秋の澄んだ夜風が、ピルツの森を吹き抜けていった。夜間に活動する動物たちは、あるものは
これから訪れる冬に備えて食料を巣穴に運び、またあるものは艶やかな毛を秋風に膨らませ、求
愛の歌を歌っていた。
しかし。そんないつもの風景を突き破って、地中から低い音が湧き上がってきた。その音は次
第に大きくなり、やがて振動となり、同時に凄まじい轟音となっていった。周囲の動物たちは、
一斉に毛を逆立てて、警戒のうなり声をあげた。
轟音は、やがて形をとった。何かに似た形をした「それ」は、大地を割って地上に姿を現した。
動物たちは震えおののき、我先にと足早にその場を逃げ去っていった。
「それ」は、邪悪なたくらみを秘めた巨大な物体であった。
秋の満月の光が……静かに「それ」の影を長く長く引き伸ばしていった。
*
翌日の午後。
「う〜ん、いい空気! やっぱり、秋の森って最高よね!」
イルマは、にこにこ笑いながらリリーに言った。足下では、ピルツの森の木々の落とした葉が、
かさこそと音をたてている。リリーは少し不思議そうに首をかしげた。
「……おかしいわねぇ?」
イルマは、きょとん、としてリリーに尋ねた。
「何がおかしいの、リリー?」
リリーは言った。
「さっきから、この辺に動物や鳥の姿が全然見えないのよ」
イルマは言った。
「この前、王室騎士隊が来たばっかりだからじゃない? きっと、驚いて姿を隠しちゃったの
よ!」
リリーは言った。
「そうかなぁ? むしろ、騎士隊が魔物を討伐した後って、小動物はいつもよりもたくさんその
辺を走り回ってるものなのに……?」
イルマは陽気に言った。
「考え過ぎよ! それより、はやくキノコがたくさん採れる地点に行きましょう! 私、もうそ
れが楽しみで、昨日は眠れなかったんだもの!」
二人の少女の後ろで、不機嫌そうな声が響いた。
「……ったく、暢気な奴らだぜ……」
イルマは振り返ると、声の主に対して口を尖らせた。
「もう、ヴェルナーさんったら! ま〜だブツブツ言ってるの? 私だって同じ‘黒妖精さんの
服’を着てるんだから、文句を言わないでよ!」
ヴェルナーは、黒いフサのついた帽子に手をやると、イルマをじろりとにらんだ。
「……おまえたちには、羞恥心というもんがねぇのか?」
リリーは二人の間に割って入った。
「二人とも、喧嘩しないでよ! ヴェルナーも、そっちの‘黒妖精さんの服’が嫌なんだったら、
あたしと交換して、‘妖精さんの服’のほうを着る?」
ヴェルナーは、頭を抱えながら言った。
「……俺がそれを着れるわけねぇだろ! だいたいな、おまえ、その格好で町中をうろつくんじ
ゃねぇ! みんなじろじろ見てただろうが!」
イルマは言った。
「いいじゃない! リリーの脚はキレイなんだもの、みんな見て当然よ! ねぇ、今度私のお洋
服も着てみない、リリー?」
リリーは笑顔で言った。
「え! 着ていいの、イルマ?」
イルマは、にこにこしながら言った。
「当然よ! 占い師の衣装はね、他にもいろいろあるのよ〜。私が普段着てるやつよりちょっと
露出多めのやつもあるけど、リリーならスタイルがいいからきっと似合うわ! 今度遊びに来た
ら、何着か着てみない?」
ヴェルナーは言った。
「……やめとけよ。今でさえ、そんなぶっとい脚をさらして歩いてるだけで、みっともないって
のに……」
イルマは、くすくす笑いながら言った。
「も〜、ヴェルナーさんたら、ヤキモチ焼いて!」
「な……。別にそんなんじゃねぇよ……」
ヴェルナーが口ごもると、イルマは言った。
「大丈夫、大丈夫! ヴェルナーさんの前でだけ着るように言っておくもの、ね、リリー! う
ふふ、うふふふふ……」
自分の世界に入り始めてしまったイルマに、リリーは慌てて言った。
「あ、ね、ねぇイルマ! そろそろこの辺りよ、キノコが群生しているのは!」
イルマは目を輝かせた。
「本当!? ……とれたてのキノコって、お・い・し・いのよね〜〜〜〜〜〜! 私ね、最近も
のすご〜く、キノコ料理に凝ってるの! たくさん採れたら、今夜は二人のために、特製‘イル
マ風キノコシチュー’をご馳走するわね!」
*
同時刻。
巨大な物体の内部では、邪悪な人影がうごめいていた。一人が、冠をつけた人物に言った。
「陛下! 第1387回人類殲滅作戦、始動デアリマス! 現在マデノコトロ、作戦ハ予定通リ
進行中デス!」
