近年、「医療はサービス業」という言葉がよく聞かれますが、では医療現場における「サービス」とはいったいどういうものなのでしょう。

 また、「顧客満足」という言葉もありますが、これを「医療現場における患者満足」という言葉に置き換えたとすると、患者さんの満足感というのは何によって得られるものなのでしょうか。

 少なくとも私は、患者満足というものにおける最も重要な要素は「良質な医療の提供」・・・つまり、医療(治療、処置)内容そのものが良質である」ということだと思っています。

 しかし、医療人側にも患者さん側にも、このようにお考えでない方はたくさんいらっしゃいます。

 本サイト内の「歯医者による歯医者選び」の項では、私が考えるところの「いい歯医者としての具備しているべき条件」を書いていますが、あれ自体はあくまでも私の私見であり、「いい歯医者」の基準には実にいろいろな見方があるようです。

 特に、患者さん側からの選択基準は、「痛くないから」 「治療内容についての説明をしてもらえるから」といったものにはじまり、「先生が優しいから」 「建物が新しくて綺麗だから」 「治療が早く終わるから」 「予約制じゃないから」 「サービスで歯ブラシをくれるから(これは、医師法違反です)」 「言葉使いが丁寧だから」 「笑顔で愛想がいいから」・・・等々、中には「先生が男前だから」とか「スタッフの女性陣が美人揃いだから」といったものまで、さまざまですね。

 そして、歯科医院側はというと・・・患者さんのご要望に対して妙に迎合した形(単なる、患者さんのご機嫌とり的なこと)の、見方によっては医療内容の充実とはまったく違った方向に偏った努力を重点的(!?)に行っている歯科医院と、自院の確固たるポリシー(医療理念、診療理念)を貫いている歯科医院、そして何の努力もなされていない歯科医院とに、大別できるように思います。

 何の努力もなされていない歯科医院は論外として、最近ではすべての患者さんに対して「○○様」とお呼びするよう、ご自身はもちろんのこと従業員に指導しておられる先生がたくさんいらっしゃいます。

 ちなみに、当院ではスタッフに患者さんを「○○様」とお呼びするよう指導はしていませんが、私としてはこのような従業員への指導が悪いと思っているわけではありません。但し、このようなことは、医療人、或いは医療機関として本来具備しているべき条件をしっかりと整えた上での、あくまでも「付加価値」であるとは思っています。

 つまり、ひとり一人のスタッフにきちんとした医療人としての心構えができてさえいれば、患者さんへの応対の仕方は自然とあるべき形で出てくるものであり、血の通った医療機関にはコンビニやファミリー・レストランにある接客マニュアルのようなものは必要ないと思っているということですね。

 本来、スタッフには日ごろから「患者」という立場の方々に対する医療人としての正しい認識や考え方を徹底して教育し続けていることこそが重要なのであり、もし、患者さんの耳に聞こえるところだけでの上辺だけの様扱いのみを教育しているのであれば、それは患者さんにとっても当の本人にとっても百害あって一利無し。

 それが、患者さんに対して心から出ている言葉であるのかどうかが問題なのであり、患者さんの前でいくら耳触りのいい言葉を笑顔で並べ立てていても、裏に回ればメチャクチャ言っている・・・というのでは、医療人、医療従事者として話になりませんね。このような従業員は、必ずやどこかでボロを出すことになるでしょう。

 ○○様とお呼びするのもいいのですが、それは医療人としてのしっかりとした自覚を伴ったものでなければならず、単なる見せ掛けだけのものでは何の意味もない・・・医療はサービス業であっても、単なる接客業ではないということを私は申し上げているわけです。

 要するに、医療機関においては従業員も含め我々はあくまでも医療人でなくてはならず、医療における第一のサービスは、「医療内容そのものが良質である」ということに尽きるということですね。

 「おやじは無愛想だし店構えも決して綺麗だとは言えないけれど、味は天下一品!」という店と、「見かけはいいんだけど、味は今ひとつ。」というお店・・・おやじの愛想もいいにこしたことはありませんが、少なくとも私なら前者のお店のほいうに行きたいですね。

