「人生劇場」などで知られる尾崎士郎の原作の映画化作品。
毎日、昼は創作活動を営み、夜は集まって飲み明かす、そんな文化人と文化人の卵が集まる村(と言っても、今の東京都内らしい)を舞台にした、ある種の人間風刺作品である。
千田是也が、つい大ボラを吹いてからかった、かつて別れた水商売上がりらしき女が、その大ボラを信じ込んで自宅に押し掛けてきたので、とうとう村を出て行くはめになる似非文士の主人公に扮している。
その似非文士の虚言癖を何年も真に受けている流行作家に三島雅夫が扮している。
千田是也は、髪が黒い以外は風貌にさほど変化がないので、観てすぐに分かる。
三島雅夫も声と風貌ですぐに分かるし、殿山泰司は黒髪がまだふさふさある(前頭部辺りは、かなり危なくなってきているが)意外性はあるものの、やはり風貌と声で分かる。
他にも、その殿山の妻役を演じている沢村貞子や、三島の妻役を演じている原泉子などは、風貌にあまり変化がないのですぐに判別できるのだが、信欣三、松本克平、小沢栄、薄田研二などは、あまりに雰囲気が変わっているので、ちょっと観、判別が出来ない。
劇中で名前を呼ばれていた黒住長彦が小沢栄で、メガネをかけた平飛高次郎を演じているのが、どうやら、戦後の時代劇で痩せた老人役を良く演じていた薄田研二らしい。
信欣三と松本克平は、洋画家と、おかっぱ頭のその友人ではないかと思われるが確信がない。
その他、登場人物名なども、ネットで発見した資料と、自分が耳で聞いた音が違うものが多く、一応、耳で聞いた音の方を優先することにした。
千田是也が演じている、人を食ったような生来の嘘つき横川役は、観ているうちに、何となく、伊藤雄之助が演じているような錯覚を覚える。
千田是也と伊藤雄之助が似ているのではなく、この横川と言うアクの強いキャラクターが、どことなく伊藤雄之助が良く演ずるキャラクターにダブるのだと思う。
全体の筋書きは大体飲み込めるのだが、セリフが聞きづらかったり、役者たちの判別が付きにくいなど、古い映画特有の弱点もあるので、ちょっと理解しがたい部分もある。
一番分からないのは、最後に登場した横川の女房と赤ん坊が誰かということ。
最初に登場した葉子と、最後の女房が同一人物かどうかがはっきり分からない。
時間の経過から考えて、最後に寝ていた赤ん坊が最初に登場した3歳児くらいの息子と同一人物とは考えられないので、おそらく、横川は葉子と離婚の後、別の女と再婚し、新たな息子をもうけたということなのだろう。
他にも分からない部分はあり、牛追村の文化人の卵たちは、日頃は何で食っているのか?ということ。
三島が演じている文士は、一応、雑誌に連載を持っているようで、原稿料収入があるのは分かるが、洋画家や他の連中は、何をやって金を稼いでいるのか分からない。
洋画家などは、貸家の家賃をずっと払わず友人と二人でただ同然で住んでいることは分かるが、握り飯を作って食べている所からすると、二人分の食事代くらいは稼いでいることになる。
絵が時々売れるということか?
