「悪名シリーズ」の最終作だが、内容は、大映版の1作目「悪名」と2作目「続 悪名」を合わせた総集編と言うか、ダイジェスト版のようになっており、勝プロの製作によるセルフリメイクと解釈すべきかもしれない。
通常、この手のリメイクは、既に知っている話をもう1度繰り返して観ることになるので、一見面白くなさそうな気がするが、実際に観てみると、知っている話をなぞりながらも、自分が知っているキャラクターを全く別の俳優が演じているのに出会える楽しさがあることに気づいた。
モートルの貞:田宮二郎→北大路欣也
琴糸:水谷良重→十朱幸代
お絹:中村玉緒→望月真理子
お照:藤原礼子→太地喜和子
シルクハットの親分:千葉敏郎、永田靖→大滝秀治
麻生イト:浪花千栄子→杉村春子
河太郎:南都雄二→藤田まこと
吉岡:山茶花究→田武謙三
新世界のカポネ:藤山浩二→アイ・ジョージ
源八:上田吉二郎→財津一郎
いずれもキャスティング的に不足はない芸達者な人たちばかりで、最初の大映版の俳優さんたちとは違った魅力がある。
松島一家の元締と長五郎役は、共に、最初の大映版と同じ二代目中村鴈治郎と須賀不二男が演じている。
全員有名な役者が並んでいる中、お絹役の望月真理子だけが、他であまり見かけたことがない女優さんのような気がするが、中村玉緒とは又違った、清楚な魅力がある女優さんである。
低音が魅力の実力派歌手アイ・ジョージの起用も珍しいが、国籍不明な不思議な存在感がある。
一番気になったのが、モートルの貞役の交代だが、ぺらぺらしゃべる陽気な田宮版の貞とは違う、北大路欣也独特のキャラクターになっており、すぐに慣れてしまった。
これはこれで「あり」だと思う。
話がダイジェスト的になっていると言うことは、かなりはしょられて物足りない部分もある反面、話のテンポが早いと言う見方も出来、観ようによっては、かなり内容が凝縮されているようにも感じる。
ただ、主役を演じる勝新の年齢だけはごまかしようがなく、大映版のような若々しさや元気の良さは望むべくもないが、その分、落ち着いた大人の演技になっていると解釈すべきかもしれない。
▼▼▼▼▼ストーリーをラストまで詳細に書いていますので、ご注意ください!▼▼▼▼▼ |
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1974年、勝プロダクション、今東光原作、依田義賢脚本、増村保造監督作品。 闘鶏を観ている朝吉(勝新太郎)の姿をバックに、キャストロール 1羽のシャモが倒れて勝負がつく。 タイトル 昭和12年 中国大陸に戦火が迫る 「生駒楼」になだれ込んだ朝吉と仲間(桂べかこ?)たちは、賭けで勝った金で飲み食いを始める。 酒を飲まない朝吉の横に付いた琴糸(十朱幸代)が、どこから来たのかと尋ねると、仲間の1人が河内の八尾から来たんやと答えたので、だったら歌えるわね?と琴糸は河内音頭をせがむ。 仲間たちから勧められた朝吉が、河内音頭を披露する。 歌い終わった朝吉が、宴会を嫌って座敷を抜け出し、別の部屋に移ったので、一緒に付いて来た琴糸は自己紹介する。 九州の大牟田生まれで、お父ちゃんが胸患ったので、博多に出て芸者を始めたが、借金がたまって…と琴糸は話していたが、その時、廊下から、うるさい!と怒鳴り声が聞こえて来る。 驚いて、ふすまの陰から外の様子を見てみると、酔った若者が、朝吉の仲間たちの騒ぎに怒鳴りつけたのだと言うことが分かる。 仲間たちと一緒に騒いでいた芸者が、ここは松島の縄張りだと知らないのか?このドチンピラ!と若者を罵倒して来るが、若者はその芸者を突き飛ばして仲間を睨みつけている。 部屋の中にいた朝吉が何者や?と聞くと、小倉の吉岡組の人でしょうと琴糸は教え、帰った方が良いじゃないの?