ゴルフ         

 私はゴルフはやらない。
 そもそも我々の年代の人間にとっては、「ゴルフ=岸=安保」が密接な連続イメージであり、「安保はメチャクチャ悪いもの」というのが当時の我々世代の公理(証明する必要がない事象)であるからして、ゴルフが良い物であるはずがない、とされていたものだ。
 しかも岸さんは失礼ながらやや悪人顔で、「吉良上野介もかくや」と思わせるところがあり、「極悪非道の安保を推進し、毎日料亭に通い、ゴルフをやって……」というわけだ。
 だから、私はゴルフをやる人間に対して、むしろ敵意を持っていたともいえる。
 そもそも、ボールを叩いて、穴の中に入れて、何が面白いのだろう? とも思う。
 「空き缶を蹴飛ばして、何回で電柱に当たるかを競えば、一円もかからないじゃないか!」それと、いったい何が違うのか!。
                
 まあ、そういうわけで通産省に入ってからも、ゴルフには全く興味がなかった。
 ところが、1987年6月に機械情報産業局鋳鍛造品課長に任命された。
 業界の人と本音を聞ける関係にならなければならない。私は人間同士の親しさは「二人ですごした無駄な時間の関数だ」 と、思っているのだが、その点で、麻雀、酒、ゴルフは有力な手段だ。
 私の当時趣味は麻雀で、暇さえあれば麻雀をしていたのだが、友達との麻雀は良いが、業界の人々との麻雀は具合が悪い。
 すなわち第一に時間がかかりすぎる。第二に、勝っても負けても具合が悪い。
 賭けなければ良いのだろうが、「賭けない麻雀」なんて気の抜けたビールのようなものだ。我々の麻雀は勝っても負けても数千円程度の話ではあるのだが、何しろ「通産省の大課長」だから、業界の人は手加減をするだろう。それで勝ったのでは申しわけない。かといって負けたらくやしいし、現実に損をするのは不愉快だ。
 飲むのも一つの手段だが、私は生まれつき一滴も酒が飲めないから案にならない。
 で、コミュニケーションの手段としてのゴルフがクローズアップされてきた。
 課員も、「『課長が酒も、麻雀も、ゴルフもダメだ』じゃあ、業界を〆められませんよ」という。
 どうしようかと悩んでいたころ、「新鋳鍛造品課長を囲むゴルフコンペ」というのが計画されている事を知った。ますます悩みは深い。
 ちょうど舩津貞二郎氏という私が非常にお世話になっていた先輩が親切に、「おまえ、せめてゴルフぐらいやらないと、業界の人に、何といわれるかわからんぞ!」と、熱心にゴルフを勧めてくれて、おまけに「今度新しいゴルフセットを買うから、おまえに古いのをやるよ!」ということになったので、タダでクラブセットが手に入った。
 そのころには、「安保=悪」 という公理は実は大間違いだということがわかっていたので、「ゴルフ=悪」という方程式は自動的になくなっていた。
 そこで、「健康にも良いという話だし、じゃ、ま、ちょっとだけやってみっか」ということで、ゴルフシューズ、ゴルフウェア、手袋、ボール等一式を\34,500で買い整えて、ゴルフの世界にデビューすることにした。
 ゴルフのボールは基本的に止まっている。桑田や松坂がシュートや、消える魔球を投げてくるわけじゃない。「止まっている玉が打てないわけないじゃんか」というわけだ。
 そう思うには、原体験があった。実はある工場に見学に行った時に、その会社がゴルフのクラブを作っている関係で、打ちっぱなしを持っていた。「やってみませんか」といわれてちょっと振ってみたら、コーンと当たって、まっすぐに飛んで、私の狙った的に当たったのである。ビギナーズラックというべきか。 「何だ。ゴルフなんて、たいしたことねーや」と思ったのである。

