碧海電子鉄道


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構 内 放 送

【シリーズ50年前/キヤ191系】

思いがけず入線してきたキヤ191系。第3編成はまだ新製から半年(←拡大画像 javascriptを使用) 前回記事の訂正があり、DD13の写真を残しています。更新されていないという誤解を招いていると見受けられるため、掲載順序を入れ替えました。(26.8.31)
 ボンネットDCキハ81が使われていた特急「くろしお5号」(これはあいにく載せられる写真がありません)が出たすぐあと、驚きの車両が入線して来ました。電気信号検測試験車キヤ191系です。
 同系についておさらいをすると、第1編成が1974年に製造され、小郡に配属されています。その後、寒冷地仕様の第2編成が登場。第3編成が登場したのはこの年、1976年の1月でした。
 第3編成が名古屋所属となったことは雑誌記事等で知っていたと思われます。新製配置から約半年、この日思いがけず同系を見ることができたのでした。
 一緒に行った友人たちと「あっ!」と声を上げて、入線した12番線に走って行ったことでしょう。多くのファンがホームを走っていて、奥に写る駅員さんが憮然としていたのをなぜか覚えています。
 余談ですが隣のホームのキハ58系は急行「かすが」の札が入っています。お盆なので増結していた模様ですが、号車札の「増1」は何と読むのでしょうね。どこかの駅では「ましいちごうしゃ」とアナウンスしていたように思います。(26.8.30)


【シリーズ50年前/先週分の訂正】

 

名古屋駅で客車の入換、回送に活躍していたDD13(←拡大画像 javascriptを使用) 前回は編集時間があまり取れないので取り急ぎの内容でという触れ込みでした。しかし、急げば急いだなりに調査不足的なことが起こりやすくなります。
 前回の記事をご覧いただいたWESTさんからご連絡をいただきました。(WESTさんは名鉄の旧塗装車のお写真を提供いただいています。)
 WESTさんは当時を含めて名古屋駅で編成調査などをされていました。それゆえ、時代ごとの各種列車の編成の変遷がわかるデータをお持ちです。
 前回記した924列車の客車と思われるとした部分ですが、同列車は921列車として折り返すまで約2時間、10番線に停め置かれて、荷物扱いをしていたとのことです。つまり、車庫への回送はなかったということです。
 この点についてはAIが「昭和の鉄道員ブログ」が詳しいと案内してきました。主宰者さんは元国鉄職員で924レ、921レの荷物車ご担当として乗務されたとのこと。その記事がありました。名古屋駅の神戸方に停められていたのは、荷物の搬送設備の位置が関係していたようです。
 WESTさんからは921レよりも先に出る225列車の客車ではないかとのご意見をいただきました。それも踏まえてネガを再確認してみました。記録ノートに明らかな順不同が見られたためです。
 すると、撮影時間は8:15発の「しらさぎ1号」から8:50着の臨時急行「高千穂51号・五島」の間とわかりました。
 私のノートにはDD13225+旧形客車4両という編成記録が残っていたため、WESTさんにもご確認をいただきました。写真の客車は6両編成のようです。ノートの編成とは異なっていたり、WESTさんがお持ちのデータと一致するものがなかったりで、結局何列車の客車なのかを特定するに至りませんでした。
 このような結果にはなりましたが、明らかに誤った記述がそのまま残るのを避けることができました。また、いろいろと調べる過程で思い出したこともあって、あいまいな記憶を整理することができました。
 当時の記録等ご教示いただいたWESTさんには感謝申し上げます。(26.8.30)


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