5回表。
「暇だわ…………」
白組ベンチでふぅ、とイルマはため息を付いた。
「まあまあ、イルマ、どんな事態が起こるか分からないから、体は温めておいてね?」
そう優しく注意するのはマネージャー兼、彼女の親友リリーだ。
「……………暇〜……」
「…こらぁ、みんなの応援しなさいってば」
「………………だってぇ、ヴェルナーさんが今のところちゃんと押さえてるじゃないの」
びし、とイルマは試合現場を指さす。
「………………た、確かに」
が、バッターボックスに目をやると、紅組の主将──エンデルクがヴェルナーと対峙し
ていた。
「……………………ねぇ、今かなりいいところだと思うんだけど…」
スコアノートには、このエンデルクは現在打率4割3分、首位打者独走中、そして、連
続出塁記録も更新中、とある。
それなのに隣に座る親友は、
「……………………………暇〜」
とうなだれている。
「もうイルマ〜」
だめでしょ?応援しなきゃ。
「ヴェルナーさんのため?」
「え!?」
その一言に一気にリリーの顔が上気した。
ふふ、とイルマはそんな彼女の反応を見て笑う。
そして、ふぅ、とため息をつくと、
「どーしてそう顔には素直に出るのにお互い素直にならないのかしらねぇ」
「っ、も〜〜〜っ!イルマ!からかわないでよ!」
「……だって、つまんないんだもん」
ぶー、とむくれるとイルマは前のベンチにもたれかかった。
「もう、あ……またキャッチャーフライ…。ワンナウトっと……」
すごいわね〜、あの魔球。
あ、エンデルクさんヴェルナーを睨んでる〜。こわーい。
リリーはスコアノートにメモをした。
それをイルマは横目で見つめて、
「…………………この二人がもうちょっと素直ならなぁ〜…」
「もう、まだ言ってるの……?」
次の打者をスコアノートでチェックし終わると、リリーはイルマを軽く睨んだ。
「たとえば、ね?」
「?」
◇ イルマさんの想像その1◇
「ヴェルナー、大丈夫?」
心配そうにリリーはヴェルナーの座るベンチの後ろから話しかけた。
すると、ヴェルナーは、
「……………何がだよ?」
不機嫌に応える。
一瞬リリーはひるんだが、ゆっくりと確かめるように告げた。
「肩…………」
と。
「……っ」
ヴェルナーは一瞬目を見開いた。
が、
「……なにが?」
と、ごまかす。
が、リリーはだまされない。
その証拠に、リリーは
「………………痛めたんでしょ?」
核心を突いた。
だから彼は思わず、
「……………何言ってるんだよお前」
苦笑したが、
「目、そらした」
「……ちっ」
またリリーに見破られた。
「………ヴェルナー、さっきからどうして肩にそのボトル当ててるのよ」
追いつめるように彼女は更に尋ねる。
…………こいつには敵わねーな……。
ヴェルナーは諦めたようにため息をついた。
「……大丈夫だ」
と言ってみるが………、
「大丈夫じゃないよっ」
案の定の応えで返される。
それがうっとうしくて……。
「俺が大丈夫だと言ったら大丈夫だ」
突き放すように告げた。
すると……。
リリーは下を向いてしまう。
そして、かすれた声で
「……ばか」
と呟いた。
そして、告げた途端に、彼女の胸の前で組まれた手が少しずつ震え出す。
「………リリー?」
そっと彼女の顔をのぞき込むと、
「どうして、何も言ってくれないのよぉ……」
ぶつかった瞳は涙で潤んでいて……、
「…………」
思わずヴェルナーは黙り込んだ。
「あたしたち、ううん、あたしだって同じチームの一員なのに……どうして一人で背負い
込もうとするのよぉ」
ひどい……ひどすぎるわ……。
リリーの喉はとうとうしゃっくりをあげ始めた。
……参ったな……。
気まずさをごまかすように、いらだたしげに髪を掻きむしると、彼は……、
「……お前の、そういう顔が見たくないからだよ…」
とうとう白状した。
「え……っ」
大きな瞳が更に大きく見開かれる。
二人の時が止まった。
が、時間が経過するにつれ、リリーの頬がゆっくりと紅に染まっていく。
それをそっと優しく撫でると、
「…………大丈夫だ。今日は速攻で終わらせる」
彼は告げた。
本当の意味での『大丈夫』を。
「ヴェルナー……」
リリーの瞳がかすかに揺れた…………。
◇想像その1おわり◇
「みたいな〜〜!」
「な、な、な、何言ってるのよっ!それ〜〜!」
リリーは頬を手で押さえている。
まだ恋に恋するリリーにはかなり刺激がお強かったらしい。
それに対してイルマは生き生きとした表情で、
「なぁに?この程度で照れるなんて〜、まだまだこれからなのに〜」
もう、リリーったら可愛いわねっ。
くすくすと楽しそうに笑うと、またどこか分からない方向に視線をとばして、話を続け