と言い出すが、お前のような別嬪残して帰れるかいと朝吉は答える。 あんさん、強そうやものねと言いながら、初日から帯解くの、恥ずかしいわ…などと言いながら、立ち上がる。 翌朝、朝やん!と呼びかけながら部屋に入ってきた仲間は、えらいこっちゃ。夕べの奴が入口でうろうろしとるがな。あれは大分、おとろしそうやで、巡査呼んだ方が…と、琴糸の横で目覚めた朝吉に言って来る。 しかし、朝吉は、構へん。松島遊郭から出ようと言いながら身支度をする。 朝吉と仲間が遊郭を出ると、外に数人の吉岡組の若い衆がたむろしていた。 その内の1人、河太郎(藤田まこと)が、おい、顔を貸してくれと朝吉に声をかけて来る。 一緒に路地の中に入ると、そこに夕べの気の荒そうな若者が待ち受けていた。 その若者が、お前があいつらの頭か?と聞いて来たので、売れ残りの魚じゃあるまいし、頭も尻尾もあるかいと朝吉が答えると、相手はモートルの貞(北大路欣也)と言うもんやと自己紹介する。 足腰立たんようにどついたるぞ!と貞が威嚇して来ると、こっちもどつかれたまま黙っておらんぞと朝吉も言い返す。 貞と朝吉の喧嘩が始まると、そのあまりの迫力に、河太郎ら吉岡組の若衆たちは怖じけたのか、こそこそと逃げてしまう。 近くの店のガラス戸を壊し、ボコボコにされた貞は、えらい強いな…と感心しながら起き上がる。 店の主人(曽我廼家五郎八)が出て来て、弁償してんかと言って来たので、貞は黙って、主人が言った10円を払ってやる。 うちに来ないか?と貞は誘うが、わい、ヤクザは嫌いやねんと朝吉は断る。 そこにやって来たのは、吉岡組の親分吉岡(田武謙三)だった。 朝吉は、仲間たちに、先に帰るように勧める。 「土建屋 吉岡組」に連れて来られた朝吉は、いきなり酒を勧められ、あいつもモートルの貞と言うほど馬力があるが、それより強いとは…低姿勢になった吉岡から、わいの所へ入らんか?と誘って来る。 わて、1人立てが好きですねんと朝吉がきっぱり断ると、では、客分と言うことでどうだ?何もしなくて良いんだと、吉岡は懐柔しようとする。 しかし、朝吉は、威張ってたってしようがないと気乗りしない風だったが、ネズミの十!前に出んかい!と貞が子分たちに声をかける。 呼ばれた若い衆は、逃げたんやない、助っ人呼びに行ったんや…と言い訳しながらも前に出ると、貞は木刀でめった打ちにし始める。 続いて、河太郎が呼ばれ、同じように暴行を受けるのを見かねた朝吉は、わいのことでリンチかけるんじゃ気分が悪いと不快感を示す。 すると、してやったりと言う風に、客分になるなら、聞かん訳いかんな…ととぼける。 朝吉は、まんまと貞の策略に乗ってしまったことに気づく。 貞は、兄さん、博打やりまっか?と誘う。 一緒に賭場に出向いた朝吉は、丁方ばかりで半がいないのでどうだっか?と中盆から勧められるまま半に賭ける。 すると、あっさり半で勝ったので、そのまま帰ろうとすると、そりゃないでしょう?と止められる。 朝吉は、負けるまで勝負せんと帰れんのか?と睨みつける。 賭場のヤクザたちはいきり立つが、奥から出て来た胴元(山岡鋭二郎)が、兄さん、あんた堅気やないな?こいつら、兄さん、儲けさそうとして言ったことや、堪忍やでと詫びて来る。 賭場の外に出た朝吉に付いてきた貞は、ええ根性しとるわ…と、すっかり感心する。 朝吉は、今手に入れた金の一部を貞に渡すと、自分は琴糸の元へ戻る。 再会した琴糸は、うち、本当に死にたかった。大事なお客さん、怒らしたって…。浅ましい芸当せい言うんで断ったと言い、もうこんな商売嫌や。死んでしまいたいと嘆く。 それを聞いた朝吉は、商売辞めて出たら良いやないか。わいが連れてったるか?と申し出るが、ここは1日中、長五郎親分とこの子分が見張っているのでダメだと琴糸は言う。 