はじめに
 心サルコイドーシス(以下心サ症とよぶ)は臨床的に比較的まれな疾患と考えられて いたが、本邦サ症剖検例の直接死因の約46.9%が心サ症によることが報告され、 早期発見に基づく治療の重要性が明らかになった。心サ症は致死的心サルコイドーシス (Fatal myocadial sarcoidosis,FMS)と呼ばれ、発見が困難で難治性であったが、関口らは FMSが10数年前より減少したことを報告し、心サ症の生前診断が可能になったことを 示唆した。1993年には「心臓サルコイドーシス診断の手引き」が提案され、早期診断 が可能になりつつある。一方、心サ症の治療法はステロイド剤が基本とされているが、 その有用性は検討されておらず、投与法の基準も確立されていない。治療法は厚生省の 特定疾患調査研究班による検討が始まったばかりで、本稿の主題であるステロイド治療 に関しては最近の総説を参考にわれわれの経験を加えて、概説していきたい。
T.ステロイド剤治療
 サ症の治療には免疫抑制作用のあるステロイド剤が唯一の薬剤であり、心サ症において も同じである。ステロイド剤を心サ症に用いることについて、房室ブロックや心室性期外 収縮の改善がみられることからその有用性を認める報告がある一方で、心筋繊維化による 心室瘤形成が促進されるのではないかと有用性を疑問視する報告もある。Flemingらが 提案したように、ステロイド剤の心サ症に対する有用性は完全には実証されていないが、 現状では継続することが望ましいと考えられる。
 われわれは心サ症が広範囲の心筋に広範囲の心筋に高度の繊維化病変をおよぼすこと のない病初期に治療を開始する必要があると考え、心サ症の治療にステロイド剤早期治療 と継続の重要性を報告してきた。心サ症の診断に核医学検査や心エコー検査の有用性が 示された時期からFMSの報告が徐々に減少していることからも早期診断による早期 治療の効果が窺われる。
1.適応と開始時期
 心サ症へのステロイド剤治療の開始は早期に行い、疑わしい場合は種々の検査を 総合的に判断して治療を開始すべきである。われわれは診断基準を満たさなくても、 サ症に高度刺激伝導障害(例えば完全房室ブロック)あるいは進展(例えば、完全右脚 ブロックから2枝ブロックへの進行)、心室性期外収縮頻発(多源性、連発性、RonT) や心室頻拍あるいは細動、核医学検査における明らかな心筋障害(201Tl-Cl心筋 シンチグラムにける灌流欠損、67Ga-itrareや99mTc−PYPの心筋への 異常集積など)を認める場合(表1)には治療を開始している。


表1 ステロイド剤治療開始基準

     1.組織診断例
     2.臨床診断例
     3.サルコイドーシス症例に下記の所見を認めるとき
        高度刺激伝導障害あるいは進展
        心室性期外収縮頻発あるいは心室頻拍
        核医学検査における明らかな心筋障害

2.投与法の実際
 心サ症では長期投与が避けられないため副作用の少ないshort acting corticosteroidを 使用する。投与法に定説はないが、厚生省特定疾患肉芽腫性肺疾患調査研究班の指針に準拠 することが多く、ここにわれわれの標準的な投与法を示す(表2)。


表2 標準的ステロイド剤投与法

     Short Acting Corticosteroid(Prednisolone)
     隔日朝一回内服を基本とする
       初期量 60mg/隔日で開始
        2カ月毎に10mg/隔日漸減
       20mg/隔日より6カ月毎に5mg/隔日漸減
       20mg〜10mg/隔日を維持量とし継続



 プレドニゾロン隔日朝一回投与を基本とし、初期量60mg/隔日内服で開始、2カ月毎に 10mg/隔日で漸減、20mg/隔日より6カ月毎に5mg/隔日漸減する。最終的には、20mg〜10mg/隔日を 維持量として継続する。30mg〜20mg/隔日投与の間に再燃を認めることがあり注意を要する。
再燃した場合、初期量に戻すこともあるが、軽度のものであれば2段階前の投与量に戻して 継続する。重症例の治療は例外的に、1年〜2年をかけて5mg/日ずつ漸減し、20mg/日投与 から隔日間欠投与に移行することもある。
3.治療効果の判定
 サ症活動性を知る血清学的検査として血清アンギオテンシン変換酵素(ACE)、 血清リゾチームなどがあるが、心病変と検査値との関連性が明らかでなく、目安として 利用するにとどまる。心病変の活動性の判断は心臓特異性のある検査を行い、血清学 的検査を合わせて総合的に判断すべきである。検査法については前項の心サ症の臨床 でも詳述されているので、治療効果の判定に絞って述べる。
 検査法は大別して心電図、心エコー検査、核医学検査の三種類がある。 心電図では、心病変の憎悪にともない各種ブロックや心室性期外収縮の進行がみられる ことがあり、心電図のみならずHolter心電図も定期的に実施しなければならない。 心エコー検査では、心室壁の薄化や肥厚、壁運動異常、心内腔拡大などを認めるが、 経過観察中の変化は微細である。治療効果判定には心電図や心エコー検査の検出精度が 不足していることから、核医学検査(201Tl-Cl心筋シンチグラムにける灌流欠損、 67Ga-itrareや99mTc−PYPの心筋への異常集積など)が用いられる。




 図1はGaシンチグラムの一例であるが、治療前(上段)が認められたGaの 心筋への異常集積が治療4カ月後(下段)には著明に改善している。
 核医学検査は心筋内の類上皮細胞肉芽腫を必ずしも正確に表しているわけ ではないので、検査の限界を考慮しつつ判定しなければならない。肉芽腫の消長を 直接検出するためにポジトロンCTの使用が検討されている。
4.終了時期
 心サ症にもステロイド剤治療を終了できる症例があるはずだが、長期維持療法 が行われる。これはステロイド剤中断後に再燃した死亡例が多くみられたこと、 類上皮細胞肉芽腫病変の変化を正確に検出できる検査法がないためと考えられる。
 われわれは、生前に心サ症と組織診断した2例の剖検において、肉芽腫が消失し 全身に繊維化のみを認めた例を経験したが、2例ともステロイド剤治療を10年近く 継続し、その間再燃の兆候を全く認めない心サ症は、綿密な観察と検査の施行下にステロイド 剤治療の中断も可能であると考えるが、終了基準については今後の検討が必要である。
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