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座頭市地獄旅

勝新太郎主演でお馴染みの「座頭市」シリーズ第12作。

タイトルバックから、懐かしい雰囲気が漂ってくるのは、音楽を当時の東宝特撮作品などでお馴染みの伊福部昭が担当しているため。

市の腕を見抜き、道中仲良くなる、将棋好きの浪人を成田三樹夫が演じている。

良い設定は何度も繰り返されると見え、市が壺の外にわざとサイコロを外してインチキ博打をやるアイデアはもちろんのこと、最初の平手御酒にも似た市と仲良くなる浪人と言う設定も時々登場する。

特に、最期の敵となる浪人が面白く描かれている作品は、その作品自体も良くできているような気がする。

この後、勝新自身が監督した「座頭市」(1989)でも、緒形拳が同じように人懐っこい浪人役を演じている。

とにかく、全編、脚本が巧みで、見せ場の連続になっている。

ある時はユーモラスに、ある時はサスペンスフルに、そしてある時はホロリ…とさせるように、その緩急の付け方が見事というしかない。

芦の生い茂る湿地帯での戦いの後、ようやく手に入れた高価な薬の箱を落としてしまい、必死に探しまわる市の焦燥感とサスペンス、それまで亭主の仇として追って来た市に情が移り、気持ちを告白しようとするお種と市との男と女の緊迫の場面、目隠し将棋の緊迫感と、剣の名人同士が互いに相手を追いつめて行く心理戦とを重ねた演出など感心するようなシーンの連続。

特に、市が渡海船ではじめて出会った十文字と将棋を始めるシーンから、互いの素性を探りあっている様が描かれている。

これは、その後、仲良く旅しているように見える間も続いており、温泉場の浴場で子供が拾って来た浮子を手にした市が、その瞬間から十文字を犯人ではないかと疑い始め、部屋に戻って来た市の様子の変化から、十文字の方も市に気づかれたかも知れないと直感し、市が部屋を出た瞬間、互いに剣に手を掛け合って相手の殺気を探りあう瞬間から、ずっとラストの目隠し将棋で、互いの心理戦勝負も最高潮になる。

病弱なである佐川友之進と粂に仇討ち姿にさせ、自分たちの後を追わせたのはもちろん市であり、市は、箱根を発った時から十文字との決着の時が迫っていることを覚悟していたのである。

前半を面白くしているのは、藤岡琢也と須賀不二男コンビで、市にかかって行くたびに、どんどんやられる傷が増えて行くと言う重ねる面白さが生きている。

後半を面白くしているのは、何と言っても子役時代の藤山直美であろう。

この子が巧いので、観客はすぐに市と同じようにこの子に感情移入し、彼女の病気の心配や後半のサスペンスに手を握ることになる。

山本學の佐川友之進と林千鶴の粂の兄妹は、顔は分からないが、仇の相手が無類の将棋好きと言う重要な証拠を提示する証人として登場しているのだが、渡海船で偽名を使った十文字に、偽名を使う理由は仇討ちですか?と聞き、粂が男装していることで、こちらも仇討ち絡みと気づいた市が、両者を結びつける名探偵のような役割を担っている。

この辺の謎解き趣味も話をサスペンスフルに盛り上げる要素になっている。

戸浦六宏演じる栄太も、足が不自由と言うキャラクターもユニークなら、市に仕掛けない限りやられないと言う市の弱点を指摘する重要な存在にもなっており、その両方の要素がラストの立ち回りのポイントになってくる。

とにかく、あらゆる部分に神経が行き届いている感じで、無駄が感じられない。

海を航海したり、道中の途中の描写などは、地図を使って説明しているだけなのだが、渡海船などはしっかり実物大セットが作られていることもあり、手を抜いている感じはない。