お前とやったら、殺されても良い。わいもな、吉岡組の客分になったんやから、これからもちょいちょい来るわと朝吉は約束する。 そこに貞がやって来て、天王寺一家との間にもめ事や。吉岡組も手伝うことになったと伝えて来る。 その頃、肝心の吉岡は、警察へこっそり電話をかけ、捕まえてくれと密告していた。 駆けつけた朝吉も貞と共に、組員たちと同じトラックの荷台に乗り込むが、琴糸の姿が見えたので、一旦車を降り、どないしたんや?と側に寄って聞く。 あんさんがもしものことあったら…思うて…と琴糸がいじらしいことを言うので、朝吉は、吉岡の女房に琴糸を預かっておいてくれと頼んで出かける。 しかし、こんな所を、長五郎親分に睨まれたら、うちは立ち行かんと迷惑顔の女房は、琴糸を早う出て行っとくれと追い出す。 トラックは、決闘の場所に向かって走っていたが、先ほど吉岡がかけた電話が功を奏し、警官隊に行方を阻まれてしまう。 警官たちは、今、新世界の親分が仲裁していると言うので、吉岡は、誰や?警察にたれ込んだのは?などと、子分たちの前でわざと切れてみせ、さも仕方なく引き上げる振りをする。 組に戻って来ると、松島組来てまっせとトラックの荷台の影で寝転んでいた朝吉に、先に家の中に入った貞が報告に来る。 分かっとると答える朝吉。 家の中では、こちらの客分が芸者を足抜けさせたって知ってるか?どこ行きくさった…と琴糸を松島一家が探していた。 吉岡はん、あんた逃がしはったんか?と長五郎(須賀不二男)が聞くと、すっかり怯えた吉岡は、手前の方で2人を見つけて、必ず親分さんの所に差し出しますから、ここのところは穏やかに…と頭を下げて詫びる。 長五郎たちが帰った後、トラックから降りて来た朝吉が、吉岡の女房に女は?と聞くと、おるかいな!隣に行ったわ!と女房は逆上する。 これはわいの落ち度や。これから消えますと朝吉が吉岡に詫び、組を出かけると、ちょっと待ってくれと呼び止めた貞が、助っ人代は?と吉岡に詰め寄る。 今出すがな!と怒りながら、吉岡は金を取りだし貞に渡すと、貞がそれを朝吉に手渡し、わいも行きますわ。わい、もう吉岡組と縁切れましたんやと言い出す。 それを聞いた吉岡は、盃返す言うんか!と激怒すると、腰抜け親分の下で働くの嫌になったんやと貞は言い残し組を出て行く。 面目を潰した吉岡は、残っていた河太郎たちに、挨拶したらんかい!どついたらんかい!と命じるが、気の弱い子分しかいないので、誰1人動こうとはしなかった。 朝吉は、吉岡組の隣の玄関をのぞくが、出て来た2人の女は、もういはりません。何にも言わんと出て行かはりましたと言うだけ。 2人の女は、千日前で「くいだおれ」と言う店に仲居をしているお絹(望月真理子)とお照(太地喜和子)と名乗ったので、貞が、これから行きまひょか?と言い出す。 くいばおれで貞は、わいを子分にしてくれと朝吉に頭を下げるが、朝吉が猿芝居、止めいと言うと、ドスを抜いて、人が頭下げてるのに、猿芝居とは何や!と貞は切れる。 朝吉は、わいが悪かったと謝ると、兄弟でええやないか…と言いながら貞の手を握って来たので、貞は感激し、おおきにと礼を言う。 そんな2人の様子を、牛鍋の準備をしながら怖々観ていたお照は、ええ人やな、2人ともな…と感心する。 お照は貞を気に入ったようで、お絹は朝吉を好きなようだったが、琴糸はん、命がけで好きなんでっしゃろ?と不満そうだった。 貞は、これからどこか遠出しまひょか?と言い出す。 その頃、吉岡の家では、二階の奴、がしんたればかりでどないするんや!と女房が吉岡を責めていた。 そんな中、琴糸が吉岡家に再びやって来る。 驚いた吉岡が、朝吉はうちにおらんわと追い返そうとしていた時、わいをコケにしおったな!と言いながら長五郎たちが入って来る。 