善と悪 |
5階建てのビルの屋上ではただならぬ緊迫感が漂っていた。 いかにも悪人といった顔つきの男が刃物を片手に女を人質にとっている。そんな男に向かってもう一人の男が叫ぶ。 「そんなことをしても俺は屈しないからな!俺は必ずやり遂げてみせる!」 その台詞に男は刃先を舐めるように視線を動かした。 「お前は俺が冗談でやっていると思っているようだな」 「当たり前だろ!お前はそんなことをするような人間じゃないはずだ」 「ハッハッハッハッ……いいか、よく聞け。この世はいい人間ばかりじゃないんだよ。俺のような人間もいるのさ」 「そ、そんなことしてただで済むと思ってるのか!」 「あとのことなど知ったことか。俺は上の命令によって動かされているだけだ。お前の行動を止めろというな」 「人質を取れというのも上からの指示だというのか!」 「これは単なる俺のやり方だ。何事も手っ取り早いのが好きなんでな。ほら、お前も何か言ってやりな」 目許に涙を浮かべて女は叫んだ。 「お願い!この人の言うことを聞いて!だいたい、そんなことをしても何もいいことなんかないじゃない!」 「く、くそぉ〜!!」 「とっとと決めてくんねぇかなぁ。もうだいぶ腕が疲れちまってよぉ、このままだとナイフを変な方向に動かしちまいそうだ」 「バ、バカな真似はよせ!」 「なら、とっととこっちの言うことを聞け!」 「ひ、卑怯だぞ」 「卑怯だと?よくもそんな口がきけたもんだな。お前が何をしようとしたのか分かっているのか」 「そ、それは……」 「どうするんだ!俺の要求を呑むのか呑まないのかはっきりしやがれ!」 「し、しかし……」 「この女がどうなってもいいのか!」 女の喉元に突きつけられた刃物が鈍い光を放つ。 「わ、わかった。言うことを聞く……だから、母さんを離してくれ!」 遂に男は折れた。男はうなだれて、その場にがっくりと膝を落とす。 「よし、連れていけ!」 その一声で数人の男達が現れ、膝まづく男の両脇を捕えた。 「ほら、お母さんもついていって」 そう言うと男は人質を解放した。母親は涙を流して息子の元へと走り寄った。 「母さん、ごめんよ。こんなことに巻き込んでしまって」 息子の頬に母の情け容赦ない平手うちが飛ぶ。 「何を言ってんだよ、このバカ息子は!もう、刑事さんに謝りなさい!」 「いいか、もう二度と自殺しようなんてするんじゃないぞ」 そう言って二人の姿を見送ると、悪役あがりのその刑事はゆっくりと煙草に火をつけた。 |