碧海電子鉄道


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構 内 放 送

【シリーズ50年前/飯田線のEF10】

 

元々鉄道の撮影が目的ではなかったはずが、その方向に仕向けてしまいました。(←拡大画像 javascriptを使用)年始以来、例年になく雨が少なく、新城市の宇連ダムの貯水率が0%になったことが報じられていました。ここに来て、ようやく雨が降るようになりました。何事も極端な動きがあると、対応に苦慮することになります。
 さて、今回50年前の写真です。Xに投稿したものですので、既にご覧いただいていましたら恐縮です。
 中学校1年生が終わる間際、級友のO君が少し遠くに出掛けたいという話を持ちかけて来ました。彼は鉄道ファンではありません。
 一方、当時よく自宅に遊びに来ていたS君は鉄道好き。寝台特急「紀伊」で東京駅、上野駅へ一緒に行ったM君にも声を掛けて、飯田線の流電(クモハ52)を見に行こうという方向で意向がまとまりました。言い出しっぺのO君も了承してくれました。
 記録ノートを見ると、東海道線の西小坂井から飯田線の小坂井を経て、牛久保まで歩いたことがわかります。牛久保まで電車で行ってしまったのでは、知らない街を歩いてみたいというO君の意向に添えなくなってしまいます。
 なぜ牛久保だったのか。それは、流電を含む編成のうちの2本が朝の運用を終えると同駅で昼寝をしていたからです。停まっている電車を撮るだけではすぐに終わってしまいますが、S君と事前にダイヤ(雑誌の付録)を調べて、貨物列車を撮ることも考えていました。
 そのときに撮ったのがこの写真です。EF1014号機。庇がある初期タイプでした。
 ひとことにEF10と言っても、同形にはいろいろなタイプがありました。庇付、丸形車体、角型車体、それに台車の相違と、なかなか個性がある形式だったのです。
 流電はパンタを下げたままの52005が撮れただけ。帰りは流電が入り得る運用の電車を選んだものの、あいにく流電なしの編成。乗ることも叶わずで、成果としてはもう一歩でした。
 ひとり鉄道ファンではないO君には少し申し訳ないことをしましたが、4人でワイワイがやがや。楽しい1日になったのは間違いありません。(26.4.12)


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仮想の鉄道、碧海電鉄へようこそ。碧海電鉄といってもかつて名鉄西尾線の前身として実在した碧海電気鉄道ではありません。当鉄道では愛知県出身の開設者が50年以上にわたって撮影した鉄道写真のアルバムをご紹介していきます。

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