(←拡大画像 javascriptを使用)今は大阪万博が開催されています。開催地、夢洲に乗り入れる大阪メトロを除けば、周辺の鉄道による観客輸送は限定的と感じます。高速道路の整備状況など、昭和の時代とは鉄道が置かれた環境が大きく変わりました。
40年前の「つくば博」においては、国鉄は臨時列車「エキスポライナー」を大増発。古い401系初期車やEF80を延命したり、20系のほか、向日町から借りた583系まで活用。まさに交直切換区間を通過できる車両を総動員しているという様相でした。
終幕の日となった85.9.16の朝、私は大宮駅にいました。その時の写真(大宮8:15発の川越線キハ35系)はこちらに掲載しています。しかし、このときは電化、埼京線との直通運転開始間際の川越線を撮ることは目的でなかったことは確かです。
今回ご覧いただくのは、その次に写っていた1コマです。たまたま写っている時計。内心、写っていないかと期待したものです。10:56に常総線のこの列車が取手を発車したことがわかります。
朝、大宮にいたのは、583系の「エキスポライナー23号」に乗るつもりだったからと思われます。
思われると言っても、不思議なくらいに何も覚えていません。記録ノートに転記する前の手帳が見つかりましたが、そこにも何も書いてありません。せめて車両番号をメモしていれば・・・。
エキスポライナー23号は大宮発9:16、取手は10:24発です。万博中央まで行っていたら10:56発の常総線は撮れません。取手で降りたようです。
しかしながら、なぜ何も覚えていないのでしょうか。
当時私は社会人1年生。土曜日の休みは月に1回だけでした。学生時代のように自由に時間が取れなくなって、休みの日には撮影計画を詰め込み過ぎていたようです。
写真は早切りが目立つなど、集中力の欠落が感じられます。趣味なのに楽しむことができていなかった・・・。これを逃すと撮れない、乗れないと、半ば義務感で行動していなかっただろうか。
写真のできや記憶のなさから、そんなことを感じました。もちろん、撮り直しはできないものです。後悔はありません。それでも、このときの欲深さは反省したいところです。惰性で動くことなく、メリハリを付けなくてはと、改めて思います。(25.9.21)
仮想の鉄道、碧海電鉄へようこそ。碧海電鉄といってもかつて名鉄西尾線の前身として実在した碧海電気鉄道ではありません。当鉄道では愛知県出身の開設者が50年以上にわたって撮影した鉄道写真のアルバムをご紹介していきます。
改札口(いりぐち)
(全線均一無料)
リンクは自由です。特にご連絡は不要ですが、ご厚意は歓迎します。
必要あれば中身のページでもご自由にリンクして下さい。
画像の著作権は撮影者にあります。画像への直リンク、無断使用、転載はお断りします。
碧海電子鉄道 ©2000-2025