他の文士の卵のような連中も、最低限の原稿料のようなものはもらっているという設定なのだろう。
そうしないと、しょっちゅう仲間たちと連れ立って飲み歩くなどということは出来ないはずだからだ。
殿山泰司が演じている吹谷などは、結構良い暮らしをしているので、そこそこ流行作家の一人なのかもしれない。
つまり、この牛追村と言うのは、地方にあるのではなく、東京にある作家村なのだ。
座談会に出席した横川が、東京府平民と名乗っているし、ホテルは震災後作られたなどと言っているので、関東大震災のことだろう。
そして、一番分からないのが、主人公横川大作のことで、一体何をやって食っているのかが分からない。
どうやら、日本全国を渡り歩き、あちこちでほらを吹いては金を巻き上げる詐欺師をやっているらしい。
最後の月見宴会は、その詐欺師仲間と共謀して、かつての仲間たちを、自分の見栄の為に、善意の詐欺に引っ掛けたということらしいが、その資金源も、詐欺で手に入れた金だったということなのだろう。
全体としては、生来の虚言癖で作家志望だった男が、立派な詐欺師に成長して故郷に錦を飾る芝居をすると言う話なのだ。
その相手になったかつての仲間たちも、全員、浮世離れした文化人連中なので、誰も被害意識もなく、のんきな話になっている。
ただ、横川に捨てられた女房子供はどうなったのだろう?などと、よく考えると悲しい裏話は多数ありそうなのだが、その辺にはあえて触れていないところが、生活感に乏しい男の作家の感覚らしい。
月夜の酔っぱらいに始まり、月夜の酔っぱらいで終わるという趣向が、物語全体の浮世離れした雰囲気を象徴しているのかもしれない。
▼▼▼▼▼ストーリーをラストまで詳細に書いていますので、ご注意ください!▼▼▼▼▼ |
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1939年、南旺映画、尾崎士郎原作、八田尚之脚本、千葉泰樹監督作品。 冒頭、東宝提供、南旺映画製作、「第一回作品」(右から左へ読む旧横書き)と出る。 牛追村のある月のきれいな晩、夜道を酔った5人の男が並んでふらふら歩いている。 彼らは皆、画家や小説家の卵たちで、毎日、夢を食って生きているような連中だった。 俺は月に酔ったとか、俺は泳ぐぞ〜!などとめいめい好き勝手なことを言っていたが、やがて、村長をおびき出そうという意見が出る。 村長とは、小説家の柿村保吉(三島雅夫)のことだった。 今も、連載小説を書いている最中だったが、何か勝負ものを書いている所らしく、自らジェスチャーを交え、熱心に書いていたので、茶を入れてきた妻美穂(原泉子)が、ずいぶん長い勝負ですねと皮肉にも聞こえる言葉をかける。 娘のお照(永井百合子)に、英語を読んでと頼まれた柿村が、読んでやっている時、玄関先から、「化物屋敷の狸村長!」と村長を侮蔑する声が聞こえてきたので、美穂は又来ましたよと迷惑顔をする。 いつも、金や酒をせびられているので、困りきっていたのだ。 しかし、柿村は、その侮蔑の声に我慢が出来なかったらしく、玄関に出て行く。 外で罵倒していた5人は、その内出てくるぞなどと笑いながら、道を歩き始めるが、その言葉通り、柿村は家を出て来ると、いつものメンバーがそろっていることを確認し、自分も一緒に歩き出す。 要は、息抜きをしたかっただけだったのだ。 横川大助がいなかったので、彼の家に呼びに行くことにする。 布団の上で横になり、本を呼んでいた横川大助(千田是也)は、仲間たちの声が聞こえてくると、にやりと笑い、来やがったとうそぶくと、立ち上がり、外出の支度を始める。 横川には、3歳児くらいの息子と妻葉子(赤木蘭子)がいた。 仲間たちと合流した横川は、村で唯一の料亭「かすみ軒」に行き、そこでじっくり飲み始める。 その内、黒住長彦(小沢栄)がもう一人と議論を始め、取っ組み合いにまでなったので、呆れた仲間が電気を消し、月でも観ろやと落ち着かせる。 その夜は全員、存分に酔い、帰りは、浮谷善兵衛(殿山泰司)が動けなくなった二人を荷車に乗せ、みんなと一緒に帰る。 ある日、柿村と黒住が柿の木に登り、柿をもいでいたが、採った柿の良いものは、途中の黒住が全部木の上で食べてしまうので、下で、平飛高次郎(薄田研二)と共に柿を受け取っていたお照は不機嫌になる。 その時、木の上の方にいた柿村は、道をこちらに近づいてくる洋画家とその友人を見つける。 そんな二人に後ろから近づいてきた人力車の引き手が、二人に声をかける。 客から頼まれたらしい。 