 そして、ここで問題なのは・・・料理の美味しい不味いと違って、医療内容の良し悪しというのはみなさんにとって非情にわかりにくいということであり、それだけにみなさんにとって「いい歯医者」を見極めるというのは難しいわけですね。

 美味しいか不味いかはその場で判断できますが、特に歯科医療の味(!?)というのは1年、3年、5年、10年・・・と、長い時間の経過と共に徐々にわかってくるものです。こういった意味では、「風邪が治った」といった類の内科における治療結果とも、一味違うわけです。

 その歯科医院の診療スタンスは、院長の医療人としてのスタンスをはっきりと反映させているはずです。ですから、みなさんには・・・せめて、医療人としての院長の人間性やその姿勢をよく見て頂きたいと思うのです。

 医者が患者さんに提供できる(すべき)最良のサービスとは「良質な医療」であり、これ以外のものがこれより優先順位として上にくることはありえない・・・そして、これこそが医療もサービス業であるという所以であり、また患者のみなさんの満足につながる唯一の道だと、私は信じています。そして勿論、私自身もより一層良質な歯科医療をみなさんに提供できるよう、日々努力し続けていなければと常々思っています。

 医療サービスというものが、もし単なる患者さんのご機嫌とりや迎合といったものに置き換えられてしまっているのであれば、それは本来あるべき医療サービスの姿とは大きく異なるものになってしまっているはずです。

 歯周病に対する処置(ケースによっては、それが外科手術である場合もあります)を、面倒くさいからとか患者さんに嫌われるからといった理由から端折ってしまい、いとも簡単に型採りを終えて患歯にクラウンを装着してしまう歯医者がいたとしたら、それは緩んだままの地盤の上に家を新築するようなもので、結果的にその歯がダメになっていってしまうのは自明ですね。

 その歯自体の、或いはその歯を支える周囲組織のコンディションをしっかりと整えた上で型採りをするために、それなりの時間をかけて、患者さんご本人にもブラッシングの仕方をお教えし、そしてそれを励行して頂き、一緒に健康な状態を作り上げることができた時点ではじめてきちんとした形成と型採りをし、クラウンを完成させる・・・と、たった1本の歯を処置するにも患者さんの協力(自助努力)が必要なのが歯科診療なのですが、この面倒さ(患者さんの啓蒙啓発には、けっこう時間がかかるのです)を省き、「短時間で、元通りに噛めるようにしてもらえた。」というその場だけの好印象を患者さんに与えるような治療は、いくらにこやかに治療が進行していたとしても、決して本当の医療サービスではないのです。

 私たちは、医業を生業としています。、そんな私たちが扱っているのは生きている人間の身体であり、みなさんにお売りしているのは「医療」という商品なのです。言い換えれば、決して材料や薬をお売りしているのではなく、それらを扱う知識と技術をお売りしているのです。

 笑顔とともに丁寧な言葉遣いで患者さんに接する・・・これはとても大切なことだと思いますし、ある意味スタッフが美人だったりドクターが男前だったりというのも(!?)、それはそれでいいでしょう。

 しかし、医療内容自体の質が低かったのでは、その他のどんなファクターが上質であったとしても、それだけで医療機関としては完全に失格なのです。

 たしかに、「医療はサービス業」です。しかし、このサービスという言葉を履き違えると、とんでもないことになりかねません。そして残念なことに、患者さん側にも、あろうことか医療人側にも、医療の世界におけるサービスという言葉の持つ意味を間違って理解しておられる方がたくさんいらっしゃるように、私には思えてなりません。

 確固たる医療理念に基づく医師や医療スタッフの日々の研鑽の上に成り立ったしっかりとした良質の医療行為(医療技術)をベースとして、その上にはじめて患者のみなさんの快適さを求めたいろいろなファクターが加わってくる・・・これこそが、本来の医療現場におけるサービスのあり方なのだと私は思います。

 医療現場における最大のサービスは 「良質な医療の提供にあり、その他は全てこれが確立されていてこその付加価値なのです。