1949年、新東宝、大宰治「グッドバイ」原作、小国英雄脚本、島耕二監督作品。
※この作品には、意外などんでん返しがありますが、最後までストーリーを書いています。ご注意ください。コメントはページ下です。
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銀座のど真ん中、交通整理の警官が、車の前に飛び出した青年を呼びつける。
交番の前に来た青年は、つい考え事をしていたもので…と謝るが、警官は、君が考え事をして、どんな良いアイデアを思いつこうと、交通規則を破るのは関係ないとつれない返事。
男は、良いアイデアは浮かばないんですが、実は許嫁にグッドバイを言われまして…としおれた様子。
ふられたのかね…と、警官はちょっと哀れみながらも、つい目の前の壁に貼ってある「オベリスク 6月号」と言う雑誌のポスターに書かれた「私は何故彼を棄てたのか」と言う扇情的な見出しに目をやる。
そのオベリスク社の編集長室、その「私は何故彼を棄てたのか」の原稿をこの社に斡旋してやった女性作家山崎夏江(清川玉枝)が、ギャラが少ないと、編集長の田島周一(森雅之)に文句を言っていた。
そこに、事務員が茶を入れて持って来るが、それを一口すすった夏江は、あまりの熱さに舌を焼いてしまう。
その悲鳴を聞いた編集者たちが一斉に社長室になだれ込んで来たので、みんなして私をバカにしているの?と逆上する。
田島編集長は、皆を外に出し、大丈夫ですか?と夏江に聞くが、それを聞いた夏江は、もっと優しくしてと、目をつぶって唇を差し出して来る。
その頃、隣の編集室では、今出した茶を飲んでみた男性編集者が、確かにこれは熱いやと、入れた女性編集者と笑い合う。
隣の社長室では、田島が汚い格好をした娘から、近々食事でも連れてってくれ…としつこく誘われて、平身低頭して断っていた。
社長室から編集室に戻って来た事務員が経理担当者に、永井さんに小切手切ってくれってと頼んでいた。
その小切手を受け取った小汚い娘は、壁にかかった肖像画を見て、お父さんけ?とお国訛で尋ねるが、とんでもない、あんな悪趣味な男じゃないと田島は否定する。
小汚い娘が、駕篭を持って部屋を出かかった時、その肖像画の男が帰って来る。
社長の関根健造(江川宇礼雄)だった。
関根が、自分の顔を見て笑って出て行った汚い娘を見て、あれは何だ?と聞くと、かつぎ屋だが、紙の処理に役立っていると田島は答える。
関根は、事務員が持って来た茶を飲んで、水みたいにぬるいねとこぼす。
そこに、事務委員が、船越さんと言う方からお電話がありましたと連絡に来る。
すると、顔色を変えた関根が、何故もっと早く言わん!と叱りつける。
怪訝そうに側で聞いていた田島に、大資本家だよ、つきあっておいて損はないが、かなり短気なんだと説明しながら、さっきのかつぎ屋が机の上に置いていた飴を、知らずに口に入れる。
その時、電話が鳴ったので、慌てて受話器を取りながら、入れ直して置かれていたお茶を口にした関根は、あまりの熱さに茶と飴を口から吐き出してしまう。
電話は船越からのもので、すぐに来てくれと言うものだった。
さっそく船越邸に馳せ参じた関根は、出迎えた船越恭平(斎藤達雄)から、君の会社に田島と言う男がいるかね?と聞かれたので、34歳で編集長をしておりますと答える。
船越は、その男は、夫人たちとの間にセンセーションのような事を巻き起こしていると言うような事はないかねと尋ねる。
多少、そうした噂があるようでと関根が答えると、浮薄極まる!親不孝ものが!棄てられた身の事など考えてみんのじゃろうか?貞操観念などないのか!と船越は怒り始める。
それを聞いた関根は、確かに貞操観念などありませんなとお追従を言うと、今言ったのは、自分の娘の事だと船越は言う。
