界記録保持者」とか「アバズレ」とかのTシャツを着てUSCの授業に出る。ジェリー・スプリンガー ショーに出て「251人とヤッたのはフェミニズムの実践だ」と強がる。「金のためじゃない」とか言って、製作者にうまいこと騙されて未だに(251人ビデオに関しては)ノーギャラである。東大とか行って学生運動で人殺しちゃうとか、典型的なそーゆーパターンだな。 ● しかし、これフェイクだろ。違う? いや「251人ファック」のビデオは事実だし、出自もほぼ本当だろうけど、そうした事実を基に周到に脚本・構成・演出・演技された偽ドキュメンタリーだと思う。だって背景から小道具からカメラアングルから演出の臭いがプンプンしてるもの。USCの同級生として登場するサングラスをかけた女なんて見覚えがあるぞ。 ● アナベル・チョンはポルノ業界に見切りをつけてシンガポールに里帰りするが、1年後に業界復帰。スタジオに向かう前に一言「いろいろあったけど、わたしはまだ“アナベル・チョン”かしら?」…な?ずぇーったい脚本家がいるって。 ● 後日、劇場公開が予定されているそうだが、この映画、ちんぽとかポロポロ映ってるけどほんとに税関通ってるのか?

PFF 2000 : 中国語圏映画最前線

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シャワー(チャン・ヤン)

中国映画。垢抜けた都会派コメディ「スパイシー・ラブスープ」で29才の鮮烈デビューを飾ったチャン・ヤン(張揚)監督の第2作。前作とはうって変わって伝統的な人情コメディにチャレンジした。舞台となるのは北京近郊の旧街区にある銭湯「清水池」(日本風に言えば「清水湯」) 脱衣場の代わりに日本のサウナにあるような休息室がついていて、垢すり・マッサージ・吸出し・床屋と至れり尽せり。湯からあがった年寄りたちが将棋を指したりコオロギ相撲をしたり。「變瞼(へんめん) この櫂に手をそえて」の老優が演じる風呂屋の大将は、番台に座ってるだけじゃなく垢すり三助から床屋の親父まで大忙し。これを手伝うのが刈り上げ&半ズボンの薄ら馬鹿、まるで松村邦洋みたいな下の息子。そこへ、家を出て深珊の経済特区で新妻と暮らす、一重瞼と薄い唇がジャイアンツの桑田真澄に似てる上の息子が帰郷してくる。(そもそも広東の方には大衆浴場ってものが無いらしく)シャワーの方が能率的だなんて考えてる彼は、いわば「人情浮世風呂」とでも言うべき実家の風景を馬鹿にしてる。だが、親父が倒れて否応なく家業を手伝うはめに。そんなとき旧街区の再開発の話が持ち上がって…。 ● と、まあ容易に展開が予想できる類の映画だが、この手の話の定番である風呂屋の客のキャラクター/エピソードなどが豊かに描かれているため、楽しめるプログラム・ピクチャーとなった。 ● しかしこれ個人単位で使用する「シャワー」を否定して、大人数で入る「大衆浴場」に価値を見出す映画なのに、なんでタイトルが「シャワー(洗澡)」なんだろ? ● 配給会社がついて近日公開予定だそうだ。

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ルアンの歌(ワン・シャオシュアイ)

中国映画。1966年生まれの中国映画〈第6世代〉ワン・シャオシュアイ(王小帥)の第3作。「ソー・クロース・トゥ・パラダイス」という原題でチラシに記載されていた作品だが、邦題がついてキネカ大森にて11月公開予定。「ルアンの歌」というと、いかにも主人公の名前のようだけど、いや実際にヒロインの名前はルアン・ホン(阮紅)ていうんだけど、「ロアン・リンユイ 阮玲玉」って映画もあったように「ルアン」は苗字だぞ。日本語で言うなら「タカハシの歌」。それはちょっと。 ● 1980年代の終わり。都市経済の急速な発展にともなって、農村から大量の労働力が都市に流入した。主人公の青年もそんな出稼ぎ労働者の1人。裏のビジネスで成功した同郷の兄貴分を頼って町に出てきたものの、生来の押しの弱い性格が災いして港でケチな日雇い仕事で糊口をしのぐ毎日。兄貴分が仕事上のトラブルから1人の女を攫ってきたのはそんな時だった。ベトナムから(文字どおり)流れてきて、店外デートOKのカラオケクラブで客が聞きもしないブルースを歌ってるクラブ歌手。いつも物憂げに煙草を吹かして、べったり塗った赤い唇に描きぼくろ。厚化粧がデフォルトになってしまった夜の花。兄貴分が力ずくで自分のものにしたその女に、青年はどうしようもなく惹かれていく…。 ● ストーリーからお判りのように日活ムードアクションである。すなわち“ここではないどこか”にある明日を夢見てドブの臭いのする町でもがく男と女の話だ。だが、この監督は物語がドラマチックになるのを避けるように、いくつかの決定的な場面の描写を省略して、主人公のナレーションに説明を委ねてしまう。ある種の台湾映画やウォン・カーウァイの「いますぐ抱きしめたい(モンコク・カルメン)」、大島渚の「太陽の墓場」などに通じるすえた夏の臭いがする青春映画。

