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ステテコおじさん2/TETU


1,  去年の9月15夜、ステテコおじさんとの出会いを『徒然』に書いた。
 JRフレスタ香椎駅前に住み着いたステテコ姿のフーテンおじさん。
 人見る度に『どろぼう!』と叫ぶ。
 わしのことまでどろぼう呼ばわりした
 元テキヤ(香具師)で【鮮人】のおじさん、
 でも、おじさんと月を見ながら食っただんごは美味かった。

 その時、わしがおじさんから盗んだ(と思った)物は、
 わしなりにおじさんに手渡した(つもり)。

 後になって、新聞紙上に真犯人の高校生たちの記事が載る。
 高校生の悪ガキども、露店商として働き溜めたおじさんの金(250万円)盗み
 ゲームにつぎこむ。
 それを見た別の高校の生徒たちが、その金の一部を強請り盗る。
 犯人一斉補導の後、おじさんはどこへともなく姿を消した。

2, 一年が立ち、『放生会(ほうじょうや)』も終わり、秋更に深まる。
『放生会』とは香椎の隣、箱崎宮で毎年9月12日‾18日まで行われる行事。
 五穀豊饒を願い、その年に食した動物への鎮魂、感謝の祭りである。
 神社から箱崎浜にかけて無数の露店が立ち並ぶ。
 九州での秋祭りの起点として、露店商はここから他の場所へと旅立つ。
 この間、たとえ大きな台風が来ても店をたたむことはしない。
 台風19号、また然り。

3, 今日も雨上がりの香椎浜を走る。
 博多湾を全面埋め尽くす市の計画は、
 反対の人々の声で『人工島建設』に緩和された。
 わずかに残された干潟を目指して
 今年もカンムリカイツブリ、クロツラヘラサギ、ミヤコドリたちが
 帰って来る。
 仰ぎ見る夕空に、
 映画『グース』でのデジタル合成画像のような光景が現出する。
 ミヤコドリが定期的に飛来するのは日本全国でも非常に珍しい。
 ミヤコドリは別命オイスターキャッチャー、
 和白干潟に多く生息する二枚貝を好む。
 明治時代までは、白砂青松のこの海辺に
 丹頂鶴の群れが飛来していた記録が残っている。
 遠く万葉の時代に思いを馳せる。

 可之布(香椎)江に 鶴(たづ)鳴き渡る 志賀の浦に
                    沖つ白浪 立ちし来らしも
    
4, 赤い夕日の下におじさんの姿を見た。
 香椎浜と香椎川の境の片男橋の隙間に青いビニールを敷き詰めて、
  風に飛ばされぬよう、石っころを周りに置いて、
  一晩でおじさんの城が出来上がった。
  ステテコ姿で念入りにお掃除済ませたおじさんは、
  周辺に散乱していた空き缶を片付け、
  若者達が跡を残したスプレー文字をきれいに消し去った。
	  
  どこからか、大型犬3頭を連れて来る。
  今回は防犯対策もぬかりない。
 外出時にはジーンズを着用し、
 黒の革靴、革ジャンにハンチング帽を斜めに被る。
 金縁眼鏡に金時計。
 胸元に金のペンダントが光る。
 鎖に繋がれた3頭の犬たちはそれぞれの持ち場につき、
 誇らしげに任務を遂行する。
 敵意のないわしには、ほえかかるようなことは決してしない。
    	
 昨日粗大ゴミ置き場でみかけたCDラジカセ。
 深夜のランニングで通過する時は、ツンと焼酎の匂いに演歌が混じる。
 ♪生きて行くのがつらい日は おまえと酒があればいい・・・・
 熊本産の『紅乙女』。
 川中美幸が好きらしい。

