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鬼婆

1964年、近代映画協会、新藤兼人脚本+監督作品。

▼▼▼▼▼最初にストーリーを書いていますので、ご注意ください!コメントはページ下です。▼▼▼▼▼

穴  暗い   古代から近代へ    闇を繋いで  通じる

南北朝時代の真夏の頃、芒ヶ原と呼ばれる場所に、騎馬武者に負われた敗残兵2人(松本染升、加地健太郎)が逃げ込む。

すると、突然、薄の中から槍が飛び出し、二人を突き刺す。

絶命した二人の遺体の前に現れたのは、二人の女であった。

一人は若い嫁(吉村実子)、もう一人は、その義母らしき老婆(乙羽信子)。
二人は体も衣装も汚れはて、眼ばかりギラギラと輝き、その顔つきは野犬のようであった。

女たちは、慣れた手付きで、落武者たちの衣装や、鎧、刀の類いを剥ぎ取ると、遺体を引きずって大きな穴の所へ持って来ると、躊躇なく二つの遺体を穴に突き落としてしまう。

奪い取った衣類を背負った二人は、牛(殿山泰司)と呼ばれる男の元へ持って行くと、幾許かの粟をもらうのだった。

ある夜、川を渡って、一人の男が、二人の女が住むあばら家に入って来る。

かつて、二人の女と同じ村の住民だった八(佐藤慶)だった。

腹を空かせた彼は、二人から雑炊を分けてもらってむさぼりくいながら話すには、もともと、足利尊氏勢として、戦場に連れて行かれたが、途中で、敵側の楠木正成勢に編入され、3日前に湊川で皆殺しの大戦があったので、その最中、自分と婆の息子は一緒に逃げて、農家で食べ物を捜している内に、隠れていた農民に襲撃され、息子は叩き殺されてしまったと言う。

話し終わった八は、今度は、二人の女の現状に不審を抱く。

一体、田畑もないこの草原で、二人はどうやって暮しているのか。

しかし、女たちは答えようとはしなかった。

ただ、昨年の夏は、霜が降り、氷が降ったと気味悪そうに婆が教える。

それに頷いた八も、都でも、牛が馬を生んだと言う噂があり、世の中、天地がひっくり返ったようなおかしな事ばかりが起こると嘆息するのだった。

八は、女たちと一緒に暮したがっているようだったが、婆ははっきり拒否する。

自分の事は自分で始末するようにしろと言うと、八を追い出すのだった。

八が帰った後、嫁は夫を失った事を嘆き号泣するが、翌日から、別の場所に住みはじめた八は、それとなく、川に水汲みに来る嫁に近づいて来ると、彼女を何とか口説こうとし始める。

八は、まだ年若い嫁の身体に、昨夜から眼を付けていたのだった。

そんな中、川向こうの道を走って来た二人の騎馬武者が、馬を降り、斬り合いを始めると、その体勢のまま川を渡って来はじめる。

八に助けを求めて来た武者を、八は迷わず、魚を突くために持っていた槍で突き殺してしまう。

さらに、川に流されかけていたもう一人の武者を捕まえるように、女たちに命ずるが、女たちも手慣れたもので、まだ、武者に息があるのを知るや、二人掛かりで、その頭を水中に沈め、溺死させてしまう。

