忘れてた |
待ち合わせの時間はとっくに過ぎているのあいつは来ない。 居酒屋のテーブルには2杯目のビールが運ばれてきている。 いつものことだが、やはり怒りは込み上げてくる。 ポケットから携帯を取出し、あいつを呼び出す。 15コール目にやっとあいつは出た。 「何やってんだよ」 「あ、忘れてた」 「どうせまた寝てたんだろ。早く来い」 一方的に電話を切る。 20分後あいつはやってきた。 急いで走ってでも来たのか、顔色が悪い。 「どうした、体調でも悪いのか?」 「大丈夫だよ」 「そうか」 「ところで、来週の準備は出来てるのか?」 旅行を計画していた。 「あ、忘れてた」 そうだろうな、とは口に出さず肩だけ叩く。 外は冷え込んでいるのだろうか、あいつの肩は冷たかった。 「外は寒いのか」 「あ、忘れてた」 「どうした」 「雪が降ってるんだよ、外」 そういえば今朝の天気予報で言っていた気がする。 来週の旅行の話を肴に酒を飲む。 居酒屋の閉店時間が来た。 「何ボーッとしてるんだよ。今日はお前のおごりだろう」 「あ、忘れてた」 あいつは懐をあれこれと探すが何も出てこない。 「また、財布忘れたのか。しょうがねーなぁ」 いつもの通り俺が金を払う。 これがあいつの常套手段じゃないのかと疑りたくもなる。 外へ出ると雪は上がっていた。 地面を見れば軽く湿っている程度だ。 あいつがとりわけ大きな声で叫ぶ。 「あー、忘れてた!」 「今度は何だ」 「今日葬式だった」 「誰の?」 「お前の」 足下を見ると足が無かった。 「あ、忘れてた」 |