5, 雨の日のランニングは片男橋の隙間を抜けて
 名島城跡へと続く遊歩道へ入る。
 ここだと松林に覆われて、多少の雨露は凌げる。
 放生会の後、深夜この遊歩道を走っていると、
 あちこちからひよこの鳴き声が聞こえて来た。
 子供たちが縁日で釣ったカラーひよこたちの
 終の住み処となったわけだが。
 か弱い彼らにとっては、
 野良猫や烏たちに出会う前に、(夜明けを迎えることもなく)息絶える。
 土に還れるひよこたちはまだ幸いで、
 石段で野たれ死んだ『カリメロ』みたいに黒く塗られたひよこなんぞは、
 何日もその屍をおい晒す。
 去年までは松林越しに博多湾や志賀の島、能古島が一望できたわけだが、
 今はフェンスに覆われて。
 フェンスの向こうは人工島。
 いずれこの松林も取り払われることになる。
 遊歩道に突っ込んだ形で放置された、旧式ブルーバード。
 おじさんの別宅になっている。
 ここには、よぼよぼの雑種犬が一匹。
 やはり、たよりなげだが留守番をしている。
 おじさんはわしのことなどすっかり忘れてしまったみたいに。
 別に挨拶交わす仲ではないが。
 この冬を干潟の渡り鳥や4匹の犬たちと一緒に暮らすのか、この香椎浜で。 
    
 時つ風 吹くべくなりぬ 香椎潟 潮干の浦に玉藻刈りてな    
  
 おじさん、掃除のついでに今出したばかりの犬のうんこ、
 慣れた手つきでちりとりにすくい、海に向かって投げ捨てた。

  - from:Tetsuya Yamamoto (1997.10.7) -

『ステテコおじさん殺人事件』/TETU


 3匹の子犬たちが無邪気にじゃれあっている。
 ジョギングするわしの足元にもからみついて来るが、
 テントから50m先には決して出ようとしない。
 4匹だった犬がいつしか7匹になっていた。

 子犬たちの鼻づらが伸び、
 わしの走り過ぎる足音に何の興味も示さなくなる頃、
 おじさんも、いつしか二人に増えていた。
 まだ若そうなもう一人のおじさんは、
 ステテコおじさんに習って周りの掃除から始めだした。

 一週間程、平穏な日々が流れたが、
 やがて
 二人の怒鳴り合う声が、毎日のようにテントから聞こえてきた。
 川中美幸の歌がいつしか途絶えた。

  11月20日の夜、
 その日の走りも、香椎浜から名島へのコース。
 片男橋のたもと、青いテントに近付くと、
 海に空き缶を投げ捨てようとする若いおじさんに向かって、
 ステテコおじさんの鉄拳が飛んだ。
 7匹の犬が一斉に吠え立てる。
 走り過ぎるわしの耳の奥に甲高い悲鳴が残った。
 犬の遠吠えがいつまでも続いた。

 名島城跡を折り返して、香椎浜まで戻ると、
 テントの中は暗く静まりかえっていた。
 
 次の日の朝、またテントの前を通る。
 若いおじさんが鎖に繋がれた一匹の犬に餌をあげていた。
 ステテコおじさんが最初に飼った大型犬のうちの一頭だ。
 食事に食らい付くその黒い犬と瞬時目があったが、
 犬の方から目をそらした。
 遊歩道付近でもう一匹のおじさんの犬と出くわした。
 旧式ブルーバードの中で飼われていたよぼよぼの雑種犬だ。
 彼にはもう鎖がなかった。
 その犬は何かを訴えるような目でわしを見ていたが、
 今度はわしの方から目をそらした。

 他の犬たちのその後は知らない。

 一週間して、テレビのローカルニュースに
 片男橋の青いテントが映し出された。
 その時初めてステテコおじさんが殺されたことを知る。
 昔の新聞を読み返す。

 その夜、名島へのコースを走る時、
 初めておじさんのテントの中に入ってみた。
 ひんやりしたコンクリートの階段を降りて
 用心深く一歩一歩、足を踏み入れる。
 自転車もリヤカーも残っていた。
 CDラジカセも、紅乙女のボトルもきちんと配置されていた。
 奥の方のキラリ光るものに、もう一歩足を踏み出そう、
 とした時、
 激しい咆哮と共に、光の方がわしに向かって飛び出して来た。
 黒い犬は繋がれた鎖をめいっぱい引き伸ばして、わしを威嚇した。
 『まだ、他に守る物があるのか?』
 わしの心の問い掛けに、犬の目の光は消えた。
 お互いに目をそらして、別れた。

 次の日、テントは昨日のままだったが、黒い犬の姿は消えていた。

     『ステテコおじさん殺人事件』 ‾完‾

  - from:Tetsuya Yamamoto (1997.11.30) -

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