冠をつけた人物は、うむ、とうなずいた。
「ゴ苦労。コノP地点から、人間ドモ群生シテイルS地点マデ、気ヅカレズニ移動! 成員、警
戒態勢ヲ保チツツ、任務ニ当タレ!」
複数の声がそれに答えた。
「了解!」
冠をつけた人物は、邪悪な笑みを浮かべた。
「今度コソ、今度コソワガ悲願を達成スルゾ……! 幸イ、ワレラ地底人ノ姿ハ、地上ノ植物‘き
のこ’類ニソックリデアルラシイ……。マズハソレニ擬態シテ、ココニ前線基地を築き、体勢ヲ
整エテカラ一気ニ人類ヲ殲滅スルノダ! ソレデハ、偵察部隊、出動!」
*
「う〜ん、変ねぇ、いつもだったら、この時期は辺りに、丸々としたキノコがたくさん生えてい
るのに……」
リリーが言うと、イルマは言った。
「本当〜? じゃあ、私はあっちの方を探して見るわね……」
ヴェルナーは、不機嫌そうにリリーに言った。
「……おまえな、そんな服でかがむんじゃねぇよ……。見えるぞ?」
リリーは頬を膨らませた。
「もう、いいじゃない、イルマとヴェルナーしかいないんだし……。この装備はね、アイテムの
収穫量が増えるためのものなのよ! いいからあたしなんか見てないで、ちゃっちゃと素材を採
取してよ、ヴェルナー!」
ヴェルナーは、大きくため息をついた。
「……見るなって言われてもな……?」
そう言って、ヴェルナーはリリーの肩を抱き寄せた。
「ちょ、ちょっとヴェルナー……?」
ヴェルナーは、リリーの耳元でつぶやいた。
「そんな格好でうろちょろされたら、こっちも困るんだよ……」
ヴェルナーに顔を近づけられて、リリーは困ったように言った。
「……イ、イルマもいるのに……んっ!」
口づけの後、ヴェルナーは、にやり、と笑って言った。
「……イルマなら、向こうの茂みの先で、せっせとキノコ狩りしてるぜ?」
リリーは、焦りながら言った。
「こっちに来たらどうするのよ、もう!」
ヴェルナーは、喉の奥で噛み殺すようにして笑うと、言った。
「そうだな……。どうしようか?」
*
一方、イルマは歓喜の叫び声を上げていた。
「きゃああああっ! キノコ! マッシュルームみたいね〜 お、おいしそう〜〜〜! あ、こ
っちにも、ここにも! 大漁ね! うふふふふふふ……」
*
地底人の基地には、偵察部隊からの通信が入った。
「ヘ、陛下! 黒妖精デス! キョダイナ黒妖精ガイマシタ! 偵察部隊ガノコラズ収奪サレマ
シタ! コンナ大キナ黒妖精ガイタトハ! フカクデス! アアッ、私モミツカリマシタ〜〜〜
〜! ウワアアアアアアアア! ヘ、陛下ニ栄光アレ〜〜〜〜!」
冠をつけたキノコにそっくりの人物は、唇を噛みしめた。
「げおるぐ! げおるぐ! 応答セヨ! アア、ナントイウコトダ! ソッチノだにえるノ部隊
ハドウナッタノダ!」
「コチラだにえるデス! 陛下! コチラニハ、二人モ妖精ガ! 黒妖精ト、緑妖精デス! オ
ワアアアアアアアッ! ヤラレタ! 陛下、陛下ニ栄光アレ〜ッ!」
冠をつけたキノコにそっくりの人物は、拳を握りしめた。
「オノレ、オノレ妖精族メ! 太古ノ昔ヨリ、幾度ワレラノ地上侵出ヲハバメバキガスムトイウ
ノダ! ヨシ、攻撃ダ! 目標ハ前方ノ黒妖精! 我ラノ叡智ノ結集ヲ見ヨ! 対妖精族迎撃ノ
タメニ特別ニ開発サレタ、‘ゆーばーしゅらいてん’砲ヲ撃ツノダ! コレサエアレバ、イカニ
永遠ニ近シイ生命ヲ誇ル妖精族トハイエ、原子分解サレテ消滅スルデアロウ! 目標、二時ノ方
向ノ黒妖精! 撃チ方、えねるぎー充填!」
*
リリーは、急にヴェルナーの腕をすり抜けると、嬉しそうに言った。
「キノコ! ねぇ、ヴェルナー、見て! さっきまでは生えてなかったのに、急に、こんなにた
くさん生えてきたわ〜!」
ヴェルナーは、キノコを採取するリリーを横目で見て、ふん、と言った。
「……キノコキノコって、イルマもおまえも、二人して……ん……?」
ふいに、ぷすっという小さな音がして、ヴェルナーは地面に倒れ込んだ。
「ヴェルナー!」
リリーは、慌ててヴェルナーに駆け寄った。
*
「オカシイ……。ナゼ、アノ黒妖精ハ、消滅シナイノダ?」
地底人の王は首を傾げた。すると、部下の一人が、青ざめながら報告した。
「ヘ、陛下! アレハ妖精デハアリマセン。妖精ノ服ヲ着込ンダ人間デス!」
「……ナンダト!? コノ砲撃ハ、人間ニハ効カヌ。セイゼイ……、少々心理攻撃ヲ与エル程度
デハナイカ……!」
*
リリーはヴェルナーを抱き起こした。
