第46回詩人会議新人賞
詩部門
入選 島田奈都子 「むら」
佳作 紫 水菜 「夏」
井上尚美 「水の村」
草野理恵子 「湖の凍らない場所」
評論部門 なし

総評 選評

島田奈都子さん

東京生まれ。「詩学」「ユリイカ」新人を経て、マイペースで詩を書いてきた。マルグリット・デュラスや、外国の女流小説家の作品に触れるのがすき。乱読家。

受賞の言葉


 昔、雪深い土地に暮らした。故郷を離れるという深い思いをあじわい、その妙なほろ苦さをふと反芻する。離れている程、例えばよく遊んだ神社の長い石段の脇に咲いた紫陽花や、潮風の匂いがする路地裏や丸々太った野良猫とか、くっきりと目に浮かぶのはなぜだったろうか。わからない。きりもなく現れては消え去る夜の影絵のように、ぼんやりとそれは揺れる。放射能の世になるとは夢にも思わないつい今しがたまで、憧憬であったむらは人の心の底でどれ程温かな光をもたらしていたか。追われる人は姿を消し、でもそこには様々な魂の呟きが居残っている筈だ。と思いながら情念だけで書きあげた詩に、思いがけずこのような結果を頂き、ほんとうに恐縮しております。ありがとうございました!
 








紫 水菜さん 

1994年、愛知県出身。大阪府立高校在学中。

受賞の言葉

 風の色が変わり、雨の後の土の香は五月を重くする。静かな部屋で一人目を閉じると、疲れを引きずる夕日の残像と放課後の校庭のざわめきが、ふっと体によみがえる。
 心に沁みる一瞬。
 その中には
いつも生命の息吹がある。そして昨日も今日も明日も、それが煌くたびに、ろ過することのできない激情が虹色の光となってこの心臓を突き破り世界を鮮やかに染めるんだ。
 ーーそしてもし言葉にも生命があるというのなら、私はその輝きをこれから先も信じ愛する者でありたいと思う。



井上尚美さん

神奈川県横須賀市生まれ。島田市在住。「静岡県詩をつくる会」「地球」「幻」を経て現在「穂」同人。日本現代詩人会、静岡県詩人会、静岡県文学連盟、各会員。

受賞の言葉


 「第46回新人賞」に私の作品『水の村 沈む目』が選ばれました事とても嬉しく思います。詩を書きはじめて随分たちますし、年齢的に言っても、とても新人とは言える立場にはないのですが、心はいつも新人を目指して書いて参りました。と言うのも詩は片思いの恋人のような存在で、追いかければ追いかける程遠い存在になっていく、それだけ奥が深くて追いかけるに値するものと思って取り組んで参りました。テーマとしましては理不尽な生と死、引き裂かれる痛みなど(自分の体験も含め)作品化したものが多く、この度の作品も自分の幼少の体験と「東日本大震災」の不条理を重ねて書いてみました。多くの人に読んでいただけたら嬉しく思います。これからも「心はいつもあたらしく(新人)を目指して参ります。



草野理恵子さん 

1958年北海道室蘭市生まれ。新潟〜千葉〜広島〜横浜と移動しています。詩と思想、ユリイカ、現代詩手帖、びーぐるなどに入選佳作。第7回文藝思潮現代詩優秀賞など。

受賞の言葉

 「耕也のおかげでもらえたよ。ありがとう。」「どういたしまして。」子どもの毎日のてんかん発作に苦しんだ時もありましたが、今詩を書くことができ、賞もいただけて、私は私が羨ましいくらいです。本当にありがとうございました。









         いまの心、いまの世界へ
佐相憲一     

 

 今年の新人賞には、六五六篇もの詩と一三篇の評論が寄せられました。全国からの切実な心にこちらも勇気づけられたことをお伝えします。応募された皆さん、ありがとうございました。

 詩に語られたものは社会状況を反映して、閉塞感と疎外感が濃厚でした。それでも詩を心の拠り所にして声を発していることが希望です。皆さん、これを機にますます詩の道を続けて頂きたいと願うものです。

 受賞の島田奈都子さんは技術的にも新人の域を越えています。作品は放射能の時代を幻想的な想像力と奔放な筆致で描いています。社会現実が内面化されて、人の関係性が個と類の記憶の交錯する所に展開されます。ますます書いて詩人会議をリードして下さい。

 佳作一席に入選の紫水菜さんに注目です。大阪の一七歳、高校生。作品には強い光を感じました。これから詩の世界で羽ばたく逸材です。ひりひりする若いエネルギーの身体感覚がリアルな情景を綴りながら、動くことで外の世界へつながっていく。この内側からの力強さはどうでしょう。表現にも文芸のセンスと個性を感じます。私はこの作品を新人賞に推しました。

 佳作二席入選の井上尚美さんの作品は、描写と構成が巧み。津波をめぐる悲しみが関係性の中に描かれています。

 佳作三席入選の草野理恵子さんの作品は、家族の大切な物語が感銘を呼びます。障害をもった子の歩みが、母の絶望から感謝に。湖の比喩が新鮮です。

 小山健、大村理沙、五藤悦子、北方修司、白瀬まゆみ、町田理樹、坂本遊、平野加代子、桐木平十詩子、薫ハル、金子忠政、細田貴大、榊次郎、尾堂香代子、寒山花、秋山末雄、七尾美日、古屋淳一、岡村直子、後藤順、林口玲也、吉田ゆき子、植田文隆、春山房子、若本有加、中沢聡、あずまなず菜、小箱、市井肇、の皆さんも光ります。

