石鹸


「なあなあ、これ何だよ?」
 洗面台で髯を剃っていた男が声をかける。
「ん?何よ。ああ、それは洗顔料よ」
 呼ばれた女は料理の手を止め洗面台に顔を出す。
「ふーん、にしても同じような奴が一杯あるなぁ」
「まあ、身だしなみは大事だから」
「じゃあ、これは?」
「それは化粧落とし用のよ」
「そうか。で、これはハンドソープだろ。で、これがボディソープか」
「でも確かに改めて言われてみれば、我ながらたくさん持ってるわねぇ」
「これはシャンプーで、これがヘアコンディショナーか」 「まあ、体には洗わなきゃいけないところがたくさんあるんだから仕方ないわよね」
「ん?これは何だ?」
「え?ああ、これはジョンのシャンプーよ」
「ジョン?あ、あの犬コロのか」
 その男の一言で女の表情が変わる。
「ちょっと!ジョンは私の大切な家族よ。それを犬コロだなんて……今度言ったらタダじゃすまないわよ」
「なんだよ、うるっせぇなぁ。ん?これは何だ?まだ使ってないじゃんか。ああ、どうせこれもあのバカ犬の何かだろ。な?……うっ」
 笑顔で振り向く男の腹に包丁が突き刺さる。
「今度言ったらタダじゃすまないって言ったでしょ」
 女は冷ややかに言い放つと包丁を握る拳により一層力を加えた。
 やがて崩れ落ちた男の体に一瞥くれた後、男が最後に聞いた石鹸に目をやる。
「あ〜あ。こんなことから足を洗うために買ったのになかなか使えないもんよねぇ」


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