こうして手に入れた衣装や武具類を、老婆に教えてもらった牛の元へ持って行った八は、粟と酒と鳥と交換して帰って来るのだった。

久々のごちそうに、三人はむさぼり喰うが、八の視線は黙々と鳥肉に食らい付く嫁の姿だった。

そんなある日、とうとう、八は嫁に飛びかかるが、近くに居た婆に追い払われてしまう。

ふて腐れて帰る八は、草原の中にある大きな穴の存在に気づく。

その夜、婆と一緒に眠っていたと思っていた嫁は深夜目覚めると、こっそりあばら家を抜け出て、芒の中を全力疾走すると、八の元へ向うのだった。

その事を、婆は気づいていた。

それからと言うもの、毎夜のように、深夜、嫁は、恐ろしい芒の中を疾走して、八のあばら家に出向いては抱かれる日々が始まる。

そんな嫁を尾行し、八との抱擁の様子を目撃した婆も又、女としての情欲に身を焼かれ、独り身悶えるのだった。

ある日、草原で昼寝をしていた八に近づいた婆は、これ以上、嫁に手を出すな、抱きたいなら、自分を抱けとと迫る。

嫁をお前に取られたら、自分一人では人殺し等していけぬとも言うのだ。

しかし、八は、若い男女が互いに好き合うのを止める事は出来ないし、婆のお前なんか抱けないと相手にしない。

八の説得に失敗した婆は、今度は、嫁の方を懐柔しようとし始める。

まず、せがれが戻って来る夢を観たと言い、嫁の背信を後悔させようとするが、嫁も本気にしない。

それから数日後、又遠くで煙が上がり、新しい戦が近くで始まった事を知る二人だった。

ある日、野犬を見つけた二人はそれを捕まえて、すぐに焼いて食べるが、その折、婆は嫁に、昔、都に偉い坊様から聞いた話だが、淫らな行為をすると一番罪が大きいので、地獄へ落ちるそうだと聞かせる。

嫁はその話を半信半疑の気持ちで聞いている。

何とか嫁に逃げられたくない婆は、必死に、その話を真実味たっぷりに話し伝えるのだった。

しかし、その夜も、嫁は、八の元へ走って行ってしまう。

それを追っていた婆は、いきなり芒の中から現れた鬼面の武者と出会う。

妖怪かと恐れた婆だったが、相手は、人間だと言う。

しかも、戦に破れて、多くの部下を失って都に逃げる最中だが、道に迷ってしまったので、案内してくれと言う。

断わろうとした婆だが、相手の刀に脅されては仕方がない。

そのまま、言う事を聞いて、北の都目掛けて案内する事にする。

その途中、何故、自分がかような鬼の面を付けているのか、武者は語りはじめる。

最初は、戦いの場で、こういう面を付けていると、相手に恐れられて有利だと言っていたが、終いには、自分は世にも希なる美貌の持主なので、それを傷つけられるのが嫌で、こうして面をかぶっていると言い出すので、婆は、それならぜひとも素顔を拝ませてくれ、自分はこれまで、びっくりするほど美しいものだと観た事がないのでと、半分からかうように頼んでみるが、相手は面を外す様子がない。

やがて、二人は、穴の近くにやって来たので、先を歩いていた婆は、その穴をとっさに飛び越え、後に続いていた武者は、気づかず穴に落ちてしまう。

婆は、穴の近くに杭を打ち込むと、そこに紐を繋げて、そろそろと穴の中に降りて行く。

穴の底には、これまで、馬場たちが放り込んで来た死人たちの白骨が散乱しており、鬼面の武者もそこで息絶えようとしていた。

武者が動かなくなったのを確認した婆は、まず、その鬼面を剥がそうとするが、不思議な事に面はなかなか外れない。

苦労の末、ようやく剥がしてみると、面の中の顔は、美貌どころか、二目と見られぬただれたような顔だった。

こうして、その武者から剥ぎ取った衣装、武具類を引っ張り上げた婆は、昼間持って行くには熱すぎると言って、その夜、一人で牛の元へ持って行くのだった。

婆を見送った嫁は、これ幸いと、いつものように芒の中を走って八の元へと向うが、途中で彼女は、突然目の前に出現した鬼と出会い、驚愕のあまり、家に取って返して震えあがる。

帰宅して来た婆は、その嫁の様子を見て、何かあったのかと尋ねるが、嫁は答えようとはしない。

次の日も、いっぺんに戦利品を持って行ったのでは、牛にいいように値切られると、少しづつ小分けにした武具を持って、夜出かける婆を見送った嫁は、又しても、芒の中に走り出るのだった。