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ザ・デイズ(ワン・シャオシュアイ)

ワン・シャオシュアイ(王小帥)監督のデビュー作。中国政府の目を盗んで無許可で製作したという、1960年代の日本映画を思わせるモノクロ映画。「純粋に芸術家でいるために、結婚し、学校の片隅に部屋を貰う教師になり、支えあい、時間のすべてを創作にあてようとするドンとチャン。貧しさと背中あわせの日々に倦み疲れ、迷い、離れていく2人の姿に、中国の残酷さを描く」(チラシより)という♪貧ーしさにー負けたー ♪いいえ、世間にー負けたーな話だが、すっかり寝てしまったので星は付けない。

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チュンと家族(チャン・ツォーチ)

台湾映画。1999年の東京映画祭のグランプリ「ダークネス&ライト」(「最愛の夏」という邦題が付いて有楽町のシネ・ラ・セットほかで晩夏公開予定)のチャン・ツォーチ(張作驥)監督、35才のときの作品。ジャンルとしては「不良少年もの」で、主人公の少年が(暴走族に入るかわりに)「八家將」という宗教的伝統芸能・・・隈取りをした8人の少年演者が民族音楽をバックにトランス状態になるまで踊り狂い刃物で自分の身体を傷つけたりする魔除けの興行(?) 日本でいう獅子舞のような感じか?・・・に入門して、という話。ほとんど寝てたので星は付けないが、不親切な演出タッチが近年のホウ・シャオシェン(候考賢)にそっくり。

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ミーポック・マン(エリック・クー)

1995年のシンガポール映画。エリック・クー(邱金海)監督、30才の時の初長編。自国の映画産業を持たないシンガポールで初めて製作された自主製作による長篇映画。 ● ミーポックとはシンガポールのラーメンみたいなもの。繁華街の裏町で、亡くなった親父から継いだラーメン屋を営むうすのろ青年(ジョー・ン)が、いつも店にたむろする1人の娼婦(ミッシェル・ゴー)に恋をする。…つまり「二十日鼠と人間」や「スリング・ブレイド」にも通じる「愚者と聖女」のラブストーリーである。 ● 彼は黙ってれば、なかなかハンサムな青年なのだが、ものを尋ねるとモゴモゴとしどろもどろになるし、なにしろ美味いラーメンを作ること以外に能がないうすらばかだから、つねに周りから笑いの種にされている。そんな青年をいつも庇ってくれる娼婦は、だから彼にとっては天使だ。彼女は母親と弟を養うために仕方なく躯を売っているが、ともかくこの薄汚い街を出たくてしようがない。だから「ロンドンへ連れて行ってあげる」と甘言をささやくスケベ白人写真家に(心の中では騙されてると知りながら)コロリと騙されてしまう。ある日、車に轢かれた彼女を青年が自分の部屋で看病することになるのだが、彼に医療の知識などあるはずもなく…。なかなか戻ってこない姉の寝室で、姉の日記を見つけた弟がそれを盗み読む。いつまでも彼女と暮らす青年の姿に、日記を朗読する彼女の声が重なる。一枚の集合写真…小学校の入学式だろうか…そこには子どもの頃の彼と彼女が写っている。ささやかな幸せを望むヒロインの想いが哀しい。 ● 塵ひとつ落ちていない都会、林立する高層ビル、ご清潔なキリスト教文化…といったイメージからはほど遠い、シンガポールの(まさしく東南アジア的な)下町の風景が魅力的。

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イーティング・エアー(ケルヴィン・タン&ジャスミン・ン)

シンガポール映画の最新作。漢字で書くと「吃風」。ケルヴィン・タン(唐永健)とジャスミン・ン(黄錦佳)という若い男女の共同監督によるウォン・カーウェイ風味の「ガキ帝国」 ● ゲーセンに入り浸り、ケンカに明け暮れる高校中退の悪ガキ4人組。リーダー格は若い頃の佐竹雅昭みたいな顔をしたベンジャミン・ヘン。こいつが、昼は(秋葉原のラジ館か中野プロードウェイのような)ハモニカ型ショッピングセンターに入ってるコピーショップ、夜は路上の雑誌スタンドでバイトする女子高生に一目惚れ。演じるのは真っ平な胸の、レベッカのノッコ似のアルヴィナ・トー。つき合い始めた2人だが、グループのサブリーダー格の、若い頃の小川直也みたいな顔したジョセフ・チョンがヤクザとトラブルを起こして…という、洋の東西を問わず「ケンカもの」の定番のストーリー。 ● 画面にバシバシ、フィルターをかけて、シンガポール・ポップスが流れるウォン・カーウェイ風の画面も、パクリというよりは確信的なパロディかもしれない(「トレインスポッティング」も入ってるかも) 「ミーポック・マン」に主演してたジョー・ンが音楽監修としてクレジットされている。音響はなんと「スター・ウォーズ1」と同じドルビーSRD−EX(効果のほどは不詳だが)

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