乗っていた客の女は、この近くに横川大作先生のお屋敷がないかと聞いてきたので、お屋敷?と不思議がった二人だが、そこは友達のよしみで気を利かせ、洋画家は、先生のお屋敷は普請中で、今は仮住まい中らしいですよと言い、場所を教えてやる。 柿村の家に着いた二人から、東京から来たらしいと言うその女の話を聞いた柿村は、これは一騒動起きるぞ…とつぶやくのだった。 横川が自宅で琵琶をかき鳴らしていると、そこに、例の東京の女がやって来て、応対した葉子に名刺を差し出し、横川先生はご在宅かと聞く。 そこには香島満子(志賀暁子)と書かれてあった。 名刺を受け取った横川は、騒がず、丁重にお通しするようにと葉子に指示する。 赤ん坊を背負い、ねんねこを着た葉子は、私はこんな格好で大丈夫かしら?と心配するが、横川は構わんと答える。 葉子と対面した横川は、お屋敷の方は御普請中ですって?と聞かれ、一瞬戸惑うが、すぐに話を合わせる。 その後、隣の部屋でお茶を入れかけていた葉子に、浮谷の所へ行って、貸してある金を、今あるだけ返してもらって来てくれと頼む。 部屋に戻って来た横川は、実は自分は今から外出の予定があるので…、泊まりがけになるやも知れないと牽制するが、満子は、私は今では自由の身になれたので、何日でもお待ちしますと平然と答える。 横川はそれでも動じず、突然、自分は23歳の秋、失恋したと話し出す。 その後、自分は安南(ベトナム)の独立運動に身を投じ、今も、王党の一員として戦っているのだと、部屋に張られていた世界地図で場所を指し示しながら説明する。 自分は、その時以来、独身主義を貫き通しているのですと言うが、それを聞いていた満子は、その男らしさが心憎いのですと感心するばかり。 その頃、浮谷の家を訪れ、応対に出てきた妻の草植滋子(沢村貞子)に事情を話した葉子だったが、はじめて金を借りていることを知った滋子は、ソファで居眠りをしていた夫の浮谷善兵衛(殿山泰司)を起こすと、一体、横川からいくら借りたのか?と聞き出す。 浮谷は、酒を馳走になったことはあったが、金を借りたことなどないと返事するが、滋子が信じようとせず、いくら借りたの?5円?10円?としつこく追求するので、仕方なく、5円にしとくと答える。 一方、横川は泣いている満子の前で、一万円の小切手のようなものを書き、この一万円で、自由になったあなたの今後を開拓して下さいなどと話していた。 その様子を、金を持って帰って来た妻の葉子がのぞいていた。 「かすみ軒」に柿村たちに会った浮谷は、横川からまんまと、借りた覚えもない金を5円も取られた話をしていた。 柿村たちは、その話を聞いて、横川らしいと笑っていた。 浮谷の妻滋子も、自分には10円の金すらないのに、亭主の横川は見知らぬ女に1万円も貸すと言ってたと泣きついてきた葉子の話を聞いて、男なんてみんないい加減だと慰めていた。 「かすみ軒」では、集まった仲間たちとその妻らが、今回の横川の行為をいかに反省させるか、議論し合っていた。 その話の最中、部屋は停電となり、その隙に、葉子が部屋を飛び出して行ってしまったので、事を荒立てては大変と、柿村たちもその後を追って行く。 横川の自宅もまだ停電中だったが、柿村が中に呼びかけながら入ると、横川一人が部屋で寝そべっていた。 女はどうしたと聞くと、帰ったと言う。 洋画家は、友人と共にただ同然で借りていた家の前で、風景画を描いていたが、友人が握り飯が出来たと家から声をかけてくれたので、一緒に食べ始める。 そこに、作家の卵がやって来たので、一緒に食わんかと握り飯を勧めるが、珍しくいらんと言い、懐から何箱か取り出したタバコをみんなやると言い出したので、洋画家が不思議がると、作家の卵は、雑誌を取り出し、その目次のページに載った自分のペンネームを見せびらかす。 原稿が売れたので、急に金の回りが良くなったらしい。 そこに、「貸家」と書かれた立て札を引き抜いて、家主の爺さんがやってくる。 爺さんが言うには、あんたらには半年分の家賃をもらっただけで2年も住まれているが、今度、買い手が見つかったので出て行って欲しいと言い出す。 急にそんなことを切り出されて困惑した洋画家と友人だったが、作家の卵が、原稿料が入るようになったので家に来ても良いと言ってくれたので、二人は一安心するが、爺さんが声をかけて呼んだ今度の家の買い主というのが、あの東京の女と知った3人は、めいめい村に噂を流しにひた走ることになる。 洋画家たちの家に近づいてきた葉子が、男所帯で少し汚くなったがと恐縮する爺さんに、先生のお宅の近くなら良いんですよと答えたからだった。 