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9.13付本稿では40年前の夏休み、上田交通(現上田電鉄)に立ち寄ったことを写真とともに記しました。この遠征の主目的は平日運転の「EF上越号」であったことに触れています。今回はその写真をご覧に入れます。このネガは汚れがひどく、修復には時間を要しました。
運転日は8.25〜29。日によって牽引機が変わりました。EF5861+89のペアとなる日に合わせて休暇を取得しました。
ここで当時のEF58の状況について書いてみます。この年の3月、紀勢線の定期列車がEF60に置き換え。関東ではEF5861のほか、イベント用や冬場のスロ81系「シナ座」→「ミト座」用にEF5889、122、141が残されていました。このうち、141はこの年の6月に除籍済であったようで、122も保留車状態であったと思われます。(11月に静岡転属、87.4、JR東海へ)この時期に動くことができたのは実質61、89のみ。その2両がペアを組む列車でした。
雑誌で得ていた時間よりも早めに通過して、越後中里15:05の電車に間に合ったと記録ノートに書かれています。当時は非冷房の115系ですが、トンネル内で入って来る風が涼しかった記憶があります。
帰り道、高崎から上野までは初めて上越新幹線を利用。東京から豊橋まで利用したのは100系「こだま」でした。当時、100系は本格的な運行を前に先行落成していた編成(量産車)が暫定的に「こだま」に充当されていました。(26.11.1)
仮想の鉄道、碧海電鉄へようこそ。碧海電鉄といってもかつて名鉄西尾線の前身として実在した碧海電気鉄道ではありません。当鉄道では愛知県出身の開設者が50年以上にわたって撮影した鉄道写真のアルバムをご紹介していきます。
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