 評論部門は、安達重子さんのジャン・コクトー論が光り、戦争や偏見に負けない詩人の生き方がありました。ただ叙述に弱点があり、私以外に賛同者が得られず先へ進めませんでした。

 最後に、共に選考と事務に尽力された皆さんに感謝です。




 


生きるという証を言葉に

磐城葦彦

 「新人賞」への応募作品のすべてを読み終わって頭がくらくらとなるほどの疲労感に襲われたが、それは不快なものではなかった。「よくぞここまで全国から集まった」との感慨と、十代から八十代までの心の葛藤が大きく小さく発酵されているとの印象もあり、決して「詩の世界は見捨てられていない」と諸作品との出会いに拍手を送りたかった。予備選考から最終選考に回った詩作品百十八篇を一篇一篇厳選した結果入選作が決まったけれども、結果的には女性の方々ばかりで、男性陣のがんばりを今後に期待しなければならない。
 評論の一次選考に残った三篇はそれなりに読ませたが、他からの引用が多く、独自の論評と見識が乏しかった。


 フレッシュな感性と若々しい肉声

佐藤文夫

 今回入賞の島田奈都子さんの「むら」はフレッシュな感性が、その詩的な技術ー音感や的確な描写によって「むら」の情景を浮かびあがらせる手法の確かさに注目しました。このようにしなやかな文体で「ほうしゃのう」に犯された「むら」、その深い悲しみと怒りを描いた、この作品に感銘をうけました。新人らしからぬ完成度さえ感じました。
 佳作一席の紫水菜さんの「夏」は、燃える真夏の太陽、そこから若々しいエネルギッシュな肉声が聞こえてきます。必死になにものかを希求しつづける若者の姿が眩しく映ります。井上尚美さんの「水の村 沈む日」では、この中の「雪兎」が美しくて重たいエスプリの役をみごとにはたしていました。


一編を推しきれず

柴田三吉

 入選作の島田奈都子さん。放射能に汚された村への思いが心に迫りました。ただ、大切な表現が随所にあるにもかかわらず、手を拡げ過ぎたため、際立たないもどかしさが残りました。
 佳作の紫水菜さん。屈託を抱えた夏休み、叫びたい気持ちを抱え、アスファルトを歩く描写に瑞々しさを感じました。<上辺なんか・・・>の発見。
 井上尚美さん。地味ですが、表現力のある人です。障子や雪兎の描写に惹かれるものがあり、最後の投票で私は井上さんに一票を入れました。
 草野理恵子さん。障害を持って生まれたお子さんの姿、作者が自らの生を引き受けていく過程に胸を衝かれましたが、やや語り過ぎたようです。


新鮮な世界への挑戦

鈴木太郎

 詩のことばを求めて読みつづけた。新人賞という新鮮な世界への挑戦に、意欲的な作品が最後には評価された。
 入選の島田奈都子「むら」は、一読したときから詩の世界に導かれる思いがした。(ほうしゃのうの ゆきはふる)、むらの情景が豊かなイメージで描かれていることに共感できた。
 佳作の3篇。紫水菜「夏」は若い感性と活気に満ちた世界が見事に結実。井上尚美「水の村 沈む目」は静寂なたたずまいと生と死を見つめる的確な表現がいい。草野理恵子「湖の凍らない場所」は子どもへの愛の深さと可能性を秘めていて感動的である。
 ほかに、北方修司「更地論」、市井肇「へい、一丁」なども印象に残った。


思いを発信する力

高田 真

 島田奈都子「むら」は詩のがっちりとした骨格に支えられており、震災、人災による原発事故・放射能の汚染で刻々と失われていく故郷への思いが圧巻だった。無念や怒りが熱く伝達され響いてきた。井上尚美「水の村 沈む目」も震災の惨事を詩に昇華した見事な作品である。映像を喚起させ、立体的で感覚的な表現、過去と現在の時間の展開や構築力も素晴らしく、静かに心を揺する深い力を感じた。紫水菜「夏」は若い感性がストレートで好感を持った。キラキラした語感がとても魅力的だった。草野理恵子「湖の凍らない場所」は難病の幼児を抱えた母の葛藤が綴られ、後半至りついた思いの在処が、読者の心を溶解する力を持つ。


生きていく事の希望

中村明美

 草野理恵子「湖の凍らない場所」を入選に推した。散文的である事と終連に不満があったが、何よりも今書かねばならない作品だという作者の意志に揺さぶられた。生きていく事の希望だ。
 島田奈都子「むら」は想いが深すぎたためか、ことばに温度や密度に均一性がない。書きすぎて作品として不整合の揺らぎが未整理のまま残った。
 紫水菜「夏」は、今年の新人賞の収穫である。縛られるものが少なければその分詩に近づく。毅然と立ち、眦を上げて、今後も書き続けて欲しい。
 井上尚美「水の村 沈む目」は前半が静謐で幻想的であるのに対して、後半に力が無い。それは自分の位置の比重が前半にあり後半が不在故の温度だ。


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