この作品単独で観た時も面白かったが、シリーズを順番に観て来ると、やはり、この作品はシリーズ中でも屈指の名作であることが改めて分かった。

▼▼▼▼▼ストーリーをラストまで詳細に書いていますので、ご注意ください!▼▼▼▼▼

1965年、大映京都、伊藤大輔脚本、三隅研次監督作品。

祭りの太鼓の音が聞こえて来る夜の路地裏

傘を背中にしょった座頭市(勝新太郎)が、そこにやって来ると、ヤクザに取り囲まれる。

タイトル

そのヤクザの中には、足が悪いのか松葉杖をついた男が1人混じっていた。

もう1本の杖代わりに槍を持っている。

市は、ヤクザたちの顔を斬りつけ、敵わないと察したので全員引き上げて行く。

ある晴れた日

市は、館山から出発間際の渡海船に乗り込もうとして、歩み板の途中で、船頭に三浦崎まで船賃はいくらです?と聞くと、船頭は面倒くさそうに、その高札番に書いてある通りだと言うと、身体の満足じゃないものや子供衆には半額とか割引とかの御慈悲はないんですか?一人前の大の男に何の差別があろうぞよと船頭が言う。

身体障害者に特別待遇しないなんて、なんて因業な規則なんでしょうねと市が愚痴ると、それが御時世だ、早く乗ってくれ、後がつかえていると船頭はせかす。

カ○ワを大事にしないと罰が当たって、時化にあって船が沈むぞよ!などと市が文句を言っていると、足下のバランスを失って、危うく板に両手をかけただけの宙づり状態になる。

それを引き上げてくれたのは1人の浪人者だった。

市が無事乗り込むと、船は出港するが、それに一足違いで乗り損なったのは、以前、一襲撃に失敗したヤクザたちだった。

ここから三浦崎への渡海船が出るのは1と5の日だと知っているヤクザたちは、4日待つか、岡を廻るかだなと思案していると、松葉杖をついた栄太(戸浦六宏)が亥之(高見国一)に、お前確かにおたねを観たんだな?と確認する。

しかし亥之は、確かに見届けたって訳じゃねえ。四倉の岩殿手すりに見覚えのあるおたねの笠を見かけ、館山から三浦に渡ったって言っていたと宿で聞いただけだと答えると、どこまで追うかだなと又ヤクザたちは思案する。

もう1人、駕篭で乗り付けながら、船に間に合わなかった娘がいた。

佐川粂(林千鶴)だった。

次の船が出るのは4日後だった。

箱根だったら、江戸を廻って東海道を行かれた方が、多少日数はかかってもまちがいねえんじゃ?と加護かきの1人が勧め、もう1人も、ここで時化食らって天気待ちってことになるとと、5日が10日ってこともなりかねないし…と言う。

渡海船の中では博打が行われていたが、それに気づいた市が、自分に胴をさせてくれませんか?と声をかける。

胴元を勤めていた寸八 (藤岡琢也)と桃栗(須賀不二男)は、面白がって市にやらせてみることにする。

すると、壺代わりの竹筒を振った市は、賽子の1つを壺の外に出してしまう。

それを面白がった客たちは、次々に丁半を賭け、最初は36の半で市が勝つ。

2度目に筒を振ると、2つともサイコロが筒の外に出ており、5と1が見えてしまっていたので、全員丁に賭け、市は負けてしまう。

それに気づいた女の子が、母親らしき女に指差して賭場の方を観るが、母親はその子に観るなと注意する。

もうそれで終わりにするか?と桃栗から言われた市は、まだ持ってますよと懐から、小判の包みを取り出す。

客の女が25両!と驚き、他の参加者たちはますます面白がる。

市が3度目に筒を振ると、又、2つのサイコロが外に飛び出しており、4と6の目が見えてしまっていた。

又もや、客たちは、全員有り金を全部出して丁に賭ける。

市は、竹筒を持ち上げようとした時、外に出ていた2つにサイコロに気づくと、そそっかしいサイコロめ、いつの間に袖から出やがった?等と言いながら、そのサイコロを自分の袖口にしまい込むと、改めて壺代わりの竹筒を開けると、中に入っていたサイコロは、1・2の半だった。