洋画家たちの報告を聞いた横川は、諸君たちの忠告に従い、村を出ることにしようと決断する。 横川の家に来て忠告した柿村は、今夜7時「かすみ殿」で送別会をやろうと、みんなに伝える。 男たちはいつものように酒を飲み、滋子、美穂、妻連中も、女同士、酒を飲み、葉子を励ましていた。 横川は、君たちも不撓不屈の精神でやってくれと仲間たちを激励し、ボーイズ ビー アンビシャスと締めくくるのだった。 そして、横川と葉子夫婦は、仲間たちが押す荷車と共に、その夜のうちに村を後にする。 そして6年の歳月が過ぎる。 その間、牛追村は牛追町になっていた。 町には、ホテルも出来ていたが、そのホテルにある時、一人の男がふらりと立ち寄り、一晩1円60銭と言うスペシャルルームに泊まると受付の男に言う。 男は、横川大助だった。 このホテルはいつ出来たのかと聞く横川に、受付の男は、震災の翌年と答え、横川は4年前か…とつぶやく。 旦那様はどこから?と受付の男から聞かれた横川は、外国からだと答える。 横川は、スペシャルルームに入ると、鞄に入れてきたウィスキーを取り出すと、部屋に会ったグラスで飲み出すが、そこに、どこか聞き慣れた男の酔った歌声が聞こえてくる。 女性従業員が、他のお客様に迷惑だからと止めようとしていたが、酔った男は気にせず歌い続けている。 部屋の外に出た横川は、その男に声をかける。 歌っていたのは浮谷だった。 浮谷の方も横川の顔を見て驚き、いつ戻って来た?と聞く。 横川は、1週間前日本に帰って来たと言い、自分の部屋に案内する。 何故こんな所にいるのかと横川が聞くと、女房と別れて、今じゃこのホテルの周り住まいと言う。 お前の方はどうしてこんなホテルに?と浮谷が聞くと、今自分は世を忍ぶ借りの姿で、刺客に狙われているのだ。安南の男を匿っていることを知られてしまったらしい。上海へ護送してきたのだが…と、横川は冒険譚を語り出し、「かすみ軒」は今もあるのか?と聞くので、今じゃあそこも「バー ボンベイ」になったと浮谷は答え、一緒に出かけることにする。 「バー ボンベイ」のホステスは、常連の浮谷と、5人もパトロンを持ち、今じゃ牛追神社のクレオパトラと称されているマダムは不在だと話すので、興味を持った横川は紹介しろよとホステスに頼む。 そんな横川たちの近くのテーブルから、すっかり出来上がり、帰りかけていたのが村長こと柿村だったが、酔眼に横川の姿を発見すると喜び、どうして家に来ないのか?水臭いと嘆くが、まだ横川は、安南の独立運動を手伝っており、世を忍ぶ借りの姿なんだと説明すると、偉いぞ!まだやっとるのか!と大いに感激するのだった。 その後、柿村の自宅に移動し、横川は安南独立運動から長崎に帰って来るまでに海賊に遭遇したなどとの冒険譚を得々とするが、柿村はすっかり信じ込んでしまう。 その頃、「バー ボンベイ」に戻って来たマダムは、ホステスの晴美から、今日の上がりは40円、チップは16円、一人で10円もくれた客がいたなどと報告を聞く。 その気前の良い客は柿村や吹谷の知りあいみたいだったと言う話を注意深く聞いていたマダムは、それは横川に違いないと言い当てる。 そのマダムとは、あの香島満子だったからだ。 横川と知ったマダムは興奮したのか、晴美にカクテルを作らせるのだった。 翌朝、床に入っていた柿村は、妻の美穂に起こされる。 「娯楽王国」の編集者琴井(一木札二)が原稿を取りに来たというのだ。 起きた柿村は、琴井と会うと、面目なさそうに、実は夕べ、安南王国の独立運動の大立て者が帰国し、久々に痛飲したので、原稿を書けなかったのだと詫びる。 すると、その話を聞いた琴井は、その方の話は未発表ですねと念を押し、嬉しそうに帰って行く。 編集ビャに戻って来た琴井は、米山編集長(鶴丸睦彦)に事情を話し、国際冒険座談会の企画を提出する。 米山編集長はすぐに乗り気になり、ただちに横山を会社に招く。 横山も快諾し、米山編集長が差し出した講演料名目の薄謝を鷹揚に受け取って、座談会を承諾する。 座談会は、安南の事情に詳しい船田博士や吉切少将(生方賢一郎)、豊田伯爵(未鮫洲)も参加しての会となったが、東京府平民横川大作ですと名乗った横川は、なにぶん機密に属する部分があるので、その辺はお汲取り下さいと前置きする。 それを聞いていた米山編集長は、もちろんそう言う箇所は速記から削除いたしますので、ご遠慮なくと横川に話を促す。 参加者は次々と、横川に安南の事情を問いただす。 まず、いつ安南に行ったのか?