吉岡は、琴糸を突き出そうとするが、長五郎は、いてまえ!とけしかけ、子分たちは木刀で吉岡の身体や家中をめちゃめちゃに叩いて壊して行く。 最後には、吉岡の右手をへし折ってしまう。 二階の河太郎たち子分は、怖くてとても下に降りられない。 吉岡は血まみれで倒れていた。 そんなこととは知らない朝吉は、のんきにお絹と2人で温泉に浸かっていた。 一方、貞と寝ていたお照は、自分は男運が悪く、3人の亭主に逃げられたが、もういっぺん、打込んでみようかな?などと甘えていた。 部屋に戻って来たお絹は、朝吉に一札書いて!と紙を差し出す。 そこには、私はあなたを一生愛します。右正に相違ございません。と書かれてあり、そこに血判を押せと迫る。 うち、今まで男の人と寝たことあらへん…と打ち明け、朝吉に心底惚れたことを訴えるのだった。 朝吉は、そんなお絹の一途さに打たれ、親指に傷を付け、血判を押してやると、お絹は、その親指を口にくわえてやる。 その後、吉岡が半死半生の目に遭わされたことを知った朝吉と貞は、朝吉を見舞いに行く。 貞は、ピストルもみんなあげるよって…と言う吉岡を観て、ど甲斐性なしやな…と呆れながらも、どないしますんや?と朝吉に聞く。 決まっとるやないか。長五郎が探してるんは、わいや。吉岡組はとばっちりを食ろうただけやと言った朝吉は、貞と共に長五郎の家に押し掛けて行く。 琴糸はどこにやった?と朝吉が聞いても、長五郎が答えるいわれないと無視する。 一緒にいた女房が、部屋から逃げ出そうとするが、貞が邪魔をして部屋に押し戻す。 長五郎は、棚の引き出しからドスを取ろうとするが、朝吉は殴りつけると、さだがどないしましょ?と聞いて来たので、吉岡と同じようにやってやろうやないかと言いながら、朝吉は電話で長五郎の頭を勝ち割った後、右腕をへし折る。 堪忍しとくんなはれ!と止めに入った女房が、琴糸なら因島だすと教える。 早速、朝吉と貞は、連絡船に乗って因島に渡る。 港には、柄の悪い男たちがたむろし、船から降りて来た貞たちに何しに来たんやと聞いて来たので、造船所の仕事、探しに来たんやとごまかし、「渡海屋」と言う宿に落ち着くことにする。 部屋の担当のおしげ(悠木千帆=樹木希林)と言う仲居に、島の様子を聞いてみると、海と山にそれぞれ親分がおり、山の親分は麻生イト、3000人の子分がおり、海の親分は大阪の米相場で失敗し逃げて来たシルクハットの親分で、子分だけでも200人くらいはいると言う。 その夜、早速、貞は、遊郭を見て回り、「金平楼」と言う店の写真に出ているのを発見する。 中に入り琴糸を指名する。 部屋にやって来た琴糸は、貞の顔を見て驚くが、朝吉兄貴と一緒や。2人で命がけで助けに来たんやと教えられると、不満と喜びが入り交じったような表情になる。 「渡海屋」に戻って来た貞は、朝吉に琴糸を発見したことを報告するが、今連れ出しても、シルクハットの親分が全部の港に見張りを寄越すはずやから逃げられへんと考え込む。 その時、おしげが布団を敷きに来たので、朝吉はおしげを捕まえて話をしようとするが、おしげは乱暴されるかと思い込みパニックになる。 そんなおしげを落ち着かせた朝吉が、どこかに船を出してくれる家がないかと聞くと、引き受けまっさ、うちの伯父なんやと言う。 早速、その夜、貞と出かけた朝吉は、琴糸の頭をストールで覆い隠し、酔った女を介抱しながら店を出る客を演じ、見張りの目をごまかす。 そこに、シルクハットの親分(大滝秀治)がやって来る。 一方、貞の方は、おしげとカップルに見せかけ、子分たちの目をそらす役割を果たす。 ところが、いざ、おしげの叔父の家に来てみると、伯父(今福将雄)はさっき二階から落ちて腰を打ち、船を漕げんと言うではないか。 