市が嬉しそうに、金をかき集めていると、何だかおかしいじゃねえか?今、袖に入れたサイコロは何なんだ?イカサマやりやがったな!こいつ詐話師だぜなどと桃栗が因縁をつけてくる。

しかし市は、それじゃあ皆さん、壺の外のサイコロに賭けたんですか?などと反論するが、良くもぬけぬけと抜かしやがった!などと桃栗と寸八が殴り掛かって来たので、2人の手をねじ上げて、姉さん、えらい所にお宝預かって頂いてと礼を言う。

姉さんと呼ばれた女がバツが悪そうに立ち上がると、そこには、市の儲けをこっそり自分の足の間に挟んで隠していた銭の束が残されていた。

甲板に出て来て、船縁でタバコを吸い始めた市だったが、後を追って来た寸八と桃栗が、後ろから押して、海に突き落とそうとすると、市は吸っていたキセルの煙草をぷっと噴き出して、桃栗の右目の中に放り込むと、慌てて目を押さえた相手を船縁から突き落とす。

そして、もう1人の寸八の鼻の穴にキセルを引っ掛け持ち上げながら、そんなに銭が欲しいのなら、見せ金だけでもくれてやるぜと言いながら、先ほど出してみせた25両包みを破ってみせる。

小判に見えたその中味は、小判型にくりぬいた木型に天保銭が1枚乗っているだけの代物だった。

市は、寸八も船縁から放り投げ、桃栗と寸八は、共に船縁に必死にしがみつく有様だった。

その様子を観ていたのか、近くで寝そべって1人将棋を打っていた浪人が市に声をかけて来る。

その声を聞いた市は、あなた様は、歩み板で落ちかけた時、助けて頂いたお武家様ですね?と声で思い出すと、将棋をおやりですか?私も無類の将棋好きでして…、お相手させて頂けないでしょうか?と言いながら近づいて行く。

浪人が市の名前を聞くと、市でございますと答えるが、座頭の位をもらえば、市は誰でも言うだろう?上の名だと浪人は再度聞くが、あっしは市が本名です。小せえ頃からずっと市と呼ばれていたので…と説明すると、ただの市って訳だと浪人は洒落て来る。

その時、何とか、寸八と桃栗が甲板に這い上がって来て船の中に逃げ込む。

浪人は、俺の名は十門…、十文字糺と言う、仮の名だと自己紹介する。

仮の名ってことは…、仇討ちとでも言うような事情がおありで…と話していた市だったが、1手打ち間違えたことに気づき、ちょっと待って下さいと頼むが、最初から待ったなしの約定だ。勝負あり!と十文字は言い切る。

三浦崎に着いた船から降りた市と十文字らは江ノ島に到着する。

十文字は毘沙門天の境内で、「笠叩き 十文、土器割り 十二、真剣 百文」と書いた紙を出し、自らの頭の上に皿などを乗せ、木刀で頭を叩かせる大道芸をやっていた。

もちろん、十文字は巧みに避けるのである。

市は、按摩の笛を吹きながら境内を歩いていたが、遠くから聞こえて来る子供の歌声を耳にして微笑んでいた。

その市の背後には、ヤクザがうろついていた。

歌っていた子供は、母親らしき女と共に渡海船に乗っていた客で、親子で三味線を弾き歌う芸人であった。

市は、地元の江島屋(遠藤辰雄)に呼ばれ肩を揉んでいたが、その江島屋が、船の中では一家の奴が、お前さんに大層可愛がってもらったそうだが…と言い出したので、あの時の博打の胴元をやっていた連中のことだと気づいた市だったが、次の瞬間、襖が開くと、待ち構えていた馬入一家の子分たちが市に一斉に襲いかかり、身体を畳みに押さえつけると、片目に包帯を巻いた桃栗は、市の右手の指に細い竹筒をはめると、指を折ろうとし始める。

市は、足下に置いてあったタバコ盆を足先に引っ掻け、それを思い切り天井に跳ね上げたので、天井に当たったタバコ盆は火鉢の中に落ちて茶瓶がひっくり返り、部屋の中は灰まみれになる。

