詩のパンフレットから紹介
ワシの命日     玉川侑香


今夜はだれもワシの名前を呼ぶな 戸をたたくなと
いう夜がおますねん 「赤紙」という召集令状や
コツコツ ミナミダさん
コツコツ ミナミダさん
一瞬背中が凍り付いて呼ぶなきるな近寄るな消えろ
ありとあらゆることを口の中で叫びもがいてみても
どうにもならんこっちゃったんや 戸をあけたら
「赤紙」が裂けた赤い口で笑うように言う
命よこせ貴様の命は一銭五厘 おお めでたい
どこへ逃げてみても何にしがみついても闇はワシの
指をひっ剥がして連れて行くんや 闇夜やったか月夜やったか
師走の十四日 いっぺん死んだワシの命日
もう来るな
しん、 として     瀬野 とし


しん、 としている 街も村も

子どもの声は もう聞こえない

人を殺しに往かせるのも
殺されるのも
あまりに辛すぎるから
夫婦は 子どもを産まなくなって

「産めよ殖やせよ」 かけ声かかっても
街も村も しん、 として

人の心には かなしみばかり
空の願い     久保田 穣


ふたりの少女が坂道を下りてくる
ひとりがスキップで走り出し
黒髪を乱した姉がその後を追っていく
母親の姿がしだいにとおざかる
冬の日差しが母親の背を押している
青い空が少女の頬を染めている

こんなさりげない葉はこの光景を
わたしの眼は見ているのだ

いつの日にか この空が壊され
とんでもない空の割れ目から
炎の雨が降ってくることのないようにと
戦争     熊井三郎

ある朝 目覚めると
窓から 戦争が覗き込んでいた

そいつは マーチを歌いはじめた
勇壮に だがどこか悲しげに

それから俺を寝床からつまみあげ
巨大な胃袋に投げ入れた

妻と子は 表に跳びだし
万歳万歳と 叫んでいた
くりかえす     秋村 宏

人の眠りなど
いらない
ただ人を殺せばいい
くりかえし
そのことだけを習う
だから
闇がいる
人の夢をこわす
音がいる

パンフレットのご購入はこちらをクリックして詩人会議にご注文ください。