仕方がないので、朝吉が船を漕ぐことにするが、伯父は、あんたならこの汐乗り越えられると太鼓判をしながらも、船は盗んだことにしてやと頼む。 所が、いざ船を漕ぎだすと、一向に前に進まないことが分かって来る。 貞に代わっても同じことで、汐の流れが早く、到底島を抜け出せないことが分かったので、一旦浜辺に戻ることにする。 その頃、シルクハットの親分は、大阪からやって来た長五郎の子分勝(今井健二)から、朝吉と貞が琴糸を連れ戻しに来ていると教えられていた。 おしげの伯父の家の側に来てみた朝吉や貞は、シルクハットの親分の配下にぺこぺこ謝っている叔父の姿を観て、腰を打った等と言うのは噓だったことを知る。 貞は朝吉に、麻生旅館に庇うてもらうしか、どないにもなりますまいなと告げると、自分は1人で立ち去って行く。 「麻生楼」へやって来た朝吉は、何にも案じんとええと琴糸を慰める。 琴糸は、もう死んでもよか…と覚悟を決めたようだったが、三味線が部屋に置いてあるのに気づいた朝吉は、琴糸に聞かせてくれんか?と頼む。 その頃、貞の方は、シルクハットの親分の配下の黒崎組の連中に見つかり、連れは麻生旅館におるそうや、案内したってとドスを腹に突きつけられていた。 琴糸は、三味線を弾きながら歌っていた。 そこに、貞がふすまを開けて現れ、その背後からシルクハットの親分が配下を連れて立っていた。 琴糸を渡しなはれ、それがおまはんの身のためよ。勝手なことされたら郭の示し付かんと脅す。 朝吉は、吉岡からもらっていたピストルを取り出し抵抗しようとするが、その時、ちょっと待った!私のうちに黙っては言って来るとは無礼やないか!と、シルクハットの親分に声をかけたのは麻生イト(杉村春子)だった。 どないな仔細があるか知りまへんけど、この人はうちのお客なんだ!と啖呵を切るイトの迫力の前では、シルクハットの親分も形無しで、この采配は麻生の親分さんにお任せしますと言うし、朝吉の方もお任せしますと頭を下げる。 この世界の人やないの?どうなっとるん?こちらさんも名のある親分さんや。この落としまえ、どう付けるつもりや?とイトが朝吉に詰め寄ると、この身体差し出しますと朝吉は言い出す。 それを聞いたイトは、脱がせ!と言い、上半身を裸にさせると、父さん、あんたのステッキをお借りしますと申し出て、そのステッキで朝吉の身体をしばき始める。 見る見る朝吉の背中からは血が噴き出すが、朝吉はうめき声もあげず、じっとイトを睨みつけているだけ。 イトはそんな朝吉をさらに打ち据える。 やがて、こっちがくたびれてしまうわいと手を止めたイトは、これほどの若いのは観たことがない、先々、立派な男になるであろう。この男の性根に免じて許してつかあさい。何なら、鱶に食わしますか?とシルクハットに話しかけると、シルクハットも、全て水に流しますと答える。 イトは朝吉に、今の気持ち、忘れたらいかんよ。あんたの身体はわしが預かっとるんやからねと言い聞かし、朝吉も、おおきにと礼を言う。 かくて、琴糸は朝吉と貞と共に、連絡船で大阪に帰ることになる。 こんな風になれるなんて夢みたい…、琴糸は、上気した顔で喜びをかみしめているようだったが、朝吉と、側に付いていた貞は、終始無言のままだった。 琴糸がちょっと朝吉の側を離れた時、すっと近づいて来た貞は、そろそろ尾道でっせ。どないするんや、大阪着いたら…、知りまへんで…と、無言の朝吉に詰め寄る。 大阪千日前の「くいだおれ」に連れて来られた琴糸は、お絹が朝吉の女房として挨拶して来たので愕然となる。 お照の方は、貞との再会を喜んでいた。 琴糸は、酷か…、何で…?こんなことやったら、因島おった方が…、何でこんな…と九州弁で呟くと泣き出す。 朝吉は、部屋の隅で、頭をかくしか出来なかった。 