碧海電子鉄道


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構 内 放 送

【岡多線北野桝塚発の自動車輸送列車】

 

EF65117が牽く自動車輸送列車。既に多くの会社が撤退して、トヨタのみが鉄道輸送を実施していたとのこと。学生時代にモノクロフイルムの自家現像を始めました。しかし、写真になったのは一部だけ。多くのコマはネガのままでした。それでも、「シリーズ40年前」で使用するためにスキャンを進めています。
 今回ご覧に入れるのは、撮らず仕舞いだと思っていたク5000形貨車による自動車輸送列車(自動車搭載)です。
 前日に「重連ミステリー」を撮影して、僅かな日数ながらも刈谷に帰ることにしました。青春18きっぷの残りを使い切るためです。移動中に運転を知った臨時列車を撮るために金谷で降りたのでした。
 そのついでに撮った自動車輸送列車。当時はまだ多数走っている貨物列車の1本でしかなく、撮らずに見送った可能性もあったことでしょう。撮ったことを覚えていないのはその表れだろうと思います。
 調べてみると、参考にさせていただいたページが見つかりました。「日本の鉄道貨物輸送と物流」(とはずがたり様)の自動車輸送です。他の貨物を含めて、ほんとうによくここまでお調べになったものだというボリュームです。
 参考文献によれば、撮影時点の1984.4においては、トヨタ以外のメーカーは既に鉄道による製品輸送から撤退していたとのことです。ストライキの頻発による信用の低下、貨物取扱駅の減少、相次ぐ貨物運賃の値上げなどが背景にあるとされます。
 そうなると、残り少なくなっていた列車から絞り込みは楽になります。東の方へ向かっていた列車は北野桝塚発仙台港行が該当します。
 私自身は岡多線の自動車輸送列車を撮り逃したという認識でした。撮影路線が異なるとはいえ、1コマだけでも撮れていたのは大きな発見でした。
 岡多線は旅客開業の前、1970年10月に北野桝塚からの自動車輸送で開業しています。それが、14年ほどで終了となってしまいました。900両ほどが製造されたというク5000形のうち、民営化後にJR貨物に引き継がれたのは10%ほどとのこと。それも長続きせず、短命、不運な形式であったと言わざるを得ません。また、広大な積み込みヤードや、貨物列車の走行を前提とした高規格で建設された岡多線、瀬戸線(現城北線区間を含む)が十分に生かされたと言うには程遠いと思われます。鉄道貨物が脚光を浴びている今にしてみれば、とても残念なところです。(24.09.15)


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