1974年、東映東京、沢田竜治原作、掛札昌裕脚本、鈴木則文原作+脚本+監督作品。
▼▼▼▼▼最初にストーリーを書いていますので、ご注意ください!コメントはページ下です。▼▼▼▼▼
アイスホッケーの試合を観戦する女多岐川魔矢(多岐川裕美)。
その女は、その後、アラン・ドロンの映画を観た後、道に停めてあったバイクに跨がってみる。
すると、そのバイクの持主青木健太(谷隼人)が現れ、一緒に喫茶「エトワール」でお茶を飲む。
夜は、ディスコで踊り、そのままホテルでベッドイン。
互いに名乗りあった二人だったが、魔矢は、これでシャバともお別れで、自分は女が女でなくなる所へ行くのだと打ち明ける。
タイトル
修道院…、それは、女だけの館である。
多岐川魔矢は、セントクルス修道院の修道女たちを前に新人肋修女として紹介されていた。
教会に飾られた○○○○像の前で、全裸になった魔矢は、肋修女の衣装を着せられる。
その後、歌隊修女の部屋を見せてもらったりした魔矢は、助修女部屋で共同生活を始める事になる。
夜、ベッドで就寝していた魔矢は、異様な音で目覚め、音の方に目をやると、上半身裸の助修女が、自らの身体を鞭で打っていた。
驚いた魔矢に、隣のベッドに寝ていた助修女が、自分に負けそうになった、ああして、自ら鞭打ち仲間が多いのだとこっそり教えてくれる。
翌日からの共同での食事後、入浴で身を浄めた魔矢たち助修女たちは、副院長(三原葉子)の講義を受ける事になる。
副院長は、罪深い行為の中でも、姦淫を犯す事がもっとも悪いと教えるが、その時質問に手を上げた魔矢が、私たちは、両親が姦淫しなければ生まれて来なかったのではないかと追求する。
背徳的な発言だと副院長は青ざめるが、同じ助修女の石田松子(山内えみ子)も、魔矢の指摘の方が自然で、人間がセックスを求めるのは当然じゃないかと賛成したため、授業は中止となる。
その夜、気が会うと思ったのか、不良少女上がりらしい石田は、ベッドの入っていた魔矢に、自分がこっそり持ち込んでいたウィスキーをすすめながら、自分の父親は、パチンコ屋を手広く経営している実業家なのだと打ち明ける。
翌日、先輩修道女から、夕べ、当院にアルコールを持ち込んだものがあると注意された石田は、誰がさしたのかと考え、すぐさま新入りの魔矢に疑いを抱く。
その後も、食料庫で盗み食いをした助修女二人の行為がばれ、検邪聖堂で修道女たちが見守る中、互いに裸になり、鞭を打ち合う刑罰が与えられる。
その話を知った石田は、身近にスパイが潜んでいると考え、魔矢の目の前で、妙な奴が最近入って来たから、自分の行動が院長に筒抜けになっているとわざと言い放つ。
しかし、魔矢は全く動じない。
その後、ジャネットと隠れてレズ行為に耽っていた現場を魔矢から観られてしまった高波美恵(早乙女りえ)は、自分が副院長から命ぜられてスパイをやったのだと言い訳をするが、魔矢は、この事は誰にも喋らないと約束する。
その後、美恵の手引きで院長室に忍び込んだ魔矢は、過去の修道女たちの記録を探し出していると、死亡した篠原ミチ子と言う名前を発見する。
魔矢は、賄婦の菅野さち(山本緑)が病気で寝込んでいるのを発見し優しく看病してやったので、サチは感謝するが、魔矢が「MICHIKO」と名前が刻まれているクルスを持っており、自分の母親の形見だが、ここにいた母親の事を知らないかと聞かされると、驚いて、何も知らないと急に口をつぐんでしまうのだった。
ある日、外での作業中、サボって、タバコを吸っている所を魔矢に発見された石田は、まだスパイではないかと疑っていた魔矢に、又、チクられるのではないかと、自ら因縁を吹き掛け、その場で取っ組み合いの喧嘩が始まる。
二人は、駆け付けた修道女たちに取り押さえられ、三日間の謹慎処分を課される。
そんな中、助修女の一人北野久子(渡辺やよい)に、中学生の妹が面会に来る。
父親が脳いっ血で倒れたので、戻って来て欲しいと頼みに来たのだった。
苦しい生活の中、自分も、中学を卒業したら働くつもりだが、取りあえず10万円あったら何とかなると母親が言っていると言い残し、妹は帰って行く。
後日、院長室に置いてあった上納金の5万円が紛失したので、持ち物検査をすると、副院長が助修女の部屋にやって来る。
検査をしていると、ある助修女の持ち物からエロ写真を見つけたので、ただちに副院長が没収してしまう。
さらに、身体検査をするのでみんな服を脱ぐように命じられるが、魔矢は頑として言う事を聞かなかった。
その後、セントクルス修道院に、柿沼司祭(渡辺文雄)がやって来る。
柿沼司祭は、一人の助修女北野久子が教会にいるのに気付き、訳を尋ねると、懺悔したい事があると言う。