琴糸は、お絹の隣に用意された朝吉の布団で寝ることになったので、枕を抱えた朝吉は、隣の部屋で寝ていた貞の元へ行くが、貞はお照と真っ最中だったので、露骨に迷惑がられる。 仕方なく、また、お絹と琴糸の部屋に戻って来た朝吉は、ふたりの真ん中に枕を起き、ふてくされたように寝るしかなかった。 琴糸は、そんな朝吉に背を向け、じっと目を開け泣いていた。 翌日、朝吉、貞、お照、お絹、琴糸らは動物園にやってくる。 お絹は、全員にラムネを配って歩くが、朝吉だけには与えなかった。 猿はええな…、女性陣が離れた猿の檻の前で、オスとメスが何匹でも仲良く暮らしているやないか。人間はあかん。怖い…と貞に囁きかける。 琴糸は、自分が16の時の写真をお絹たちに見せていた。 そして、皆さん、色々ありがとうございました。生まれてからこんなに優しくしてもらったことありません。九州に帰ります。お絹さん、こんな良い人滅多にいません。大事にしてね…と言い残し、その場から去って行く。 そんな朝吉らの様子を、長五郎の子分勝が、じっと監視していた。 その後、遅かれ早かれ、落としまえ付けなあかんと言い、松島のど真ん中に乗り込み、貞とおでんを食べ始めた朝吉。 すると案の定、勝らが入って来て、顔貸してえなと言って来る。 覚悟していた朝吉は、水を一杯飲んで、表出よか?と勝に話しかけるが、松島の元締から待ったがかかったんや。生身の身体、連れて来いちゅうことやと勝は言うではないか。 「生名楼」にやって来た朝吉と貞は、元締(二代目中村鴈治郎)とはじめて対面する。 長五郎を酷い目に遭わせたそうやな?あんたを動けんようにするのは簡単や。けど、殺すより、生きて使いたくなった。長五郎の縄張り、預かってもらえやろか?と元締めは意外なことを言い出す。 そのとき、全身包帯だらけの長五郎も近づいて来て、朝吉に、わいからも頼みますわと頭を下げて来る。 その背後に控えた長五郎一家の子分たちも、宜しゅうお頼みもうしますと言うし、元締から、イトはんの許しももろうとるのや。どや?聞いてくれるか?朝吉どんと言われると、朝吉は、お引き受けしますと答えるしかなかった。 その後、「くいだおれ」に戻って来た朝吉と貞を嬉しそうに出迎えたお照は、その後ろからぞろぞろ、長五郎一家の面々が付いて来たのを観て驚き、お絹に、怖い人に囲まれていたと知らせる。 心配して二階に上がって来たお絹に朝吉は、捕まったんやない、掴まされたんやと教え、勝ら子分たちには、わいのかかやとお絹を紹介する。 勝は、自己紹介すると、宜しゅうお願いしますと、子分らと共に、お絹に頭を下げる。 そこにお照がやって来て、この店、松島のもんになったんやと驚いたようにお絹に知らせに来る。 朝吉は、こいつら、となりの吉岡に泊めてやってくれとお絹に言いつける。 下に降りた貞の前にやって来たのは、あの河太郎だった。 河太郎は、かかのチェリーに客を取らせていたのだが、千日前の源八と言う奴にかかが監禁させとるんやと訴える。 さっそく、河太郎を連れ、その源八とやらの家にやって来た貞は、人のかか誘拐して、淫売させとんのやろ!と文句をつける。 すると、奇妙な構えをし始めた源八(財津一郎)は、わいは空手の源八と言うんや、少林寺拳法やで!と睨みつけ、持っていた割り箸を割ってみせると、河原の10枚は割れるんやと威嚇して来る。 しかし、貞は、わいは、2、30枚はいけますんやと言うなり、源八を捕まえ、殴りつける。 分かった、分かった!そんな不良少年みたいなことしたらいかん!と、急に弱気になった源八は、話し合うたらええやないか…となだめて来る。 貞は金をもらおうかと言い出すが、源八の女房お松は、金庫の前に足を拡げて座り込み、断固、金庫を死守しようとするが、あっさり貞に押しのけられ金とチェリー(伊佐山ひろ子)を奪われてしまう。 