「ヴェルナー! ……ヴェルナー! しっかりして! いったい、どうしちゃったの?」
ヴェルナーは、ゆっくりと目を開けた。
「……リリー……さん、ですか……?」
リリーはぎょっとして聞き返した。
「ヴェルナー……、リリーさんって……?」
ヴェルナーは、起き上がると丹念に服のほこりを払い、少しはにかんだ様に微笑んだ。
「ご心配をおかけして、申し訳ありません、リリーさん。さ、はやくキノコを採取してしまいま
しょう! うわあ、こんなにたくさん生えてきたんですね! 僕たちで採りきれるかなあ?」
そう言って、せっせとキノコを採取しだしたヴェルナーを見て、リリーは目を大きく見開いた。
「……ヴェルナー……頭でも打ったの……?」
*
地底人の王は、大声で命令した。
「イカン! 対人間用兵器ニキリカエルノダ! ハヤク!」
そのとき、部下の一人が叫び声を上げた。
「ヘ、陛下! ……コノ前線基地ガ発見サレタモヨウデス! 人間ガ、妖精族ノ服ヲキタ人間
ガ! ハモノヲモッテ接近シテキマシタ! ウワアアアアア!」
地底人の王は言った。
「マダ対妖精族迎撃砲カラ、人間用兵器ニキリカエデキテハオラヌノカ!」
部下は言った。
「ヤッテオリマスガ……。アト少々デ……ナ、ナニ! ソンナバカナ! ヤ、ヤラレタ〜! ヘ、
陛下! 陛下ダケデモオニゲクダサイ……!」
*
イルマは、足元に転がった巨大なキノコを眺めて満面の笑みを浮かべながら言った。
「すっご〜い! こんな大きなキノコ、見たことないわ! キャラバンのみんなで食べても食べ
きれないわね〜! よぉ〜し、今夜は腕を振るっちゃおう! た・の・し・み〜!」
*
リリーは、皿を置くと満足げに言った。
「ごちそうさま〜! イルマ、このキノコのシチュー、おいしかったわ〜!」
イルマは、キノコの姿焼きをぱくつきながら、笑顔で言った。
「そ〜ぉ? やっぱりとれたてのキノコって、おいしいわよね〜! 気に入ったなら、ザールブ
ルグに帰ってから、キノコ料理パーティーを開くから、ぜひ来てね! 今日はシチューと焼き物
だけだったけど、私のキノコ料理のレパートリーは、まだまだあるのよ! キノコのグラタンと
か、キノコのパイとか、特製キノコソースのパンケーキも作っちゃうわ!」
リリーは言った。
「本当〜! 行くわ、絶対! ……ねえ、それにしても、大きなキノコだったわよね〜……。ち
ょっと驚いたわ……」
イルマはうなずいた。
「そうよね……。それに、あのキノコ、切ったら中から小さいキノコがたくさん出てきて、とっ
ても驚いたわ……。まあ、おいしかったからいいけど……」
そのとき、前掛けをつけたヴェルナーが、リリーたちに爽やかに笑いかけた。
「もう、お食事はお済みなんですか、お二人とも。それじゃ、僕がお皿を洗っておきますから…
…」
リリーは、引きつった笑顔で答えた。
「い、いいわよ、お皿くらい、あたしが洗うから……?」
ヴェルナーは、首を横に振った。
「いえいえ、イルマさんには、こんな美味しい料理を作っていただいたんですから、僕もこれく
らいさせていただかなくては申し訳ありませんし……」
そう言って、ヴェルナーは、リリーの皿を、ひょい、と持ち上げると、軽やかな足取りで去っ
ていった。イルマは言った。
「……ねぇリリー……。ヴェルナーさん、いつになったら元に戻るのかしら……?」
リリーはため息をついた。
「……うん。爽やかだし、働き者だし、素直だし……、悪いことじゃないんだろうけど……でも
あたし、気持ちが悪くって……」
イルマも大きくため息をついた。
「……私も、すっごく気持ち悪いわ……」
こうして、地底人たちの人類殲滅への野望は、もろくも崩れ去ったのであった。
〜fin〜
後書き
智砂乃様に、500番を踏んでいただき、リクエストしてもらった作品です。お題は、「ギャグ、
秋、ヴェルリリで、‘リリーに激しくツッコミを入れるヴェルナー’」だったのですが……。ツ
ッコミが甘かったような気がして、反省いたしております。
まあ、秋→キノコ→キノコといえば、イルマ、と、単純な発想ではございましたが……。お楽
しみいただけましたら幸いです。なお、タイトルは、某大作美少女戦闘ゲームとは、一切関係ご
ざいません(笑)(2002年10月)。
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