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  樺沢 東京新聞にコメント (2003年2月24日)

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 もともとは、チェーン・メールから始まった、単なるお遊びであるが、社会現象として興味深い側面がある。いくらお遊びだとしても、「スター・ウォーズ」を全く知らない人や、「スター・ウォーズ」が大嫌いな人は、国勢調査に「ジェダイ」教とは書かないであろう。すなわち、英国や豪州では映画「スター・ウォーズ」が社会一般に広がって、認知度、浸透度が高いということが言えるだろう。河原氏の言うように、日本では絶対にこういうことにはならない。 
 さて、これらに投票した人が、どれほど本気だったかという問題はあるものの、「スター・ウォーズ」は宗教となりうるのかについて、考えてみたい。
 宗教というと、イコール「神」をイメージするが、「神」をよりどころにしなくても、例えば「山」のように物を拝むものも宗教である。「映画」作品を崇め奉っても、それは宗教ではないとは言えない。
 「スター・ウォーズは神話である」
 ジョージ・ルーカスがよく言う言葉である。ルーカスは、昔は「西部劇」が神話だった。しかし、今の若者には神話がない。とも言う。「西部劇」は、ものの善悪や、道徳などの生活、行動の規範を示している。すなわち、ルーカスの神話の定義は、ものの善悪や、道徳などの生活、行動の規範を示す物語ということになる。
 人々が映画「スター・ウォーズ」を、正義、善悪、人生の生き方の教科書とするなら、それはルーカスの言う「神話」となったということになる。同時に、宗教の教義、そこに示されるのは神話と同じく、ものの善悪であり、愛の大切さであり、倫理や道徳なのである。その点において、「ジェダイ」教は宗教となりうるのかもしれない。もちろん、ジェダイ騎士団の教義を守るということでは、全くないのだが・・・。
 (2003年4月10日)