た。
「……………あとは〜そのあと、ウルリッヒ様がね、ヴェルナーさんに声をかけるの」
◇ イルマさんの想像その2◇
「ヴェルナー、調子はどうだ?」
そう言うと、ウルリッヒはヴェルナーの隣に腰掛けた。
「何のことだよ……ウルリッヒ……」
ヴェルナーは彼の顔を見ない。
その代わりに無愛想にしながら肩に当てたボトルの位置をずらした。
それを見てウルリッヒは苦笑する。
「……まあいい。ヴェルナー……」
「何だよ」
ようやくこちらをヴェルナーが向いたのを確認すると、ウルリッヒはまっすぐに彼を見
つめ、
「後は、私たちに任せておけ」
「!?」
静かに告げた。
「……次は、私が打つ」
「……ウルリッヒ……」
「お前の肩のためにもな……」
さっさと終わらせよう。
そう言うと、ウルリッヒは傍らのメットを手に取り、立ち上がった。
バットを取り、グラウンドに出ようとする彼の背中にヴェルナーは投げかけた。
「…………悪ぃな」
「当然のことだ……」
ふ、とウルリッヒは笑った。
試合状況は二死満塁。
この状況でこんな台詞を言えるのはさすがキャプテンであるからこそだ。
ヴェルナーにはウルリッヒの背中が眩しく見えた……。
◇想像その2おわり◇
「……そ、それはちょっと見てみたいかも……」
思わず口元を押さえて、リリーは笑いをこらえた。
「でしょ?やっぱり野球といえば男のロマン!友情!そしてピッチャーとマネージャーと
の恋なのよ!きゃっ!素敵!」
「……………イルマ?」
ど、どうして恋が出てくるのよ。
イルマのハイテンションにリリーはついていけない。
目をやると、どうやら彼女はまた別の世界に飛んでいってしまったようだった。
どうして彼女はいつもあっちの世界に行ってしまうのだろう、とリリーはため息をつい
た。
「……それでね、ウルリッヒ様はちゃーんとホームランを打ってくれてね、まあそんなこ
んなで、またあたしたちに守備が回ってくるのよ!」
「ふーん?」
◇ イルマさんの想像その3◇
「ヴェルナー……」
マウンドに向かおうとする彼のユニフォームの袖をリリーがつかんだ。
ヴェルナーが振り向くと、リリーは心配そうに自分を見つめている。
だから、
「大丈夫だ」
だからそんな顔するな……。
安心させるように微笑んだ。
「ヴェルナー……」
めったに向けられないその顔にリリーは頬を染めて、おとなしく頷いた。
それを見届けると、もう一度ヴェルナーはマウンドに背を向けた。
が、
「ヴェルナー」
もう一度すがるような声。
それに少し顔を振り向かせると………。
「っ?」
感じたのは一瞬だけ。
頬に触れた感触。
彼女を見つめると、
「……………うまく行くおまじない……」
潤んだ瞳で囁いた。
「リリー……」
「信じてるから……」
その瞳に吸い込まれそうになる。
が、ヴェルナーはそれを首を振ってふりきると、
「…………ありがとよ」
微笑みかけて、今度こそマウンドへと向かった。
◇想像その3おわり◇
「きゃ〜〜〜!!もう、リリーったらやるわね!やるわね!」
興奮して大騒ぎするイルマに対して、
「〜〜〜〜〜〜〜っ、も、そ、そんなことできたらあたし苦労してないわよぉ」
もうリリーの顔は茹でタコ状態である。
そんな彼女にイルマは面白がって、
「…………してみたら?実際」
に、と笑うと、リリーはえ!と彼女をを見つめ返した。
「で、できるわけないわよ〜。そ、そんなこと……。そ、それに…ヴェルナーはあたしの
ことなんて……サルだとか馬鹿だとか……いつもいつも……」
この場をなんとか逃げようとしたリリーだったが、イルマはそれを決して許さなかった。
「何言ってるのよ〜さっき、『……リリーさん。あなたのために、必ずこの試合は勝ちます
から……見ていてくださいね! 試合に勝ったら、あなたに言いたいことがあるんです…
…!』って言われてたくせに〜」
思い切り一言一句違えなく、声真似までされて、言われたものだからリリーは思い切り
困り顔になった。
「も、も、もう!どうしてそんなこと覚えてるのよ!!そ、それに……それに……さっき、
なんかヴェルナーおかしかったし……きっとあたしをからかってたのよぉ…………」
リリーは恥ずかしそうにうつむいた。
イルマはそんな彼女にお構いなしにあっちの世界へまた飛ぶと、話を紡ぎ始めた。
「それで〜、ヴェルナーさんはなんとか危機を切り抜けて〜、その後に、みんなの力であ
っという間に紅組に差を付けてね、ゲームセットになるの!」
「……………………随分略すのね」
いきなりの展開にリリーは目が平らになっているのを感じた。
