「天声人語」 
朝日新聞  2005.9.22
 特別国会が始まる前夜、森前首相が自党の新人議員の一部を皮肉った。『歳費が
これだけもらえてよかったとか、宿舎が立派でよかったとか、こんな愚かな国会議員
がいっぱいいる』。
批判は自由だ。しかし、その議員を候補に選んだのはどの党かと問いたくもなる。
 昨日、小泉首相が生みの親とも言える『小泉チルドレン議員』が続々初登院した。
失礼ながら、国会が小泉・テーマパークになったかと錯覚しかけた。
国会は一段と小泉色に染まりそうだ。こんな時こそ、しっかりとしたご意見番がほしい
がなかなか見当たらない。
かつて、そうした貴重な存在だった後藤田正晴・元副総理が、91歳で死去した。
官僚として旧内務省に勤め、戦時中は台湾に出征した。戦後は警察庁に身を置き、
その後は自民党政権の中枢に居た。
庶民には経験しえない道を歩いた人だが、独特の人情味と大局観があった.。
7歳で父を、10歳で母を失った。なぜ自分だけ両親がないのかとの思いを持ち続け
ながら、負けず嫌いの頑張り屋になったという。
96年に衆院議員を引退したころ、日本の政治でいちばん大切に思っていることは、
と問われて答えた。
『それは平和を守ることですよ。海外へ出て武力行使なんてのは絶対やっちゃいか
ん、それだけだ。なんでそういう愚かなことを考えるのかね』
(蛭田有一写真集『後藤田正晴』朝日ソノラマ)。
若き日の戦争の実体験で身にしみた、痛切な戒めなのだろう。その言葉は、議員の
大半が戦争を知らない世代となった国会への、遺言のように聞こえる。
無断転載禁止・朝日新聞  <A16-1698>