すると、又、途中で、彼女を通させまいと身構える鬼と出会う。

こうして、嫁は、悪夢にうなされるまでになるのだが、そうした様子を、婆は薄笑いを浮かべて眺めていた。

一方、毎夜のように通っていた嫁が、ぱたりと来なくなったのを不審に思うと共に、自らの情慾にも堪え難くなった八は、自分の方から、嫁のあばら家に出向くが、その気配に気づいた婆によって、態良く追い払われるのだった。

その夜は嵐だった。

婆はいつものように、武具を持つと牛の元へ出かけると言う。

その後、嫁はやっぱり、薄の中に駆け出して行く。

途中、やはり、鬼に出会った嫁は、逃げ帰る途中で、たまたま、こちらも嫁に会いに来ていた八と、ばったり出会い、二人は雨の中、薄の中で抱き合うのだった。

その姿を見た鬼は、呆然と立ち尽くすのみ。

やがて、満足した八は、自らのねぐらに帰って来るが、そこに待っていたのは見知らぬ侵入者で、その相手から、驚く八は、突き殺されてしまう。

嫁の方も満ち足りた気分で家に戻って来るが、暗闇の中に誰かの気配を発見する。

その相手が振り向くと、それは鬼であった。

しかし、その鬼は、嫁に哀願するように訴える。自分は鬼ではなく婆なのだと。

自分は、お前を八に取られたくないため、面をかぶってお前を脅していたが、何故か、今日雨の中で面をかぶった後、その面が取れなくなってしまったと言うのだ。

それを聞いた嫁は、快哉とばかり、婆を罵る。「罰があたったのだ」と。

それでも、面を取ってくれと頼む婆を放っておく訳にもいかず、今後、何でも自分のいう通りにするか、八のところへ言っても文句は言わないか、昼夜と構わず寝るが、それでも良いか等と条件をだし、それを素直に飲んだ婆の面を剥がそうとする。

しかし、その面は取れず、無理に引き剥がそうとすると、婆は痛がって逃げるばかり。

日頃の鬱憤を晴らす気持ちもあってか、嫁は、その面を叩き割ろうと婆にむしゃぶりつくが、何度も叩いた結果、ようやく面は外れるが、その下に現れた婆の顔は、二目と見られぬ本当の鬼のような様相に変化していた。

恐怖で逃げる嫁を追って来る婆。

二人は、あの大きな穴の近くまで走って来る。

嫁は、その穴を飛び越えるのだが、婆の方は…。

芒ヶ原には「わしは人間じゃ!」という悲痛な声が響くのみであった…。

 

▼▼▼▼▼個人的なコメントはここから下です。▼▼▼▼▼

戦に明け暮れ、人心が荒廃仕切った時代に生きる二人の女たちの末路を描く幻想譚。

舞台はほとんど、川側の草っ原の中だけ。

明らかに低予算で、登場人物も限られており、地味な展開だが、見る者をグイグイ惹き付ける迫力がある。

乙羽信子と吉村実子が、ものすごいメイキャップと、胸も露な体当たり演技で、極限状態の人間の性(さが)を表現している。

ベテラン乙羽信子のなりふり構わぬ演技も見事なら、対する吉村実子の若い身体からほとばしるような自然体のエネルギーもすごい。

その二人の迫力が、白黒画面から滲み出て来る感じ。

佐藤慶、殿山泰司、宇野重吉など、脇を固める男優陣も渋いのだが、この作品に関しては、二人の女優の引き立て役にしか見えない。

それほど、二人の女優の存在感は圧倒的。

嫁の内に秘めた情慾を、その無言の食欲で暗示したり、芒の動きで人間の心理を象徴させるような撮り方をしている所も興味深い。

冒頭から最後まで、物語の核となっている「暗く深い穴」は、何を象徴しているのだろうか。

「人間の業」だろうか?