IT時代を切り拓く女性起業家達

             はしがき  

 「女性大活躍の時代」の兆しが見えてきている。  2000年に太田房江さんが大阪府知事に当選し、日本で最初の女性知事として華々しくデビューしたと思ったら、熊本県でも女性知事が誕生し、次いで千葉県知事も女性に変わった。欧米に比べて女性の首長は少ないといわれるが、四七分の三という数字はそれほど悪い数字でもあるまい。  川口順子さんは通産官僚からサントリーの重役にスカウトされ、更に故小渕首相に乞われて入閣した。彼女は環境大臣の要職を務めているが、国会議員ではないから、順送り人事でも、お飾り大臣でもない。実質的に仕事のできる人として活躍している。
 民間企業でも女性の活躍が目立つ。NTTドコモの「iモード」の生みの親、松永真理さんなどその典型だ。労働省の統計によると、民間企業の管理職に占める女性の割合は上昇を続け、部長職で一・二パ−セント、課長職二・四パ−セント、係長職七・八パ−セントという。まだまだ少数派ではあるが、その役割が年々大きくなってきていることには異議あるまい。 法制度的にも「女性の時代」が唱われ、女性差別撤廃条約の批准(1985年)、男女雇用機会均等法施行(1986年)、育児休業法施行(1992年)、男女共同参加社会基本法施行(1999年)と、この面でも社会が動きつつある。 こうした状況下で、女性社長が元気である。ある統計によれば、日本の企業総数中において、女性がオーナーかつ経営者である企業の割合は、既に23%を占めるという(水津雄三『21世紀経済と中小企業・女性事業家』森山書店、2000年65頁)。
 しかしこの数字とてもアメリカ36%、オーストラリア33%、カナダ31%、ドイツ28%、イギリス25%といった数字(同書、いずれも90年代半ば前後)からみれば比較的小さく、日本においても今後数字は伸びていくことが予想される。  「女性の時代」という環境変化、女性自身の意識の変化、国・地方自治体・民間などの女性起業家支援体制の進展、起業家に有利な社会・産業構造の変化などを考えれば当然であろう。
 女性起業家として成功している事例を見ると、女性特有の生活条件やセンスをうまく生かした業種選択が多く見られる。そして、それぞれの女性起業家は、その仕事、業種が好きで、それに対する特別な思い入れ・情熱を持っている点が特徴である。例えば、本書に登場する多くの起業家は、生活に直結した自然食品店、子どもと女性のための本屋さん、女性・主婦労働の場の開拓、料亭女将、思い出の人捜し、トータル音楽プロデュース、語学力を生かした国際文化交流、ゲームソフト開発、住宅・生活関連情報誌編集、学習塾、学習機器販売、引越専業運送、高齢社会対応を目指すヒューマンケア警備、などでビジネスを起こしているが、何れも苦労を楽しんでいる風情ですらある。  また、仕事のスタイルも、人の輪(人的ネットワーク)を生かしたり、IT(情報技術)を生かした情報ネットワークで、横のつながりをうまく利用して成功している場合が多い。男社会の職場でよく見られるタテの階層社会や、連日夜遅くまでの接待漬けには、無縁でがんばっている。
 彼女たちは、新しい仕事スタイルを生み出していると言えそうだ。  さらに、出産・家事・育児などと、起業とをどう両立させるかという問題に、それぞれの人なりの工夫をしている点も共通である。  政府や自治体も女性起業家の発掘に躍起である。
 日本では90年代半ばから、第3次起業家ブームと言われる動きが見られるようになった。バブル崩壊後の不況からの脱出、経済活性化の決め技として政府や経済界から期待されたという点もあるが、そればかりでなく、大企業といえども倒産が珍しくなくなり、ダイナミックな合従連衡、不採算部門の整理統合、人員整理などが当たり前になって、人々が会社への帰属意識を薄くし、自立的になってきたことも、大きな原因であろう。
 しかも、IT(情報技術)の発展、グローバル経済化、規制緩和、モノ余り社会の到来とサービス経済化、少子高齢社会の到来、高学歴社会化、自由時間の増大、自立・生き甲斐重視傾向、福祉、価値の多元化と市場細分化・個性化・成熟化など、近年の日本社会は大きな変化の波の中にあるが、これらの変化はすべて起業しようとする人にとっては順風になっている。  読者の中には、「これから女性起業家として頑張ってみよう」と思っている人も多いことだろう。そのような人は、実際に起業して成功した女性起業家たちの経験に学ぶことだ。実体験を聴くだけに、単なるノウハウ書よりも迫力があり、説得力もある。「やってみようか、どうしようか」と悩んでいる時、やるにせよやめるにせよ、最終的意思決定をする一番の参考になるのは、先人達の経験である。
 ここに取り上げた人たちは、いずれも事業に賭ける強烈な夢と意欲とで、さまざまな困難を乗り越えてこられた人ばかりである。私達はこれらの女性起業家たちに何度も足を運んで訪問取材を行い、その仕事・生活・意見を聞き出すことを試みた。いま既に成功しておられる人に、過去の起業時の苦労や、失敗談を話していただくのは、少々勇気のいることであった。しかし、ここに登場していただいた女性起業家の方たちは、快くわれわれの趣旨を諒解され、胸襟を開いた話をして下さった。後に続く女性起業家たちのために、あえてご自身の失敗の経験等を含めて、率直に語ってくださった。また、先輩女性起業家として、後輩達へのメッセージも寄せていただいた。ご協力に、あらためて厚くお礼を申しあげたい。  なお、本書中には数人の二代目の女性社長が登場されている。これらの方は二代目とはいえ、継承した企業を建て直したり、画期的に発展させたという実績の人達ばかりである。すなわち、第二の創業、起業をされた人といってよい。その意味で、これらの方々もあえて起業家として登場していただいたのである。 ここで、本書成立の経緯に少し触れておきたい。編者二人は数年前に、共編で『創造的中小企業』(日刊工業新聞社、1996年)を刊行したことがある。これは幸いにして予想以上に好評を得ることができたが、その時から、次は女性起業家を取り上げようと、執筆者の間で話が出ていた。編者たちの事情で遅れ気味となったが、やっとその希望を果たすことが出来た。 各章の執筆者は先の本と同様、龍谷大学経営学研究科ビジネスコース(社会人大学院コース)の院生・OB諸君を中心とし、一部に桃山学院大学経営学研究科の社会人院生も参加している。
 原稿には編者が大幅に朱を入れたが、成果は基本的に各筆者のものである。編者として筆者の皆さんの協力に感謝するとともに、今後のさらなる成長を期待したい。  本書がこのような形を取るまでには、多くの方々のご協力をいただいた。とりわけ打間奈津子さん(株式会社カルチャービジネス社長、女性起業家を支援する会会長)と武藤朔恵さん(日刊工業新聞社出版局書籍編集部)のお二人には、深甚の感謝を申し上げねばならない。取材過程と編集過程でのそれぞれにおいて、お二人の温かいご支援がなかったら、本書は刊行を迎えることが出来なかったであろう。記して深く謝意を表する。
2001年7月 編者 

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