1949年、アメリカ映画、アーネスト・B・シュードサック監督作品。
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アフリカ、一件の屋敷に愛らしい白人の少女がいた。
ジル・ヤングである。
彼女は、現地人二人が持っていたゴリラの赤ん坊が気に入り、パパが農園に行って留守の間に、パパのフラッシュ・ライトと勝手に交換して買ってしまう。
そして、ジルは、そのゴリラにジョーと名付ける。
帰ってきたパパは困惑するが、ママのいないジルの事を考えると、強く叱る事もできなかった。
ジルは、ジョーに、大好きなフォスターの「夢路より帰りて」のメロディが流れるオルゴールを聞かせるのであった。
そして、12年の歳月が過ぎた。
ニューヨークの興行主、マックス・オハラは、新しく雇い入れた投げ縄名人のグレッグ・ジョンスンらと共に、ショーに使う猛獣を捕まえるためにアフリカを訪れていた。
ある日、彼らは、捕獲していたライオンの檻に近づく巨大なゴリラを見つける。
それこそ、成長したジョー・ヤングの姿だったのだ。
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モンスター映画の元祖「キング・コング」を作ったウィリス・H・オブライエンが特撮を担当した名作。
後年リメイクされた「マイティ・ジョー」のオリジナルでもある。
ジョーの造形は、アニマトロニクスやCGIの発達により、よりリアルなものを見慣れた現代人の目からすれば、チープな人形にしか映らないかも知れないが、逆に、その人形アニメ独特の動きや表情などが愛嬌となって、よりジョーというキャラクターに感情移入できるようにも思える。
アフリカでジョーを捕らえようとする、馬に跨がったカウボーイたちとジョーとの戦いのシーン。
合成を駆使した、ハリウッドのナイトクラブ「ゴールデン・サファリ」内部表現の豪華さ。
そのクラブを、酔っぱらわせられたジョーが破壊しつくすスペクタクルシーン。
さらに、有名な後半の焼ける孤児院から、ジョーたちが逃げ遅れた子供達を救い出そうとするシーン。
どのシーンも全て、手作り感に溢れ、ただただ見事というしかない。
特にクライマックスシーンの迫力は素晴らしく、今観ても、目頭を熱くさせるものがある。
モデルアニメの巨匠、レイ・ハリーハウゼンが、若き日に手伝ったとされるシーンである。
リメイク作の「マイティ・ジョー」との決定的な違いは、本作では「悪役が登場しない」所であろう。
ジョーを捕まえて、見せ物にしてしまうマックス・オハラにしても、クラブのヨッパライ達にしても、本質的な悪役ではない。
それでいて、ちゃんとサスペンスもスペクタクルも表現できている。
その辺が、本作を観た後も、嫌みを残さず、心に残るファンタジーに感じさせる要因になっているのだと思う。
古き良きハリウッド映画の香を残す、老若男女問わずにお薦めできる、名作ファンタジーの一本である。