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有りがたうさん

1936年、松竹大船、川端康成原作、清水宏脚本&監督作品。

▼▼▼▼▼最初にストーリーを書いていますので、ご注意ください!▼▼▼▼▼

バスに道を譲ってくれる人全てに「ありがとう!」と声をかける事で、周囲から「有りがとうさん」と呼ばれ人気者の乗り合いバスの運転手(上原謙)が主人公のある日のお話。

南伊豆を運行している乗り合いバス、3時便の出発が迫っている。
始点の茶屋で、寂し気な様子の母娘が店の女主人と会話を交わしているのを、店先で聞くともなく、寝転がって待機していた有がとうさんが聞いている。

どうやら、生活が苦しい母親が、若い娘を東京に身売りさせるらしい。

やがて、駅まで、峠を二つ越える運行が始まる。
乗客は、件の母娘をはじめ、渡り鳥風のいなせなお姐さん、大きな口ひげが滑稽な太った紳士、村の男衆ら数名。

軽やかな音楽に乗って、バスは美しい自然の中を走っていく。
すれ違う人ごとに、美貌の運転手は「ありがとう!」のかけ声。
学校帰りの男の子たちが、数名、バスの後ろにしがみつく。
すれ違い様、馴染みの旅芸人がバスを止め、遅れて来る踊子(伊豆の踊子?)たち宛の伝言をありがとうさんに頼んだり、それはのんびりとしたもの。
乗客たちの車中の会話は、いなせなお姐さんと、威張りくさったひげの男を中心に、ユーモラスに描かれていく。

この辺の描写は、今は失われてしまった、懐かしくも素朴だった日本の地方の姿なのだが、バスの中で交わされる会話は深刻である。

豊作なのは赤ん坊ばかり。
仕事がない男の子はやがてル○ぺンに、女の子は一束いくらで売られるんだ…などと、真顔で話している。
一旦、売られていった娘が、村に帰って来る事はないし、帰って来るのは事業で失敗した者ばかり…とも。

一番、本作でショッキングなのは、道行くチマチョゴリ風の衣装を着た大勢の男女をバスが追い抜いていく所。

その中の一人の若い女性が、バスが休息停止している所へ近付いて来て、ありがとうさんに声をかける。
どうやら、馴染みの顔らしい。
彼女は、ここの道路工事が終わると、信州の方の工事現場に移動する…と、別れを告げているのである。
「自分達は、道路が完成しても、そこを通る事はない。一度は、日本の着物を着て、ありがとうさんのバスに乗ってみたかった…」と告げる、朝鮮の人らしき女性の言葉が胸に突き刺さる。

お愛想で、「乗っていかないか?」と誘うありがとうさんの言葉に、女性は首をふり、「私は、みんなと一緒に歩いていく」と答える様子が何とも哀しくつらい。

 

▼▼▼▼▼個人的なコメントはここから下です。▼▼▼▼▼

物語の最後には、小さな救いが用意してあるのだが、それにしても、何とも重く暗い当時の世相を、ここまで、軽やかで明るいバスの一運行ドラマに折り込んだ手腕は恐ろしいというしかない。

戦前の松竹映画の奥深さを思い知らされた一作である。


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