 で名門、朝霧ジャンボリーで「橋本新鋳鍛造品課長を囲むゴルフ会」が盛大に開かれた。参加者は鋳物・鍛造・プレスの主だったメンバーだ。
 「始球式は課長にお願いします」というわけで、橋本大課長がしずしずと進み出て、ドライバーを振りかぶって、ビューンと振ったのだが、これが空振り。この時は観客の方もまだまだ余裕があって「練習でしょ!」くらいのことを、言って笑っていた。
 ところが、2回目も空振り、3回目も空振りとなって、空気ががらりと変わった。「もしかするとこの人は一日中空振りしている可能性があるぞ」というわけだ。


 3回空振りをするころには、私の打つところを見ている人は誰もいなくなった。みんなてんでんばらばら、色々な方角を見ている。「何でこんなやつを無理に誘ったんだよ!」という人はいないが、態度には現れている。あちこち見ているが注意は私に向いている「早く当たってほしい。そうじゃないと一日中空振りを見ていることになるじゃないか!」
 結局5回目に、ボールのどこかに当たって10メートルくらい転がった。 「何のこっちゃいな」。
 せっかくのスモークボールも煙を出さないまま。 しまりがないことおびただしい。
 それでもまあ、スタートになったのはめでたい。結局、4回も空振りしたのはこの時だけだったが、まあ「ぶざま」がゴルフウェアを着て汗をかいているといった風情で、一日中かっこ悪かった。

 2回目は通商産業省内の仲良しグループで行った。この時は朝霧カントリー。
 ところが朝からものすごい雨と霧。5メートル先も見えない。それで、スタートの前はみんな「今日はゴルフは無理だな。麻雀でもやって帰るか!」といっていた。私もこんな雨じゃどうしようもないし、そもそも厚い霧でほとんど見えないのだから当然麻雀になると思い、「もしかしたら、麻雀でいくらか稼げるかもしれない!こいつはいいや!」と楽しみにしていたら、何とスタート時刻になったら、みんなイソイソとゴルフの準備を始めるではないか。
 「麻雀だ」と真っ先に言っていたやつですら、うれしそうに靴を履いている。外は雨、しかも霧。何が哀しゅうてこんな天気にゴルフか、と素人には思えるのだが、彼らにはそうではないらしい。
 しかたなく、併設のショップで雨用のジャンバーを買って (これが競争原理が全く働いていないから、ボリたい放題 でむやみに高い) 傘を借りて……となったのだが、視界は5メートルほどで、何も見えない。キャディーさんが、「この角度に籏が立っているはずです」という方向に打つのだが、打った球がどこに行ったか見当もツかないし、皆その調子だから、ロストボール続出で、ようやく見つけた玉も自分のかどうか良くわからない。面白くもなんともない。
 面白くないわ、寒いわなものだから、たまたま偶然同じグループにいた大先輩の島弘志さんに「いったい、何が面白くて、こんなゲームをやってるんですか?」と聞いてみたが、返事がない。 「聞こえなかったのかな」と思って、もう一度言ってみたが無視された。
                
 そこで、昼飯時にいろいろな人に、「何が面白いんですか?」 と繰り返し聞いてみたが、皆、口の中でもごもご言うのだがよくわからなかった。 総じて言えば皆とても不機嫌だった。
 結局得られた結論は、「ゴルフ自体は、皆がバカバカしいと思っているのだが、終了後ビールを飲みながら、スコアがどうだったとか、ホールから見る景色がどうだとか、ゴルフウェアを誰に買ってもらったとか、池に魚がいるとか、そういう話題で盛り上がるのが楽しいらしい」 という結論だった。
 確かに、ゴルフを終わってずぶぬれの体を風呂で癒して、新しい服を着ると、何ともいえず、すがすがしい。 冷静な私としては 「もともと濡れなければ、もっといいのじゃないか」 とも思うが、濡れないと、こんな感激は味わえないのも確かだ。
 人生全体がフィクションのようなものだから、そのフィクションの一コマなのだろう。(それにしちゃあ時間がかかるし、費用が高すぎる!)
 いずれにせよ、それ以来、私をゴルフに誘う人がいなくなった。なぜだろう?

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