その混乱に乗じて体勢を立て直した市は、江島屋の両目に指を突っ込み潰すと、桃栗を押さえ詰めると、その指に竹筒をはめ、指をへし折ったり、寸八の頭を壺で殴りつけたりと大暴れを始める。

障子を突き破って、道に放り出された子分の身体が、たまたま横を通り過ぎようとしていた母子連れの芸人の子供ミキ(藤山直子=藤山直美)にぶつかってしまい、下敷きになった子供が大泣きを始める。

外に出た市は、その母子に出会い、子供の泣き方が尋常ではないので、どうかなさったんで?と聞く。

三崎屋と言う旅籠で十文字と同じ部屋に泊まった市は、又、十文字持参の紙製の碁盤の上の将棋の相手をしていた。

市は、自分は無理な殺生は金輪際しないことにしていると話し、旦那は違うんですか?と聞くと、十文字は、俺は斬るためだけに斬る。殺すために、勝つために斬るんだ。例え、将棋でも、時と場合によっては…と答えるが、待てよ、これは公正な勝負ではないな…と言い出す。

自分は碁盤を観ながらやっているが、市は観えないで戦っているのだから、こっちも観ないでやろうと言うと、手ぬぐいで自ら目隠しをして寝っころがると、文字通り目隠し将棋をし始める。

そんな部屋の中の様子を、障子の穴から覗いていた者がいた。

次の瞬間、その障子が開き、桃栗と寸八が飛び込んで来るが、寸八は襖に頭を突っ込み駕篭を頭にかぶせられた姿、桃栗は顔に火箸を突き刺した姿で飛び出して来る。

目隠しを外した十文字は、市、御主、すごい早業だな。俺はてっきり、俺が狙われているのかと思ったが、お前が狙われていたようだなと市に話しかける。

市は、2人とも馬入一家の者ですかい?と確認するとタバコを吸い始める。

十文字は、勝負は引き分けだななどと言うので、市は、あっしの方が勝ったら斬られるんですかい?と嫌みを言う。

その時、廊下の方で、お医者様はどこですか?子供が熱で引きつけを起こして死にそうなんです!と叫ぶ女の声が聞こえて来る。

それは、先ほど、市が放り出したヤクザにぶつかり転んで大泣きしていた子供の母親らしき芸人の女お種(岩崎加根子)だった。

気の毒がった宿の主人(玉置一恵)は、医者は遠いが、今、家に祈祷師が来ており、元々は女医者だからと紹介してくれる。

その祈祷師が言うには、これは足の傷から毒が回った破傷風で、1にも薬、2にも薬と言うだけで、お種がその薬は?と聞いても言葉を濁らせるだけ。

騒ぎを知り駆けつけていた市が遠慮なく薬の値段も教えてくれと聞くと、小田原宿の透頂香と言う薬で5両はすると言うではないか。

そんなお金は持っていないとお種は絶望し、祈祷師は、狐憑きが始まった!と宿の者が知らせに来たので別室に向かう。

市は、薬は私が手に入れましょう。元はと言えば、あっしが起こしたもめ事…とお種に申し出る。

金は、岩元湯で素人博打をやっているそうだから…と市が言うと、馬入一家が仕返しにでも来たら…と案ずる。

すると、大丈夫、拙者がただの市の用心棒を勤めてやろうと声をかけて来たのは十文字だった。

市は、その賭場で、いつものように、自分が胴元になり、壺の外にサイコロを転がしてみせるインチキを始めるが、壺を開けてみると、中のサイコロも外のサイコロと全く同じ1と3の丁だったので、鐘を儲けるどころか、有り金全部失ってしまう。

帰り道、あっしも長いこといたずらやってますが、あんなことあるんですかね?と市がぼやくと、くよくよするな!明日又、元手を作ってまともに勝つのさ。明日から始まる藤沢の易行寺で、俺の十文叩きをやっているショバを貸すから、俺に代わって稼ぐんだと慰める。