懺悔室に入った彼女は、父親が倒れ、家計が困窮している事を打ち明けた後、院長室の掃除をした時、つい出来心で金を盗んでしまったのだと告白する。
それを聞き終えた司祭は、彼女に金を渡し、5万円は、元の院長室に戻しておき、残りは家族に送ってやれと言う。
感謝する久子だったが、司祭は、そんな彼女に、お前には神は来ない。神はお前を生贄として要したのかも知れないなどと、意味不明な事と言いながら、抵抗できぬ相手の肉体を奪うのだった。
その頃、副院長の松村は、独り部屋で本を読んでいる内に、目覚めた欲望に勝てなくなり、机の引き出しにしまっておいたエロ写真を取り出すと、それを観ながら自慰をはじめていた。
一方、魔矢は、修道院を独り抜け出すと、青木健太が待つディスコに向う。
そこには、青木の友達(タコ八郎)もいたが、魔矢は彼らに、うってつけのゲームがあると言い出す。
修道女に変装させた二人を修道院に忍び込ませた魔矢は、副院長の部屋に案内し、眠っていた彼女を二人に犯させるのだった。
朝が近づき、二人を逃がそうとした魔矢は、修道女たちに怪しまれ、追跡させるが、それを観た石田が、機転を利かせ、二人の男を塀の外に逃すと、駆け付けて来た修道女たちに、ここには自分達二人しかいなかったとごまかす。
その後、副院長の部屋に向った修道女たちは、乱れたパジャマ姿でぼーっと夢見心地のような松村の姿を発見し、唖然とするのだった。
はっと正気に戻った副院長は、33年4カ月守って来た純潔を奪われたと泣き出す。
しかし、昨晩、変装した三人組を見かけていた水城良子(大堀早苗)が、魔矢の姿も見かけたと院長に密告したため、検邪聖堂に呼出された魔矢は、上半身裸にされ、茨で胸を縛り付けられた上、棘のついたバラの花で殴りつけられるのだった。
それを観ていた院長小笠原綾(森秋子)は、魔矢が持っていたクルスに刻まれた母親の名前を発見して驚く。
そこへ現れたのが、石田松子。
彼女は、拷問を受けていた魔矢の茨を解き放ちながら、自分が男を引っ張り込んだのだと言い張ったため、罰として、院長から、修道院からのリトリート(退去)を言い渡されてしまう。
それを受け入れた石田は、これ以上魔矢を虐めたら、ここでのスキャンダルを全て週刊誌にぶちまけてやると脅すのだった。
その後、魔矢は、再び、病状の悪化した菅野を見舞うが、もはや自分の寿命が長くない事を悟った菅野は、あんたの母親は修道女であったのに妊ってしまったため、院長の小笠原から、裸にされた状態で吊され、鞭打たれるという拷問を受けたのを目撃した事を告白する。
そして、12月25日の聖夜の夜、自ら首を吊って死を選んだのだが、その時のショックで生まれたのがあなただと言う。
自分は、ミチ子を不憫に思い、彼女のロザリオを赤ん坊につけて、町に持っていったのだと言い終えると、菅野は静かに息絶えるのだった。
その後、魔矢の元にやって来て、あなたの母親は戒律を破ったのだと説明する院長に、自分の父親は誰なのか?と問いただした上で、私は腐り切った修道女が立ち直るまでとことんやると宣言する魔矢。
後日、その事を、院長から聞いた柿沼司祭は、院長が、魔矢の母親であるミチ子に嫉妬していたと指摘する。
確かに、ミッションでも修道院でも一緒で、常に、自分より光り輝く存在だったミチ子は、小笠原綾にとって嫉妬の対象であった。
今の、院長としての身分は、柿沼がミチ子を妊娠させた後始末をさせる代償として柿沼から与えられたものだった。
そして、その間、柿沼自身は、ローマの神学校に逃げていたのだ。
小笠原も又、柿沼を愛していたがゆえ、ミチ子への憎悪も、人一倍のものになったのだった。
しかし、その言葉を聞いた柿沼は、愛などと言うのは幻想だと喝破する。
あなたは、何を支えに神を待っているのかと畳み掛けて来る柿沼。
あの地獄の中でも、私は神があらわれるのを待ち続けていたが、ついに神は現れなかったと言いながら、柿沼は少年時代、長崎や広島に原爆が投下された時の事を思い出していた。
アウシュビッツでも、神は現れなかった…と。
それ以来、柿沼は、神を裏切り続けて来たのだった。
柿沼は、多岐川魔矢を神に召させる儀式を始めるように、院長小笠原に命ずるのだった。
海を望む崖に魔矢を呼出した院長は、魔矢の父親が柿沼司祭である事を打ち明けた上、いつも二人は、この場所で逢い引きしていたのだと教える。
院長は、海を見つめていた魔矢の背中を押して突き落とそうとするが、魔矢にミチ子の姿が重なりためらってしまう。
魔矢は、私はもう引き返せないと、院長に言う。