実は、娘が、その田島と言う男の事が好きになったとかで、一緒になれないと家を出るなどと言い出したのだと説明する。
その頃、田島は、社長室の中で、美容院マダム青木蘭子(霧立のぼる)から頬にキスマークを付けられていた。
一緒に帰りましょうと誘う蘭子と、渋々帰りかけていた田島は、関根から電話がかかって来たので、うれしそうに、ここでお待ちしておりますと返事をする。
それを聞いていた蘭子は、「今晩来なかったら、承知しないわよ」と捨て台詞を残して、悔しそうに一人で帰るのだった。
社に戻って来た関根は、船越家での話をすると、こんな良い話はないんだ。君が船越家を継いだら、ふざけている事にはならないと言い、君は結婚しているのかね?と、いきなり田島に聞いて来る。
戸惑いながらも、正式なのはいませんと答える田島に、では内縁のようなのはおるのか?と聞く関根。
実は…と、うやむやなことを言っていた田島は、約束をした女が…と言い出す。
それを聞いた関根は、取りあえず大掃除をするとして、相手は何者なんだと確認するが、まだ田島の態度ははっきりしない。
それを見た関根、事情を察して再び確認する。「一体、何人だ?」と。
関根は、4人相手がいるとわかったので、ものすごい美人に妻役になってもらい、その4人に諦めさせるしかないと伝授する。
そんな美人いますか?と聞く田島に、しばし考えていた関根はいた!と叫ぶ。
とあるカフェに田島を連れて来た関根が呼んだのは、ケイ子(三村秀子)と言うホステスだった。
ひょっとして、あのケイ子さんを妻役に?と、ケイ子が席を離れた隙に尋ねる田島。
関根がそうだと頷くと、白状します、ケイ子は、私の4人の内の1人ですと、面目なさそうに田島は打ち明ける。
しかみ、一番手強い奴だと言うではないか。
席に戻って来たケイ子は、田島を睨みつけながら、関根にビールを注ぎ始めたので、ビールはあふれ、関根のズボンを汚してしまうし、思わず口から吐き出した葉巻が、テーブルに置いていた自分の帽子の上に乗ってしまう。
翌日、外を歩いていた田島に見知らぬ娘が親しげに話しかけて来る。
しばし、その顔を見つめていた田島は、それが、見違えるほどこざっぱりした洋服を着たかつぎ屋の永井きぬ子(高峰秀子)だと気づく。
聞けば、ロマンチックだから、時々街を歩いて、文化の先端を味わうのだと言う。
その見違えるような美貌に気づいた田島は、ちょっと飯でも食いながら話をしようと誘うが、割り勘なら嫌だときぬ子は嫌そう。
もちろん、おごるよと近くのカフェテラスに連れて行った田島は。遠慮なくばくばく食うきぬ子に、4人の女ときれいさっぱり手を切らないとならないんだと事情を話す。
さっそく、蘭子の店に出向き、きぬ子の化粧をしてもらう事にする。
少し遅れて店にやって来た田島は、待ち合い席に座っていた女がタバコを取り出したのを見て、いつのも癖で、ライターを差し出そうとする。
すると、セットが終わった彼女の友達が声をかけて来たので、隣の女は、田島に気づきもしないで一緒に帰る。
せっかく火をつけたライターを手持ち無沙汰に持っていた田島は、自分のタバコ用に使おうと、服を探し始めるが、その時、目の前に、タバコを持った垢抜けした美女が立っている事に気づく。
セットを終え、衣装を着替えたきぬ子だった。
そこに、うれしそうに蘭子が近づいて来たので、田島は思い切って、マダム、紹介します、家内です。疎開先から戻って来たのですと、きぬ子を見せる。
驚愕するマダムは、二人が店を出て行くのを見ながら涙を流すが、気がつくと、きぬ子が自分が身につけていた首飾りを、自分の首にそっとかけてくれている事に気づく。
しかし、マダムは、その首飾りを、微笑んでいるきぬ子の目の前で引きちぎるのだった。
次いで、待合に向かった田島は、隣に座ったきぬ子に、飲みっ比べをしようと言い出し、猪口濯ぎの丼の水を捨てさせると、それに酒を次いで飲んでみせる。続いてきぬ子に丼を渡すと、驚いた事に一気に飲んでしまう。