すると市は、あっしが旦那に代わって叩かれるんで?と聞くと、あ、そうか!、十文字糺と言うお名前は、十文で叩かすって言うシャレですねと笑い、十文字は新手があるんだと言うと、穴明き銭を放って見せる。

市が持っていたキセルに銭の穴を突き刺せてみせたので、それだよ、その芸で元手を作るんだと教える。

翌日、市は、串に、客が放る穴明き銭を突き通してみせる芸で稼ぎ、それを元手に、博打でまとまった金を手にすることが出来た。

すぐさま、小田原宿の薬問屋に走り、「透頂香」と言う薬を手に入れ戻る途中、途中で待ち受けていた馬入一家のヤクザたちに出くわしてしまう。

市は、下駄を脱いで、湿原に降り立つと、芦の生えた中で次々と相手を斬って行く。

まだ生き残っていた寸八を始め、全員、斬りおえた市だったが、気がつくと、懐に入れていた「透頂香」がないことに気づく。

慌てて、周囲を手探りで探すが、薬箱は見つからない。

がっくり膝を落とした市だったが、諦めかけて立ち上がろうとした時、手に触れたものがあり、そっとそれに手を触れてみると「透頂香」の箱だったので、市は感激し箱にほおずりをする。

何とか三崎屋に戻って来た市は、薬をミキに飲ますと、寝ずに一夜を明かし、朝方、お種の三味線など弾いていた。

すると、おじちゃん!と呼びかけるミキの声に気づき、起きたの?熱は?と聞くと、ちっとも…と言う。

どうやら薬が効いて熱が下がったらしい。

喜んだ市は、箱根の湯治場に行こう。あそこに行くと、身体がずんずん良くなると言うから…と語りかかる。

そんな2人の会話を、水を汲んで来て部屋に戻って来たお種が、外で立ち止まって聞いている。

おじちゃん、おじちゃん、と何度も呼びかけるミキに、市は何だい?と聞くと、おじちゃん、ありがとう!と布団の中からミキが声をかけてくれたので、感極まった市は、廊下に出ると、外の柱に額をぶつけるが、そのまま立ち止まり、涙を流し始める。

それを廊下に立っていたお種は目撃するが、市がミキのために泣いてくれていることが分かっているだけに、容易に声はかけられない。

お種は、市の心根を知り、感激して、その場にしゃがみ込んでしまう。

その後、「元湯屋」と言う箱根の湯治場に移って来た市は、温泉場から上がって身体を拭こうと、手ぬぐい掛けの方に近づいていたが、その時、待って!動かないで!と声をかけて来たのもがいた。

あっしのことで?と市が聞くと、右足をそっと引いてとその声は教える。

その声をかけた病気風の侍、佐川友之進(山本學)のお供、仲間六平(丸井太郎)が、市の足下に落ちていたカミソリを拾って、危ない所だったと言いながら市に触れさせる。

六平は友之進に言われるまま、裸の市の手を引いて入浴場から湯治場への階段を連れて行こうとするが、市は遠慮して、大丈夫ですよなどと言いながら歩き始めた途端、足下が滑り転びそうになる。

結局、六平に甘えて、湯治場まで連れて行ってもらうことにした市は、良い旦那様ですねと先ほど声をかけてくれた侍のことを言い、部屋に戻って来ると、ミキ坊、もう湯に入らせましたか?とお種に聞く。

ミキはもうぐっすり寝入っていた。

どうして道中へ?何か念願でもあって?と市が聞くと、この子の父親は私と近しい縁続きで、筑波で神官していたんですが、博打などに手を出すようになり、ぐれた末に、らちもない縄張り争いの出入りで斬られてしまいまして…とお種は説明する。

名前を聞くと、筑波正十郎と言うらしかったが、市は覚えがない。

自分は筑波山の門前町で薬屋に咆哮していたのだが、里子に出してあったこの子を引き取っ、遊芸など教えて…とお種は話していたが、宿の玄関口で人を呼ぶ声が何度も聞こえるので、お種が出てみると、若侍が立っており、向うの鎌作と言う店で聞いて来たが、こちらに、佐川友之進とお供の六平と言う者が入湯に来ているはずなのだが、お取り次ぎ願えないかと言う。