その後、近くのホテルにしけこんだ河太郎は、チェリーに抱きつこうとするが、チェリーは手を出して金を要求して来る。 河太郎は、何で亭主が自分の女房に金払わなあかんねんと抗議するが、あほらし、帰るで。ただで寝られて気分出るかいなとチェリーは言い放つ。 そこに源八がやって来て、新世界にはカポネと言う親分がいるんや。どこへ行こうが、チェリーはわいの女や!さっき取って行った100円出せ!と河太郎を脅し付けると、われの親分か兄貴に良う言うとけ。空手の源八にはカポネが付いてるてと言い残し、チェリーを再び連れて帰る。 河太郎は、とぼとぼと貞の元へ報告に来る。 翌朝、朝吉が、わいが行くと言い出すが、河太郎は、勝負になりまへんわ。向こうにはカポネと言う親分がいると絶望的な表情で教える。 大八車を押して、源八の家にやって来た朝吉と貞は、一緒に付いて来た子分たちに、源八の家の中の家財道具を外に運び出させる。 源八は驚きながらも、カポネに逆らうのか!と威嚇して来るが、朝吉は源八の髪の毛を掴んで、毛を引き抜き、一部ハゲにしてしまうと、その顔をストーブに押し付け、今度は息の根止めたるど!と脅すと、家の中で囲われていた女郎たちに、源八の女房お松の顔を好きなだけ殴らせてやる。 そして、金庫から金を取りだすと立退料やと言い、子分たちがすでに家財道具を積み込んだ大八車を源八とお松に引かせ、家から立ち退かせる。 金庫から取り出した金を、河田楼や女たちに分配していると、そこに松島の元締がやって来て、初仕事かいななどとからかって来る。 松島の郭にでも引き取るんかい?と女たちを見渡した元締は、松島どうや?と女たちに勧める。 すると、チェリーは、そらええわと言い出し、他の女たちも喜ぶ。 若いもん多いから金いるやろ?なんぼでも届けるでと、元締は朝吉に話して来るが、ごめんやすと言って朝吉は家を出て行く。 途中、貞に、みんないんで、先に帰ってくれと伝えた朝吉が向かった先は、新世界にある射的場だった。 朝吉が玩具の鉄砲で的を落としていると、カポネの組の物らしい連中が朝吉を取り囲む。 そして、いきなり背後から、射的の的を本物の銃で撃って来たのは、カポネ(アイ・ジョージ)だった。 カポネやと名乗った相手は、源八はわいの弟分やったんや。松島の元締め付いてるからて、大きな顔したらあかんで…と威嚇して来て、ま、ええわと言って立ち去る。 その後、カポネは、盆栽屋をからかっていた松島の元締の所に来ると、郭で遊ばせてもらおう思うて…と言う。 そらおおきに…と喜んだ元締だったが、足抜けさせたらあきまへんでと釘を刺す。 源八言うのんが、朝吉にどつかれましたんや。面目丸つぶれ過ぎや…と話したカポネに、その枝、出て待ってあかんなと元締めは、盆栽の枝振りの話にかこつけ答える。 垣根超えて、困っとるんやとカポネが調子を合わせると、それ、ばっさりと思い切って切ってしまえと元締めは盆栽屋に命じる。 その頃、お絹は、帰って来た朝吉に、昔は、琴糸はん助けたあんたが、今では郭の押さえになっていると皮肉を言っていた。 その直後、この頃、うち、おかしいわね…と反省するお絹。 お照ちゃん、ややこ出来たんやけど、うちには出来ひん…とお絹が言い出したので、そんなことあるかい、今夜作ったると言いながら抱きつく朝吉。 台所で、さだの観ている前で、熱心に五目寿司を作っていたお照の所へ来た朝吉は、あんまりお照をこき使うなよ。出来るもんも出来んようになるぞと意味ありげに貞に伝える。 貞が、意味が分からずきょとんとしていると、出来たんやないかと朝吉は、お照の方を観て教える。 ようやく事情を悟った貞は感激し、お照を背後から抱きしめるのだった。 その後、松島の元締の家に向かった朝吉は、饅頭を勧められるが。カポネが押し掛けてきますんや…と伝え、それとなく助勢を願い出るが、あんたも観かけによらんな。