その後、ローマから、セントクルスの補佐のためと称して、ナタリー・グリーン(衣麻遼子)なる人物が派遣されて来る。
彼女は、修道女たちに、この修道院内に潜んでいる魔女を暴いてみせると宣言した上で、魔矢を殺し損なった院長個人には、司祭はすでにあなたを見限っていると伝える。
その頃、北野久子が、洗面所で吐いているのを目撃した仲間たちは、彼女が妊娠している事を知り驚愕する。
修道院で暮している彼女が妊娠などするはずがなかったからだ。
その事を知ったナタリーは、久子を鞭打ち、父親が誰なのか聞き出そうとする。
さらに、久子に大量の塩水を飲ませると、縛った姿勢のまま、○○○○が描かれた銅板の上に股がせる。
江戸時代の踏み絵と同じく、本当に○○○○を崇拝しているなら、その上に放尿など出来ないはずだと言うのであった。
魔女摘発と称されたその儀式に、助修女たちも全員、検邪聖堂に集められ、久子の拷問を強制的に見せられる事になる。
我慢に我慢を重ねた久子だったが、時間と共にとうとう我慢の限界が来た彼女は、キリストの銅板の上に放尿すると同時に、自らの下を噛み切って自害して果てる。
その姿を観たナタリーたちは、この女は神を冒涜する魔女であり、リトリートさせると言い放つのだった。
その後、院長と二人きりになった魔矢は、危うく、床に仕掛けてあった落し穴に落ちかけるが、院長との格闘の末、熱湯が渦巻いていた床下に落ちたのは院長の方だった。
落し穴から何とか這い上がった魔矢は、斧をつかむと、修道院内に飾ってあった○○○○像や○○○像を次々に破壊し始める。
それを目撃したナタリーたち修道女は、とうとう反逆者が自ら正体を現したと言う。
雪の聖夜の日、修道女や助修女たちは、柿沼司祭の話を聞いていた。
その頃、捕まった魔矢は、鐘突き堂の上に縛られていた。
彼女は、灯り用に灯されていた蝋燭を倒すと、その炎で縛られて綱を焼き切ろうとする。
そこへ登って来たのが、ナタリーで、彼女は、聖夜を選んだ事を感謝しろと言いながら、毒の入ったワインを魔矢に飲まそうとする。
その時、紐を解いていた魔矢は鐘の紐にぶら下がると、反動でナタリーを鐘つき堂から蹴り落とすのだった。
落下したナタリーは、尖った鉄柵に身体を突き抜かれて絶命する。
深夜、自室に戻って来た柿沼は、服を脱ぎ捨てるとベッドに向う。
その裸の背中には、被爆で受けた火傷の後が残っていた。
彼は、暗がりの中、ベッドで待ち受けていたのはナタリーだとばかり思い込んで抱くが、途中で、見知らぬ相手だと気付く。
ベッドに入っていたのは魔矢だった。
彼女は、唖然とする柿沼に向い、自分は18年間あんたを胸の中で育てて来たが、今、そのあんたは、今、実の子を抱いたのだ、教会最後の戒律を娘と破ったのだとあざ笑う。
ベッドを這い出た柿沼は、神は今、お前の姿になって、自分の前に現れたのかも知れないと呟く。
その姿を観ながら、魔矢は、母は最後、狂い死んだ。あんたも一生苦しむが良い。これが聖ミサの贈り物さと告げる。
呆然と佇む柿沼は、その時、部屋に入って来た女から、背中を銃で撃たれる。
その女は、焼けただれた院長の小笠原だった。
その後、銀座の町中を歩く魔矢の姿があった。
▼▼▼▼▼個人的なコメントはここから下です。▼▼▼▼▼
鈴木監督と沢田竜治の絵で発表された同名劇画を実写化した作品。
当時流行っていた不良少女ものの要素と、これも当時良くあった、クールなヒロインによる復讐譚をミックスしたような設定になっている。
ただし、見せ場の中心はストーリー展開と言うより、ふんだんに盛り込まれているポルノ表現と言うべきだろう。
今観ると、どうと言う事もない表現だが、当時としては、相当思いきった表現だったに違いない。
一応、キャットファイトシーンなども用意されている。
にっかつのロマンポルノは有名だが、東映も又、一時期こういう映画を量産する事で今日まで生き延びて来たかと思うと、感慨深いものがある。
清楚なイメージがある多岐川裕美が、いきなりデビュー作で、こんなハードな汚れ役を演じていると言う所が、いまだに話題になっている作品でもある。
鈴木監督、良く修道女を作品に登場させるが、何か特別な思い入れでもあるのか?
ゲスト的に出演しているタコ八郎の姿が、ちょっと懐かしかったりする。
50年代から新東宝で活躍しており、この当時すでに中年太りになりかけている三原葉子が、劇中で33才と言う設定なのも笑わせてくれる。
しかし、あくまでも荒唐無稽なフィクションであり、かつマイナーな作品とは言え、これだけ特定宗教を冒涜したような内容になっているのに、今までに抗議を受けた事はなかったのだろうか?…と、妙な心配をしたくなるような映画でもある。