他の芸子を追い払うと、田島は一人残った鈴竜と言う芸子に、今日からこれっきりにしてもらいたい、別れてもらいたいと告げる。
ちゃんとけじめをつければ良いだろう?と白々しく言う田島の態度を見た鈴竜は、銚子を下げて隣の部屋に酒を取りに行く。
その鈴竜の顔色を見た内儀(一の宮あつ子)から、何かあったのかい?いじめられたのかい?と聞かれ、いいえと口では否定しながらも、鈴竜は泣き出してしまう。
その頃、隣の部屋の田島は、隣で不機嫌なきぬ子に、しっかりしてくれよ、あんたが酔ったら、何をするか分からないよと冗談めかして話しかけ、きぬ子も分かっているよ、あんたの魂胆くらいといなしていた。
涙を拭いて酒を持って戻って来た鈴竜は、酒を飲み干した田島に、お流れは私が頂きますと願いでる。
そんな鈴竜に田島は、どうも長い事…、グッドバイ!とあっけなく告げるのだった。
翌日、きぬ子の住む旭アパートを訪ねて来た田島は、玄関近くで蓄音機で浪速節を聴いていた老人に、永井きぬ子の部屋を聞く。
きぬ子は、依頼主としてちょっとご機嫌伺いに…などと言い訳をしながら、突然やって来た田島の事を見て驚くが、警戒心を解こうとしない。
勝手に上がり込み、手みやげに持って来た角瓶を勧める田島は、何か肴にでもなりそうなものはないかと図々しくも部屋を見回す。
からすみならあるわよと、切って出したきぬ子、これ一腹で900円もすると言う。
それを旨いと口にした田島に、今すぐ900円払えと言うのだ。
誰がごちそうすると言ったと減らず口を叩くきぬ子。
驚いた田島が財布を出そうとすると、自分でも一口食べてみたきぬ子は、からすみって旨いんだねと言いながら、自ら湯のみを差し出す。
ウィスキーを自分にも注げと言うのだ。
かくして二人は飲み始める。
どこからともなくピアノの音色が聞こえて来たので、自分はあの曲が好きだと言い出した田島に、分かるのかに?とうさん臭そうに問いかけるきぬ子。
すると「月光の曲!ショパンの大傑作だね」」と田島は答え、「ボクはいつも、この曲を聴くときは、部屋の明かりを消して、月光を部屋の中に入れるんだ。そうすると、心にしっくりと来る。実験してみようかと明かりを消そうとするので、きぬ子は慌てて、とんでもねえ、からすみを盗むつもりだろう!と止めさせる。
さらに、窓辺のカーテンの影で、君はロマンチックを理解するんだろう?などと言いながらキスをしようと身を寄せて来る田島をかわすきぬ子は、この狼!大分腹を空かせているようだねとけなす。
すると、田島、調子に乗って、きぬ子に襲いかかろうとするが、勢い余って、押し入れのふすまに首を突っ込んでしまう。
呆れたきぬ子が引っ張りだそうとすると、急に田島がきぬ子に抱きついて来て、押し倒す。
ピンチになったきぬ子は、部屋に引いていた非常ベルのスイッチを入れる。
それを聞いたアパート中の男たちが集まって来る。
翌日の夜、着飾って街で立っていたきぬ子に、「絹ちゃんじゃないか?」と声をかけて来た青年がいた。
あの、許嫁にグッドバイを言われたと言っていた青年だった。
「あんた誰だ?人違いだ」と言うきぬ子に「絹代さんですよね?」と直も食い下がる青年に、知らないと困惑していたきぬ子は、待ち合わせていた田島の姿を見ると声をかける。
田島が近づいて来て、何事かと青年に立ちはだかると、怪訝そうにきぬ子の顔をまじまじと見つめていた青年は首を傾げながらも、失礼しましたと立ち去って行く。
「今夜のグッドバイはどこだね?」と聞いたきぬ子は、飲み屋に連れて行かれる。
飲み屋の女将(清川虹子)は、田島からきぬ子の事を妻だと紹介されると、最初は信じようとしなかったが、「この人、私の事知ってるの?」と田島に聞く。