甲斐性なしやな…と元締は答える。 貸そうと言う金は断りはる。わいは振られたと言うことや。もう親でもなければ子でもない。おまはんの甲斐性で新世界取りなはれ。お手並み拝見しましょうと元締は冷たく言い放つ。 その夜、元吉岡の家に戻って来た朝吉の話を聞いたお絹は、うちはあんたの女房だす。2人で死にますと覚悟を誓い、お照の方も、うちは3人で死にますで…と、お腹の赤ん坊の死も覚悟していることを打ち明ける。 子分たちは、喧嘩の準備をしており、湯のみに注いだ酒を配っていた河太郎は、恐怖のあまり手が震えて、お盆を落としてしまう。 そのとき、玄関の戸を叩く音がしたので、全員緊張する。 子分たちはドスを抜き、朝吉は伝とうを消し、貞が玄関口に立って、外の様子をうかがう。 河太郎は、立ったまま小便を漏らしていた。 貞が頷き、戸を開けると、そこに立っていたのは電報の配達人だった。 それを受け取って中を読んだ貞は、それが、父から朝吉に当てた電報で、召集令状が来た。立派にお勤めせよ。やり遂げたら勘当許す…と言う内容であることを知る。 それを聞いていた子分たちは、一斉に、おめでとうございます!と朝吉に頭を下げる。 その後、子分たちが酒盛りを始めた中、別室で朝吉は、2人きりになったお絹に、お前は1人になっても生きて行けるか?と聞いていた。 お絹は気丈に、心配せんといて。いざとなったら、お照ちゃんと一緒におるよってと答える。 さらに、言い残しとかなあかんことあるんやと言い、貞を2階に呼び寄せた朝吉は、今日、松島の元締に助っ人断られたんや。ヤクザの世界、良う分かった。元締はん、わいのこと、気に入らんらしいのや。イトはんの息がかかっとるのでどうしようもない。カポネ使うてやるつもりや。わいが死んだらどないなる?親分なろ、思うたらあかん。縄張り取りに来たらやれ…とこんこんと言い聞かす。 堅気になれ、言いますのか?と貞が気色ばむと、因島の麻生はんやったら、相談乗ってくれるやろと朝吉は諭す。 貞!わいはお前を畳の上で死なしたいんや。ややも出来たやないか…と朝吉が説得しようとすると、戦争て何だす?国と国との縄張り争いやないんか?わいにも言わせてくれ。死んだらあかん!どんなことしても待ってます!生きて帰っとくんなはれや!と貞は朝吉に声をかける。 射的場にやって来た源八から、朝吉が出征すると聞いたカポネは、国が持って行くんやったら手ぇ出せへんやないか。手前で始末せいと言いつけていた。 朝吉の縄張りは…とカポネが言うと、自分の物になると早合点した源八は、おおきにと笑顔で礼を言うが、カポネの顔を観ると真顔になる。 お照、貞、子分らと共に、出征する朝吉を駅に見送りに来たお絹は、言っておいでやすと声をかける。 駅に溢れんばかりに集まった見送り客の背後に、源八も立っていた。 いよいよ機関車が出発しだすと、1人の男が貞の背後に近づき、右手に持っていたふろしき包みを外す。 その下にはドスが握られており、次の瞬間、貞の背中を突き刺すと、素早く逃げて行く。 血が噴き出した貞の背中に気づいたお照は、あんた!と声をかけるが、分かっとる、兄貴見えんようになるまで見送らんかと叱る。 列車が遠のき、兄貴、行ったか?と確認した貞は、その場に崩れ落ちるように倒れる。 あんた!と抱きつくお照の側に、何事かとお絹も近づいて来る。 あんた!泣き叫ぶお照に、あかん…と一言答えた貞は、息絶える。 列車のデッキに佇む朝吉の耳には、貞の言葉が蘇っていた。 兄貴!わいを畳の上で死なせたいんやったら、死んだらあかん!生きて帰って来ておくんはれ!戦争て何ですねん?国と国との縄張り争い違いますのんか? |
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