歯の外傷としては、ほとんどの場合が前歯ですね。

 私の診療室では、過去に運動部の大学生や交通事故でのケースもありましたが、「ヨチヨチ歩きで、テーブルの角で打った」とか、「走っていて、こけて床で打った」とか、「遊んでいて、友達の頭が当たった」とか・・・やはり圧倒的に多いのは乳幼児から小学生の子供達であり、またひとくちに打撲とか外傷などと言いますが、その状態と対処法はさまざまなのです。

 よって、この項では子供の前歯における外傷についてお話しすることに致しますが、万が一あなたのお子さんの歯が何らかの事故に遭われた時のために、最低限、下表の部分だけは「緊急時の対処法」として忘れないでいてやって頂きたいと思います。

「緊急時の対処法」

1)

歯の場合、「軽く打っただけで、子供もすぐに泣きやんだから」で、あまり安心はしないで下さい。その時は何事も無かったかのように見えていても、何日、あるいは何ヶ月もしてから、例えば神経が死んでしまって歯が変色したり、根っこの先に病巣を作っていたり・・・というようなことは、決して稀ではないからです。トラブルの大小に関係なく、歯を打ったというような場合は、とりあえずは子供の将来を考えて歯科医の診断と今後の注意などをおききになっておかれた方がいいと思います。

2)

1)の場合と違い外傷の度合いの大きい場合ですが、そのような時には、まず一番に連れてゆくべき科は何科なのかを、その場で冷静に判断してください。
頭を打っていないか・・・など、歯科領域に外傷が認められても、より優先して連れてゆかねばならない科があるかもしれないからです。

3)

それが歯科である場合、出来るだけ早く歯科医のもとへ連れて行って頂くことなのですが・・・

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子供の口を開けてみて、もしそこに前歯がなければ・・・まず清潔なガーゼか、あるいはハンカチでも結構ですので、それを噛ませてとりあえず止血させるようにした後、落ち着いて脱落した歯を探してください。

A

抜け落ちた歯を見つけることができましたら、そのまま常温の牛乳 (ロン・グライフ牛乳がいいとも言われています) に浸けた状態で歯科医に持っていってください。

B

砂場に落ちていたりして、たとえその歯が汚れていても、決して歯を洗ったりはせず、そのままの状態で牛乳に浸けて歯医者に持っていってください。

C

どのようなケースにおいても、その後は歯科医と共に経過観察をすることを忘れないでください。

このような外傷の場合、月日を経た後に変化が出てくる可能性も十分にあるからです。

    

  1) 年  齢

 ご存知の通り、子供の口(顎)はその成長発育と共に無歯顎(まだ歯の生えていない時期)から乳歯列期(乳歯だけの時期)へ、そして混合歯列期(交換期とも呼ばれる、乳歯と永久歯の混在している時期)を経て永久歯列の完成へと変化してゆきます。ですから、子供の場合にはそのトラブルがどの時期におこったかということが問題になってくるわけです。

 そこで、ここではまず前歯における各時期での分類をもとに話を進めることに致します。

1)

5歳くらいまで

一般的にこのくらいまでは、まだ乳歯の前歯が必要な時期です。
そして、後半のほうではその乳歯の下には生え変わるべき永久歯が控えています。ですから、この時期の事故においては、その乳歯と共に、その下に控えている永久歯への影響をよく考えて対処しなければなりません。

2)

5歳から永久歯が生えるまで

前歯の交換の時期は、早い子で5歳半くらい、遅い子では7歳くらい・・・と、幅があるのですが、要は生え変わり直前(半年前くらい)であれば、乳歯のトラブルに関しては深く考えず、下に控えている永久歯のことだけを考え、その乳歯は抜歯に踏み切ってもまず問題ないと思います。

3)

永久歯になってから

この場合、その子のこの先何十年の人生のことを考えて、対処しなければなりません。なんといっても、かけがえのない一本なのですから。

  2) 損傷の度合い

 ここでは、受けたダメージによって分類し、話を進めます。

1)

歯が脱落している(抜け落ちてしまっている)ケース

歯が抜け落ちてしまっている場合は、「緊急時の対処法」にも書きました通り、脱落した歯を見つけて牛乳に漬け、本人と共に歯医者に持っていってください。 元に戻る可能性は、かなり高いのです。

2)

抜け落ちてはいないが、ブランブラン、グラグラの状態

その状態のままで、歯科医院へと急ぎます。これも元に戻る可能性は、かなりあります。

3)

歯ぐきの下に(中に)陥没している状態

この場合も、そのまま歯科医院へと急いでください。これも、復位(元の位置に戻す)させて保存できる確率は高いです。

 これらの場合、その歯の神経を抜く必要性が非常に高いことと、必ずと言っていいほど固定(口の中でギブスの役割を果たすもの)が必要となってくることを知っておいて頂きたいと思います。(この固定法には、いくつかの方法があります)

4)

植立状態(歯の植わっている状態)に問題のない場合の歯の破損状況

・破損の状態

―― 歯冠部(歯の頭部分)の破折

―― 保存できる可能性、大

 

―― 歯根部(根っこ部分)の破損

―― 状況によって、微妙

―― 歯根まで縦割れしている

―― 基本的に保存不可能

―― 歯冠にヒビが入っている

―― まずは、経過観察をすべき

・歯髄の状態

―― 露髄(歯髄が露出)している

―― 神経を生かした状態で保存することを

    第一に考えて、処置をする

―― 露髄していない

―― 要観察

―― 歯にヒビが入っている

―― 要観察

  3) 歯冠修復の方法

 失われた歯冠部(歯の頭)の修復方法は、簡単に言って「つめる」か「かぶせる」です。

 乳歯の場合は、その歯はあとどのくらい使わなければならないかで、強度や審美性を考慮に入れた後、その期間に耐えうるだけの方法を選択すればよいでしょう。

 ところが、永久歯の場合は・・・その歯は、永久歯と交換するまで役目を果たせばいいという乳歯とは違い、いわばその子が死ぬまで使わなければならない歯なのです。特に幼若永久歯の場合、本来なら神経を抜かなくてはならないようなケースでも、歯根の完成までなんとか生かしておき、歯根完成後に神経を抜くというような手段をとらなくてはならない場合もあり、なかなか難しくなってきますし、それと同様に、本来ならば(成人の場合なら)かぶせなければならないケースであっても、いくつかの理由から、出来るだけ「かぶせる」という方法はとりたくないというのが我々歯科医の本音であり、少なくとも、ある時期までは「つめる」という方法で凌いでおいて、「かぶせる」という方法をとるのは出来るだけ後へと持ってゆくべきなのです。

 したがって、このあたりのことは担当歯科医と十分にご相談の上、お決めにならなくてはならない点だと思います。

 以上、ざっと書いてまいりましたが、その子の将来を十分に考慮しての処置が必要だということは言うまでもなく、そのためにはレントゲン写真による診断などと共に、十分なる経過観察も、当然の如く必要になってまいります。