お種は、今、帳場の人がいなくて…と困惑していたが、外では雨が降り出しており、釣りから帰って来た十文字が近所の軒下で雨宿りをしていた。

そこに、入浴場から上がって来た佐川友之進と六平が、その若侍を見つけ、六平はそのお姿は!?と驚く。

兄上、ご病気は?と聞く若侍に、六平が、路用はなくなったのに養生は長引き、やむなく飛脚を立てましたと詫びる。

若侍は、それで相手は?と聞き、友之進がちっともと答えると、手掛かりは?と聞き、一緒に鎌作へ戻ろうと出かけるが、それを階段で聞くともなく聞いていたお種が、通りかかった隠居(南正夫)に、傘かなにか?と聞くが、相手は耳が遠いらしく通じない。

羽織を頭に友之進らが外へ出ようとした時、お種が傘を貸してやる。

友之進、六平、若侍が鎌作へ帰って行くのを途中で見かけた十文字は、3人が宿に入るのを見届けると、思わず指をぱちんと鳴らす。

翌朝、六平は、昨日借り高さを返しに、お種を訪ねて来ると、雪になる前に箱根を越えて暖かい方へ行きたいなどと無駄話をしていたが、そこに市が近づくと、旦那樣が鍼を頼みたいと言われて来たんだと思い出す。

市は承知すると言い、部屋に戻る途中、そろそろ発ちなさるって?もう少し延ばしてもらえないかね?路用を3両か5両、まとまって渡しとかないと…とお種に話しかけると、あんたが手を賭けてあの子に怪我させた訳じゃないのに…とお種は複雑な表情になる。

俺はあの子が好きなんだ、大好きなんだと言いながら部屋に戻って来る。

あの子だけ?…とお種は意味深な問いかけをする。

そのとき、ミキが、又、降って来たわよと言いながら外から戻って来る。

その頃、近くの毘沙門天の神社では、六平が雨の中、お百度を踏んでいる所だった。

その様子を観ていた十文字は、持っていた釣り糸を投げる。

鎌作にやって来て、佐川友之進に鍼を打ちかけていた市は、雨戸を開けていた若侍に、静かにして下さい、お嬢さん、うるさいと手元が狂いますからと注意していた。

それを聞いた若侍は驚き、鍼を打ってもらっていた友之進の方も驚いたように、お前は目が見えるのか?と尋ねる。

いえ、メ○ラですと市が答えると、メ○ラには男が女に見えるのかと聞く。

メクラの心眼ですよと市が答えると、心眼では粂は女か…と友之進は愉快がる。

すると市は、そう言う筋書きですか…、お嬢さんが男になっていると言うことは…仇討ち!と推理する。

そこへ、宿の主人が顔を出し、お調べだそうですと言いに来る。

玄関口に来ていた目明し(伊達三郎)が言うには、お百度参りのこちらの御家来がやられたらしい

驚いて神社へ行った粂は、死体を確認すると、六平!と驚く。

目明しは、刀傷はどこにもない。咽に糸か何かを巻いたような後があるが、それが何なのか、皆目見当もつかないと話していたが、それを一緒に付いて来た市はしっかり聞いていた。

湯治場の風呂に戻って入浴していた市は、一緒に入っていた子供らがふざけて水をかけて来るので、おどけて叱りつけるが、そのとき、湯の中に浮かんでいた赤い浮子が手に触れたので、これは何だい?と聞いてみる。

子供らは、浮子だよ、鶏の…、頭が白くて、身体は真っ赤っかと教えるので、どこで見つけたんだい?と聞くと、毘沙門天の小池で拾って来たのだと言う。

市は、部屋の外に立てかけてあった十文字の釣り竿の糸を触り、浮子が付いていないことを確認する。

お種はミキに三味線を教えていたが、雨が降り込んで来たので、窓の外に笠を置いて固定する。

部屋に入ってきた市は、浮子を隠すが、部屋の中で寝そべっていた十文字は、何かあったのか?と聞き、目を使わず将棋をしているうちに、俺も背中の目で見えるようになって来た。今、何を隠した?と聞いて来たので、市は見当違いですよと笑いながら、按摩の仕事に出かけると言って部屋を出る。

