隆佐衛門詞譚 【六】
「花 簪 」 九谷 六口
二00三年二月十八日
木谷 隆佐衛門 影房 、別に蕎麦の喰い過ぎでもなく、雪姫が夢に出てくる訳でもないが、どうした事か、この夜は寝つかれないでいる。蒲団の中で寝返りばかり。
隣りからは、登世の柔らかな寝息。冴え渡った意識の中にスヤスヤと聞こえる寝息。隆佐衛門の中に強烈な愛おしさが湧き上がる。
――登世……
声には出さないが思いは募る。
松浦 は繁盛している。店を切り盛りする登世は気が抜けない。徳川の世になり世情は落ち着いたとは言え、地方では争いが起こったりしている。武器としての刀、そして、武士の証としての刀。刀に対する思いは色々ある。質実剛健な刀もあれば、見栄えだけを重んじた刀もある。しかしどうであれ、いずれも刀である事には変わりがない。それを求める侍は、自分の好みを細かく言ってくる。その一言一言を丁寧に聞き、刀を見せる。神経を使う仕事。これが登世の毎日であった。隆佐衛門は、甲斐甲斐しく働く登世を認めていた。
登世が目を覚まさないように静かに寝返りを打つ。どうにも眠れない。仰向けになり天井を見る。月明かりの中にぼんやりと天井が見える。目を凝らせば木目を見る事もできる。
――しかし、眠れんな。ますます目が冴えてくる。木目とは綺麗なものだな。自由奔放に波を打っている。自然のなせる業 か。昼間に気付けば、もっと鮮明に木目を見る事が出来るのであろうに……。何故、このような夜中に……
何を考えようが眠気は訪れてくれない。また隆佐門は寝返りを打った。登世がムニョムニョと寝言を言った。耳を澄ますが、何を言っているのかは判らない。じっと、体を動かさないようにする。登世に気を使えば使うほど、目が冴えてくる。
――眠れん。困った。
隆佐衛門は静かに体を起こした。登世に気付かれないように立ち
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