きぬ子が頷くと、「今夜は焼酎しかないよ」とさばさば、二人に焼酎をつぐ女将。
ところが、ちょっと脇見をしている隙に、きぬ子のコップが空になっているではないか。
不思議がった女将が又注いで、自分のコップに注ごうとしている途中で、もう空になっている。
あまりのきみ子の飲みっぷりの良さに感心した女将は、何にも口をきかないきみ子は口が不自由なのかと聞く。
田島が否定すると、「その鞄の中に手切れ金が入っているが、こいつケチでしみったれだから、大した金額じゃねえ」などと、きぬ子がきつい訛でペラペラ話し始めたので、すっかりその人柄を気に入った女将は、とことんその日は飲み明かそうと言う事になる。
いよいよ、一番難関だと思われるカフェのケイ子に会いに行った二人、ところがその肝心のケイ子の姿が見えないとボーイが戸惑う。
さっき、電話で打ち合わせしておいたはずだが?と田島も困惑するが、そこへビールを運んで来たホステスが手紙を預かっていると一緒に持って来る。
読むと、自分の方からグッドバイをして差し上げますと記された、ケイ子からのものだった。
あまりのあっけなさに拍子抜けした田島は「済んだよ…」と、その手紙をきぬ子にも読ませる。
一番難しいと思われたケイ子が、一番簡単だった事になる。
今日はもう帰っていいんだに?と聞くきぬ子に、せっかくだからと食事を誘う田島。
食後のアイスクリームを食べていた時、田島は急に、きぬ子に僕と結婚してくれないかと切り出す。
君の前でも随分恥ずかしい事をしてしまったが、君のような人が側にいてくれれば、もう悪い事はしなくて済む。端的に言えば、君を好きになったのだと言うのだ。
4人と手を切ったばかりで、さびしいからそんなことを言ってるだけだと、きぬ子は相手にしないが、君以外に君は求められないと田島は歯の浮くような言葉を続ける。
肝心のグッドバイの動機を、忘れたのか?ときぬ子は切り返す。
自分を裏切りたくない。生まれて始めて持った真剣な気持ちを大切にしなくっちゃ…と田島の言葉は続く。
しばし考えていたきぬ子は、金持ちの娘に会った後、アパートに寄ってくれ。いなくなっていたら田舎に帰ったと言う事。いたら、どっちか返事をすると言い出す。
翌日、関根と二人で船越邸に出向いた田島は、しょっちゅう、外を出歩く困った娘だと言う絹代を紹介され愕然とする。
その絹代は、まさにきぬ子と瓜二つだったからだ。
理解できない田島は、屋敷の電話を拝借すると、旭アパートに電話を入れてみる。
すると、くだんの老人が出て来たので、きぬ子さんはいるか?と聞くと、すぐに「何だ?今頃?ご飯が吹いている、この田島のタニシやろう!」と、いつもの訛言葉が聞こえて来る。
他人のそら似だと理解した田島は、部屋に戻って、二階に上がったと言う絹代は油絵に凝っているので、誉めてくれれば大丈夫だと言う船越の言葉を聞き、二階へ上がる。
誉めようと、見てみた彼女の油絵はチンプンカンプンの奇妙なものだったが、取りあえず誉めちぎる。
絹代がピアノで「月光」を弾き始めたので、自分もピアノを聞くのは大好きだと言いながらも、絹代の事を怪しみだす田島。
絹代はそんな田島を見ながら、「私、この曲を月の光の中で聞くのが好きです。『ベートーベンの月光』」と言うではないか。
「あなた、私の事、どう思いました?」と聞いて来た絹代に、「私こそ、オタクの財産目当ての卑しい男と思われたでしょう」と返す田島。
「そんな事…、全財産は弟にやって、私がこの家から飛び出せば良いのです。私の理想の生活は共稼ぎ」と絹代は思わぬことを言う。
それを聞いた田島は、そんな夢は一月でつぶれますと反論する。
「じゃあ、私がそう言う生活をしていたら、あなたは愛して下さらなかったんですね?」と問いかける絹代に、「あなた以外に、あなたを求める事は出来ない」と、田島は言い始める。