呆れている彼女などもろともせずイルマは語った。
「だって、華がないわ!ストーリーに!」
握り拳で。
その様子に苦笑すると、
「……その守備の時のヴェルナーの葛藤とか心理状態とかを語った方が野球ものとしては
面白いと思うんだけど……」
リリーは意見を述べてみる。
が、イルマのテンションは彼女の意見をいとも簡単に却下した。
「もう、リリーったら!あたしが話してるのは〜、あなたとヴェルナーさんとの、ラブラ
ブ青春グラフティーよ!?」
「……せ、せいしゅん?」
な、何よそれ……。
理解不能です、という顔をリリーはしたが、
「そうなの!それでね、試合が終わった後、二人は〜」
イルマは見向きもしなかった。
◇ イルマさんの妄想もとい想像その4◇
「ヴェルナー……っ」
全てが夕焼けに染まったマウンドでヴェルナーはボールを軽く放り上げた。
そんな彼をリリーは見つめながら近づこうとすると……、
ぱし、とボールをとった瞬間、
「効いたぜ、お前のおまじない」
振り返って彼がふ、と微笑んだ。
が、逆光で彼の笑顔は確認ができない。
それでもその声で笑っているのだ、ということは確認できたから、
「……良かった」
リリーは微笑んだ。
その微笑みをもっと近くで見たい。
だからヴェルナーは彼女にゆっくりと歩み寄って、
「……ヴェルナー……」
目の前に立つと、そっと彼女の横髪に触れた。
「あ……」
髪の毛に口づけられてリリーは思わずうつむいてしまう。
そんな彼女を見つめながら、笑みを深くすると、
「…………この礼をしないとな」
そっと囁いた。
「そ、そんなお礼だなんて、あたしは……」
今度は思わず上を向いたリリーの頬にヴェルナーは優しく触れた。
「お前にもかけてやるよ」
そして小さな顎に指を滑らせて……、
「え?」
一瞬の感触。
それが何なのか分からないまま……
「……………俺しか見えなくなるおまじないだ」
「っ……、ヴェルナー……」
囁かれて、何をされたか自覚した。
が、その余韻を味わうことなく、
「リリー……」
「ぁ……」
抱きしめられ、もう一度、彼の魔法にかけられた……。
◇ 妄想もとい想像その4おわり◇
「となるのね!きゃ〜〜〜!もう、ヴェルナーさんったらヴェルナーさんったら大胆!」
もうイルマは止まらない。
暴走テンションで叫んでいる。
「……………イルマ……お願い……もう、恥ずかしいからやめて〜〜〜〜っ」
そんなこと、そんなこと〜〜〜っ!
リリーはイルマの肩にいやいや、とすがりついた。
が、
「あ、ツーアウト。クライスさんはシンカー、と」
さすがマネージャー、切り替えがはやい。試合内容はきちんと横目で確認しているよう
だ。
スコアブックに素早く書き込んでイルマを見ると、まだ彼女の暴走は収まっていないら
しい。リリーはもう半泣きになっていた。
「それでね、それでね!」
「な、何!?ま、まだ続きがあるの〜!?」
お願いよ〜、勘弁して!と泣きついたが、
「えーっと、気が付けば二人はヴェルナーさんの家の寝室でぇ……」
それを聞いた瞬間、
「いや、もう〜〜〜!や、やめて〜〜〜〜!!あたしたちまだ、そんなんじゃ、そんなん
じゃない〜〜〜っ」
リリーが口止めした。
真っ赤になって懇願するリリーに、
「もう〜リリーったら〜、うふふっ、ウブなんだから〜」
イルマは反省する様子はない。
ちょめちょめ、とリリーの額をつつく始末である。
「もう、イルマ〜〜〜っ、……あ、スリーアウト。オットーさんはストレート、と」
と、いうことはすなわちチェンジ──仲間が戻ってくる。
運良くリリーはイルマの暴走を止めることができて、胸をなで下ろした。
そんなリリーをよそに、
「あら、もう?」
イルマはつまらなそうだ。
「……三回表で何かあったのかしら……あ、会釈までしてるオットーさんに……」
リリーはマウンドの彼の姿に苦笑した。
さあ、次は白組の攻撃だ!
ゆけ!ザールブルグ野球部!
負けるな!ザールブルグ野球部!
ピッチャーの様子は気にするな!ザールブルグ野球部!
〜FIN???〜
謝辞(砂原カルキ)
……さすがです。
さすがは智砂乃様です。
暴走妄想機関車イルマの破壊力……効力品質共にSランクのギガフラム、でございま
す〜(笑)! そして、ヴェルナーとウルリッヒ様の友情はいかに!? お、おまじな
い〜!!! 彼の魔法〜〜〜!!!!!(……すいません。ちょっとテンション上がり
すぎて眩暈おこしかけました……)。
素晴らしい小説、どうもありがとうございましたm(_ _)m(2002年10月)!
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