廊下に出た市は息を止め、仕込み杖に手をかける。

部屋の中では、十文字が刀の握りに手をかけようかと間合いを計っていた。

しばし障子を挟んだ両者の殺気が火花を散らしあうが、市はそのまま釜作の友之進の部屋に忘れ物を取りに来たと言って戻って来る。

粂がいなかったので、お嬢さんは?と聞くと、六平の件で御番所に出頭していると言う。

忘れ物と言うのは言い訳で、友之進に見えないように、懐から取り出した鍼の蓋がありましたなどと言ってごまかすと、六平さんと言う御家来は、何であんな最期を…?と聞く。

六平だけが仇の顔を知っていたのだと友之進は打ち明ける。

私も粂も知らないのだ。だから、六平はそいつに殺されたんだと言う。

市は、そいつはまだ湯治場にいるんですね?あなたたちがいる限り、返り討ちするのでは?と心配するが、顔を知らない我らを斬っても無益の殺生ではないか友之進は答える。

ことの起こりは?と市がさらに聞くと、将棋だと友之進は言う。

ことの起こりは将棋なんだ。

父(藤川準)がかつて六平を連れて旅をした途中、父は将棋好きの浪人と会って賭け将棋をしたらしい。そして、何らかの諍いの末、父が相手に斬られたと言う。

だから、その時の相手を知っているのは六平だけなんだ。

もはや、相手の手掛かりは一切失われ、仇が討てない限り国にも帰れず、家は断絶、兄妹は他国の旅空に放り出されたと友之進は悔しがる。

本当に何も手掛かりがないので?と市が食い下がると、無類の早指しと言うことくらいしか…と友之進は言うが、いいえ、と戻って来た粂が言葉を添えると、六平が申していた相手の差し癖は、詰めて、詰めて、この一手が勝負!と言う得意なとき、手で鼻の辺りをこうこすり…と粂が説明し、指をぱちんと鳴らすと、横で市が全く同じように指を鳴らしたので、粂は驚いて市を観る。

宿に帰る途中、又雨に降られた市は、出迎えたお種に、もう箱根を越そうよと話しかけ、お種は、2本ばかり取り寄せておいたからと市を部屋に招く。

お種に注いでもらった酒を飲み始めた市に、明後日辺り出かけようかな?沼津辺りじゃなくて、もっと遠くまで行きませんか?と急にお種は迫って来る。

市は、俺って男は泥なんだよ。俺は泥で良いんだけど、お前さんをその泥で汚したくないんだ。俺はお前さんを…と言いかけて沢庵を加えたので、お種は身を乗り出して、え?と聞く。

しかし、市が続けようとしないので、あんた、これまで女を可愛がったことはあるの?とお種が聞くと、あるよ、今もあるよと市が答えたので、どんな人?とお種は聞く。

どんなって…、メクラにゃ見えないけどね、耳が2つあって、目が2つ、鼻筋通って、この辺に可愛らしいほくろが…と市が言うと、その手を取って、ほらここに!と言いながら自分の顔を触らせるお種。

市は、その女は名前をお種さんと言って、もうとっくに死んだ。名前は同じお種さんでもお前さんとは違う。その人は今でもまぶたの中だけに残っているんだと言うので、憎らしいお種さんだね。いつまでも残っていなよとお種は不機嫌になる。

自分も盃の酒を口にしたお種は、私だっていつまでも忘れさしゃしないよ。いつまでもは無理かな?10日か半月分…、死んだお種さんともう1人のお種さんの身体のうずいている間だけでもね…と言いながら泣き伏してしまう。

その頃、お種を追っていた栄太たちは、宿場宿場をしらみつぶしに探して来て、それで見つからねえとなると、お種の奴、途中で脇道を外れたか?お種が狙っている市を見失ったか?それとも俺たちがお種の笠を見落としたか?と思案していた。