「長い間探し求めていた人に会えた」そう言う田島の言葉を背中に聞きながら、絹代の表情は曇っていた。
ちょっと出かけますと言い出した絹代を、玄関先の車まで見送った田島は、今度いつお会いできますかと聞く。
絹代は「私が男に生まれ変わったら…、どうも長い間、グッドバイ」と言い残して去って行くのだった。
その後、旭アパートへ向かった田島は、老人から、きぬ子は今日引っ越したと聞かされる。
がっくりして帰りかける田島を呼び止めた老人は、蓄音機のレコードに針を落とす。
すると、そこから「何だ?今頃?ご飯が吹いている、この田島のタニシやろう!」と言う、きぬ子の録音が響いて来る。
昨日の電話は、このレコードを使ったトリックだったのだ。
数日後、絹代は、学生時代の友達であるケイ子の家にやって来ていた。
あのカフェのケイ子だった。
しかし、部屋の中に男物の服が脱いである事に気づいた絹代は、まずい時に来たと焦るが、そこに浴室から出て来たのは田島だった。
互いに見合い愕然とする田島と絹代。
絹代は、どういう事なの?訳を聞かないと帰らない。友達のあなたに頼まれて仕組んだ今回の芝居はどうなったの?あなた、この羽島さんを殺したいと言っていたじゃない!と詰め寄る。
ケイ子は「すみません…、どうしようもならなかったんです。あの嵐の夜…」と話し始める。
雷が嫌いなケイ子は、早くと床に入ってしまおうと寝る準備をしていた。その時、ガラス戸の方に人影が見えたので、怯えて誰何すると、入って来たのは前身ずぶぬれになった田島だった。
「何しに来たの!」とケイ子が気色ばむと、「お別れに来たのだのだよ」と田島は答える。
「手紙でグッドバイしたはずよ」とケイ子が返すと、「だから会いに来たんだ。何もかもけりを付けた今、清々しい気持ちだ」とつぶやく田島。
学校の友達だった絹代と仕組んだ今回の芝居の事を打ち明けたケイ子だったが、田島は「二度と君の前に現れないと約束しよう。どうも長い間…グッドバイ」と言い残すと、雨の降る中帰って行く。
その後ろ姿を見ていたケイ子は、たまらなくなって「あなた!」と追って行く。
回想から覚めたケイ子は、私にはこの人が、とても惨めに思えたんです。このまま放り出したら、この人死んでしまうかも…。私、田島を心から愛していたんですと、絹代に訴えかける。
話を聞いていた絹代は、机の上にあったケイ子と田島が二人で写っている写真を見ていた。
その写真のケイ子の姿が、一瞬自分の姿に変わって見えたので、思わず涙する絹代。
「お二人ともお幸せにね、グッドバイ」と言い、家を出た絹代は、すぐさま別れた許嫁多田敬太(若原雅夫)に電話して、会いたいから、すぐ来て、走って来てよ!と訴える。
若原雅夫はすぐさま、仕事先から絹代の元へ駆けつける。
絹代も又、雅夫の元へ駆けつける。
二人は、走りに走り、出前の蕎麦屋や風船屋やはしごの上のペンキ塗りなどをなぎ倒して行くにも気づかない。
銀座の道の双方で互いの姿を見つけ合った二人は、車が走っているのも構わず、通りに出て道の中で抱き合う。
それを見ていた警官が二人を呼びつける。
恋愛の自由と交通違反は別だからねと説教する警官だったが、二人の手がしっかり握りしめ合っているのを見ると、ばからしくなって、行って良しと親指を突き出すのだった。
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もともと「グッドバイ」と言うタイトルで公開されたものの短縮版が、この「女性操縦法」であり、太宰治の未完の遺作「グッドバイ」をベースにした作品だが、基本的な人物設定と状況設定だけ頂戴して、後は大胆に構成し直し、全く別な形のコメディになっている。
原作も「ファルス(喜劇)」仕立てなのだが、女にだらしがない編集者田島が、つきあっている数多い女と別れたいと漏らした所、とある文士からアイデアを授けられる。それは「とてつもない美女を妻に仕立て上げて、つきあっている女たちに諦めさせる」と言うもの。
