昔々あるところに、ヴェルナーさんとリリーさんが住んでいました。ヴェルナーさんは山や森
でみつけた品物を好事家たちにたたき売り、リリーさんは工房でせっせとアイテムを調合して暮
らしていました。
そんなある冬の日のこと。
「ひいふうみい……、駄目だわ〜。今月も目標貯金額に届かない……」
いつものように、リリーさんは工房で銀貨の数を数えながら、ため息をついていました。
「……おい、いつまで金の勘定をしてやがるんだ、リリー?」
ヴェルナーさんは、そんなリリーさんに不満げに声をかけました。
二人は、この物語の中では、一応新婚さんなのです。そのはずなのです。だからヴェルナーさ
んも出演依頼を受けてくださったのですが、当のリリーさんは本編のようにアカデミー建設に燃
えており、新妻らしいことをまったくしてくれません。
「ったく……、いい加減にしろよな?」
そう言って、ヴェルナーさんはリリーさんの腕を取りました。
「きゃ……!」
リリーさんはそう言って、数えかけていた銀貨をバラバラと床に落としてしまいました。
「ちょっと、ヴェルナー! 何するのよ、また一から数え直さなくっちゃいけないでしょ!」
そう言って口を尖らせるリリーさんを、ヴェルナーさんは無言で引き寄せ、その髪に口づけま
した。
「……ちょ、ちょっと、ヴェルナー?」
「……何だよ、夫婦なんだから、別にいいだろ?」
ヴェルナーさんはそう言って、良い子の名作劇場的には放送するのがはばかられるような行為
に及びかけた、そのときでした。
コンコン。
「ヴェ、ヴェルナー、お客さんよ?」
リリーさんは言いましたが、
「……うるせぇな。今、取り込み中だ……!」
コンコンコン……。
「うん、もうヴェルナー! 離してよ! はぁ〜い! 今、開けます!」
「痛っ!?」
リリーさんは、強引にヴェルナーさんを引き離すと即座に立ち上がりました。ヴェルナーさん
は、勢い余って床に頭を打ち付けました。頭をさすりながらブツブツ言っているヴェルナーさん
を後目に、リリーさんは、工房のドアを開けました。すると……。
「こんばんワ」
そこにいたのは、青い美しい羽根をした、怪鳥オーレでした。変装のつもりか、頭にもさもさ
した金髪のカツラを被り、白いローブを羽織っています。
「……オーレ!? 何で!」
リリーさんが驚愕して尋ねると、オーレは首を横にぶんぶん振りました。
「おーれデハありまセん。わたしハ、にんげんデス。あやしイ者でハありまセン」
ヴェルナーさんは、あきれたように言いました。
「……どう見ても人間には見えないし、それにものすごく怪しい奴に見えるぜ?」
しかし、オーレはずかずかと工房に入って来ました。
「オン返しヲさせていただきまス」
そう言って、オーレは工房内の機材をごそごそと物色しだしました。リリーさんは慌てて言い
ました。
「お、恩返しって……? ハッ、あなた、まさかこの間ウルリッヒ様が手当をしてあげた……?」
ヴェルナーさんは憮然として言いました。
「……何だ、副騎士隊長さんは、そんな暇なことをやってたのか?」
「暇って……お優しいのよ、ウルリッヒ様は!」
リリーさんが言い返すと、ヴェルナーさんは、ふん、と言って横を向きました。しかし、そん
な二人の様子に構うこともなく、オーレは裁縫道具を取り出すと、おもむろに自分の羽根を嘴で
引き抜き始めました。
「おい、こいつ……何やってるんだ?」
ヴェルナーさんは、驚いて言いました。リリーさんも目をぱちくりさせました。
「……な、何か織ってる……?」
オーレは、せっせと自分の羽根で何かを織り始めました。
*
三日ほど経ちました。「工房で織物を作っているオーレ」は、職人通りでは大変な評判になり
ました。工房のまわりは常に黒山の人だかりです。ヴェルナーさんはたいそう不機嫌でした。
「……ったく、せっかく新婚さんだっていうのに……こう人だかりができてるんじゃ……」
ブツブツ言うヴェルナーさんに、リリーさんは言いました。
「いいじゃない、おかげで、調合品の注文も増えたし」
ヴェルナーさんは、大きくため息をつきました。そのとき。
「完成でス!」
突如としてオーレが立ち上がりました。リリーさんは、オーレの元に駆け寄りました。
「出来たのね! ……見せてくれる?」
オーレは厳かに、完成したものをリリーに渡しました。リリーさんは、その奇妙な衣服をしげ
しげと眺め、尋ねました。
「……これ、何……?」
オーレは静かに金髪のカツラをとると、嘴を開きました。
「これハ‘おーれノちゃんちゃんこ’でス。……今まで黙っていテ申し訳ありまセんが、私は本
当ハおーれなノでス」
ヴェルナーさんは、ぼそりと言いました。
「……黙ってたって……おまえがオーレだっていうのは、バレバレだぜ?」
リリーさんは言いました。
「何か言った、ヴェルナー?」
ヴェルナーさんはため息をつくと言いました。
「……何でもねぇよ。どれ、リリー、その‘オーレのちゃんちゃんこ’ってやつを、見せてみろ
よ?」
リリーさんがそれをヴェルナーに手渡すと、ヴェルナーさんは丹念に調べて言いました。
「……ひどい織り方だな? 珍しいオーレの羽根で織ってあるが、オーレの羽根は原型が保たれ
てなくっちゃ、それほど価値はねぇ。観賞用にしか取引されないからな? こいつはごわごわし
ていて、着心地も悪そうだし、第一布地の目が粗すぎる。おまけにデザインも最悪だ。……悪い
が、あまり高く売れそうにねぇな……?」
オーレは、目に涙を浮かべて驚愕の表情を浮かべました。
「そ、そんナ……!?」
リリーさんは、慌てて言いました。
「いいから黙ってて、ヴェルナー! ……どうもありがとう、オーレ! こんな貴重なものを作
ってくれて……。ねぇ、でももう少しゆっくり滞在して行かない? お腹空いたでしょう? 何
か食べたいものはある?」
ヴェルナーさんは、あきれたように言いました。
「おいリリー! いつまでそいつを家においておくつもりなんだ?」
リリーさんは、ヴェルナーさんの顔をにらみつけて言いました。
「しぃ〜っ! いいから黙ってて! 家にしばらくいてくれれば、貴重な卵を産んでくれるかも
しれないじゃない! オーレの卵は貴重品なのよ! 高く売れるわ!」
ヴェルナーさんは、大きくうなずきました。
「お! そうか! そうだったな。よし、引き止めろ、リリー!」
そのとき、オーレは、ぽつん、と言いました。
「産めませン。私ハおすでスし」
気まずい沈黙の後、ヴェルナーさんは、静かに言いました。
「……帰れ」
晴れやかな冬の青空の下、悲しげに鳴きながら飛び去っていくオーレの羽音が、ザールブルグ
の上空に、いつまでも響き渡っていました。
〜fin〜
後書き
……バカ話、誠に失礼いたしました。こういうパラレルギャグものは、好みが分かれるとは思
うのですが、楽しんでお読みいただけましたら幸いです(笑)。なお、「世界名作劇場その1」と
しておきましたが、その2、その3を書くかどうかは現在未定です。ご希望の声がありましたら
書きますが(笑)(2002年10月)。
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