取りあえず、箱根まで行って、それで見つからなければ、下総に帰ることにしようと結論づけた栄太は、翌日、仲間たちの後から、松葉杖をつきながら付いて行っていたが、そのとき、お種が窓の外にかけていた笠を発見する。

それは、雨を塞ぐためにたまたまお種が立てていたものだったが、栄太たちが訪ねて来たので、言い訳に困ったお種は、同行している按摩は、ただの市と言う別人だ。自分の亭主を斬った相手を見間違えるはずがないじゃないかと言い張る。

俺たちが観れば分かることだ。あいつの首には賞金もかかっているんだと栄太が言うので、十文字と一緒に浴場にいた市の所に来たお種は、毘沙門様でおみくじを引いたら、旅には今日を外すと、後3、4日は悪い日ばかりが続くそうだよと声をかけて来る。

市は、じゃあ今日発とうと言い出すと、旦那は?と声をかけると、十文字も俺も行くよ。善は急げ、悪も急げ…と洒落て答える。

部屋で旅支度を始めた市に、ミキは私の子なんです、今まで嘘をついていたんです。私は、あんたの手にかかって死んだ筑波の正太夫の女房だったんですと詫びると、それでもあんたの女になりたかった…と告白する。

それを聞いた市は、ありがとう…と感謝する。

窓の外に出していた笠を取り込むと、お種はミキと一緒に旅立ち、その後ろには、市の仕込みの鞘の方を握って引いてやりながら、目隠し将棋をする十文字が続く。

さらに、栄太たちヤクザが別の道から市に近づいており、2つの駕篭に乗った佐川友之進と粂の兄妹も市たちを追っていた。

市と十文字の目隠し将棋は続いており、市が「6、9の角」と言うと、十文字は、待ったは御法度だよ?これで詰むかい?積むかい?と苦笑しながら問いかけ、ただの市、どうやらご臨終らしいな…、6、4歩、王手!と言いいながら、いつものように鼻に手を当て指を鳴らした瞬間、勝った!と叫んだ市はそれまで握っていた左手を開いて十文字に見せる。

その手のひらには、赤い十文字の浮子が乗っていた。

それを観た十文字が抜いた刀は、一瞬遅れ、市の居合いに斬られて道ばたに倒れる。

そこに、駕篭から降りて駆けつけた仇討ち装束の友之進と粂が近づく。

市は、子供に見せるんじゃない!と叫び、お種はミキの目を遮ると、兄妹は十文字にとどめを刺し、見事本懐を遂げる。

市がお種たちを追うと言い争う声が聞こえ、栄太たちがミキを人質にしたことに気づく。

手を踏まれ逃げないようにされたミキは、痛いよ〜!おばちゃん!と叫び、

栄太は、仕掛けるな!仕掛けたらあいつの居合いにやられるぞ!と仲間たちに教える。

ヤクザたちに囲まれた市は、なすすべもなく仕込み杖を前に放り出すと、その前にしゃがみ込む。

ヤクザたちが輪を狭め、その仕込みの鞘を拾おうとした時、剣を抜いた市は全員斬り殺す。

栄太も、槍で突きかかって来るが、市に避けられ倒れる。

市がすぐ近くにいることに気づいた栄太は、松葉杖で市の足を引っかけ転ばすが、その瞬間、市は栄太を斬る。

ヤクザたちは全員死に、お種は仕込みの鞘を拾って市に渡す。

起き上がったミキは、石が挟まって転がっていた市の下駄の片方を拾い上げると、その石を叩いて外し、おじちゃんと言いながら市に履かせてやる。

ありがとう…と言いながら、市はミキの顎を撫でてやる。

その場を立ち去る市に、屈んで頭を下げる佐川友之進と粂の2人。

お種は、市さ〜ん!と呼び掛け、ミキはおじちゃ〜ん!と叫ぶ。

その声を背中に聞きながら、市は富士に向かって1人歩いて行くのだった。