心当たりがなかった田島の前に現れたのが、日頃汚い格好をしているかつぎ屋の永井きぬ子が、着替えて見違えるほどの美人になった姿。
悪声と大食いと怪力が玉にきずのきぬ子だが、その美貌は比べるものがいないほどだったので、さっそく作戦を打ち明け協力してもらう事になる。
きぬ子を連れ、愛人の一人だった美容室のマダムに別れを告げた翌日、きぬ子のアパートに出向いた田島が、からすみを食べ、襲いかかって失敗する描写も原作にある。
その後、原作では、強そうな兄がいる画家のケイ子と別れるため、怪力のきぬ子を再び誘うと言う辺りで中絶している。
これを映画では、いくつもどんでん返しがあるトリッキーなラブコメに仕立てているのだから驚かされる。
映画の方は、独立した、ほとんどオリジナル作品と言っても良いと思えるほど。
ただ、その仕掛けはあまりに大胆すぎて、よく考えると無理がないではない。
女にだらしがない田島の事を愛しているが故に憎んだケイ子は、学校時代の友達である金持ちの娘絹代と相談して一芝居うつ事にする。
その芝居とは、絹代が田島に惚れたと父親を通じて知らせ、変装したきぬ子の方は、何食わぬ顔で田島に近づいて、他の女との仲を断ち切らせる協力者になると言うもの。
この計画自体がおかしい。
「すごい美人を妻に仕立て、愛人たちに諦めさせる」と言うアイデアは、出版社社長関根が提案したのであり、このアイデアがなければ、きぬ子が田島とつきあうきっかけが成立しなくなる。
映画を観ている感じでは、その関根が計画に加担している様子はない。(短縮版なので、断定は出来ないが)
また、きぬ子が計画に使えるほどの美人だと気づくのは田所本人なのだから、これも偶然性が高いと言うしかない。
…とは言え、この作品が面白い事に変わりはない。
それは、きぬ子(=絹代)の女心が揺れ動く様が、観客に分かるようになっているからだ。
田島の計画に協力する事にした(実は、その前に、ケイ子との芝居を仕掛けている)きぬ子は、時折、不機嫌な表情を見せている。
これは、ケイ子からの話で、すでに田島が女にだらしがない性格だと言う事は知っているからである。
しかし、観客は、まだケイ子が仕掛けた大芝居の方には気づいていないので、この不機嫌さは、目の前で繰り広げられる田島の女への冷淡さへの感情だと思い込む。
やがて、きぬ子の正体が絹代であったと気づいた観客は、あの不機嫌さの正体に気づく。
愛している田島のだらしなさを見せつけられる不機嫌さだったのだと。
ところが、さらに、そこにはどんでん返しがあったと知った時、観客は、あの不機嫌さが、両方の意味だった事を悟るのである。
つまり、最初は、友人の恋人のだらしなさに対する同性としての怒り、そして、徐々に、自分がそんなだらしない男に惹かれて行く事に対する迷いである。
最後、ケイ子の家にあった写真に、自分と田島のツーショットを一瞬かいま見て涙するのは、絹代が田島に惚れてしまっていた事の証である。
その田島を失った寂しさから、絹代は、一旦ふった許嫁を呼び出してしまう。
その皮肉さが、ケイ子と田島の結末同様、男女関係の奥深さを暗示している。
いかにも女にもてまくるダンディな男を演ずる森雅之、天衣無縫なきぬ子とおしとやかな絹代を演じ分ける高峰秀子も見事だが、ちょっとキザでとぼけた社長を演じている江川宇礼雄(「ウルトラQ」の一の谷博士)も愉快。
余談だが、汚い格好だったきぬ子が、美容室で、目も覚めるような粋な美女に変身し、長いキセルのタバコを持っている姿は、どう考えても、後の「マイ・フェア・レディ」(1964)や「ティファニーで朝食を」(1961)などのヘップバーンを連想させるのだが、偶然なのだろうか?