と聞くと、横川は最初に行ったのは大正5年と答える。 その日、柿村の自宅には、かつての仲間たちが集合しており、柿村から聞いた、今日の座談会のことを噂し合っていた。 柿村は成功間違いなしと太鼓判を押すが、平飛などは、今頃、尻尾を出しているだろうなどと、てんで横山の話を信じていない様子だった。 吉切少将は、アンリ三世と会見した場所は?などと色々具体的な質問をするが、横川は巧みにはぐらかすので、その内、参加者たちは横川が詐欺師だと気づき、次々に退席し出す。 企画した琴井は呆然とするが、その時、座談会の様子を知りたがった柿村から電話が入ったので、琴井は、僕の進退問題になりそうですと、座談会の失敗を知らせる。 誰も参加者がいなくなった部屋で、横川は一人で滔々としゃべり続けていた。 米山編集長はあなたの話は機密ばかりじゃないですか!と怒り出し、速記していた二人に作業を止めさせる。 電話を切った柿村はがっかりして、仲間たちの待つ部屋に戻ってくるが、部屋に入ると、満面の笑顔で、座談会は成功し、横川は編集長から他に招待されたようだから、ここには来れんかもしれないと伝える。 ホテルに帰って来た横川は、無人の受付の前で薄謝の袋を開け、中に百円入っていたのを観て喜ぶ。 そこに女性従業員が近づいてきて、部屋に妙な男が待っていると知らせたので、それは片目の男ではないかと確認した横川は、刺客だ!と言い、そのまま部屋に戻らず逃げ出す。 「バー ボンベイ」にやって来た横川に、注文したウィスキーを運んで来たのは、マダムの香島満子だった。 横川にテーブルに座った満子は、いつかこんな日がきっと来ると思っていた。何べん、自殺しようと思ったか分からないわと吐露する。 横川は、思い切り強いカクテルを作ってくれないかと頼み、満子は私が作ると言いながら、奥へ向かう。 その頃、柿村と吹谷は、横川の泊まっているホテルにやってくるが、部屋に入ると、観たことのない片目の男がいたので驚く。 相手も、柿村たちをにらみ見つけ探りを入れてきたので、恐る恐る話を聞いてみると、相手は横川に騙されて数万円もの金を取られた男らしく、柿村たちもあいつの一味か?一緒に訴えてやる!とすごんでくる。 一歩、「バー ボンベイ」では、カクテルを持って席に戻って来た満子は、すでに横川の姿がなく、テーブルには、置き手紙と百円札が一枚置いてあるのを発見する。 置き手紙には、刺客が来たので自分は満蒙に行くと記してあった。 それを後から、柿村も読む。 横川は、外国へ向かう船に乗り込んでいたが、そこに一人の男が「又会いましたね?あなたの金山は?」と声をかけてくる。 横川は相手を観るとこう笑し、「あなたの金山は?」と同じことを問いかける。 どうやら二人は、同じ山師同士だったらしい。 それから3年目 柿村は、高級自動車でやって来た運転手から主人、横川先生の為に参りましたと手紙を渡される。 それはあの横川からのもので、今月下旬に帰国し、家を建てたので、中秋の名月を愛でる会に昔の牛追村の仲間たちをご招待したいというものだった。 喜んだ柿村は、かつての仲間たちを呼び集め、手紙に記された場所へ行っていると、そこには大きな屋敷が建っており、表札には確かに「横川」と書かれてあった。 驚きながらも中に入ると、玄関で4人もの女中が手をついて全員に挨拶をするので、さらに唖然とする。 大きな部屋に通されると、そこには丸いテーブルがあり、その上には見たこともない豪華な食事と酒が用意されていたので、全員、キツネにでもバカされたような気分になってしまう。 しかし、すぐに、あの横川が現れ、みんなを歓待したので、仲間たちは、本当に横川が大成功したのだと信じ、感激した柿村が代表して挨拶をすると、その晩は全員痛飲する。 その後、横川邸を辞去した仲間たちは、「バー ボンベイ」に寄り、マダムの満子に、あんたも待っていたら、今頃、玉の輿に乗れたのにとからかう。 その頃、横川は、隠れていたあの時の山師遠山と、愉快そうに握手していた。 そして屋敷を出た横川は、表札を外すと、近くの用水路に投げ込み笑い出す。 小さな自宅に戻って来た大助を待ち受けていたのは、妻と寝ていた赤ん坊だった。 その赤ん坊の寝顔を観ながら、横川は、横川大助、まだまだ死なれんぞ!とつぶやく。 「バー ボンベイ」でも痛飲した柿村ら仲間たちは、きれいな月が輝く夜道を、全員ふらつきながらも、実に愉快そうに帰って行くのであった。
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