「口座開設拒否は差別」 離脱5年以上の元組員、銀行を提訴

 本年6月5日の毎日新聞に、見出しの記事が掲載されていました(注)。
 警察の支援を受け、6年前に暴力団を離脱し、現在は建設関連企業で働いている男性が、本年4月、みずほ銀行水戸支店で口座開設を申し込んだところ、開設を拒否されたそうです。
 これに対し、暴力団を離脱して5年以上たっているのに口座開設を拒否されたのは不当な差別だとして、元組員の男性がみずほ銀行に対して10万円の損害賠償を求め水戸簡裁に提訴したというものです。
 暴力団対策、そして暴力団員の離脱支援等に関わってきた者として、残念の一言に尽きます。
 訴訟については、茨城県弁護士会民事介入暴力対策委員会(茨城民暴委)が支援しているとのことでした。
 みずほ銀行もそうだと思いますが、多くの金融機関は、事件報道等に基づき暴力団員等の反社会勢力関係者のデータベースを整備しています。特に暴力団員については、暴力団を離脱後、5年を経過しない場合、口座開設等の取引を拒否することが通常です。
 元組員の男性は、みずほ銀行以外の複数の地方銀行に口座開設を断られ、子供の給食費などは妻の口座から引き落としているとのことです。
 茨城民暴委が積極的に支援していることから、男性が暴力団を離脱し真面目に働いていることはまちがいないでしょう。
 私は、福岡県暴力追放運動推進センター(福岡県暴追センター)当時、福岡県警と連携し、複数の元暴力団員の口座開設支援に携わってきました。
 その中には、暴力団を離脱後、5年を経過しない人、警察等の就労支援を受けず、自ら仕事を見つけ働いている人も複数含まれています。
 警察の支援を受け、暴力団を確実に離脱したと認められる人の場合、警察や暴追センターに、金融機関等が相談してきた場合、暴力団員ではないことを回答します。
 口座を開設するか、しないかは、民事法上の「契約自由の原則」が当てはまります。金融機関側は自らの判断で契約することも、しないこともできるのです。
 ただ、電気、水道等の契約など特定の場合は、この契約自由の原則は適用されませんし、各種、法令で契約自由の原則も様々な規制を受けています。

 ガーシー議員関連の口座は?

 前参議院議員のガーシー容疑者(本名・東谷義和)が警視庁に暴力行為等処罰法違犯(常習的脅迫)容疑で逮捕されました。
 報道によると、ユーチューブ運営会社側から、ガーシー容疑者やその親族、東京の合同会社に1億円以上が振込まれていたそうです。
 もちろん、ガーシー容疑者らは暴力団員でも元暴力団員でもありません。
 しかし、銀行等はその口座取引規定書等に「この預金が法令や公序良俗に反する行為に利用され、またそのおそれがあると認められる場合」には口座開設を認めない、あるいは銀行側が解約する等の規定を置いてます。
 捜査の結果次第ですが、今後、ガーシー容疑者やこの合同会社等が新たに口座開設を申し込んでも、金融機関は認めないでしょう。また、現在の口座が解約される場合もあります。それは契約自由の原則によります。

 山口組組員の偽装離脱

 多くの金融機関が「5年条項」を設けている理由の一つに、暴力団の偽装離脱があります。
 私が担当していた工藤會の場合、まず、そのようなことはありませんでしたが、我が国最大の暴力団、山口組の福岡県内傘下組織では、頻繁に行われていました。
 特に、山口組など主要暴力団が表向き禁止している、覚醒剤事件で検挙された暴力団員の場合、それが顕著でした。
 覚醒剤事件で検挙された場合、組側が表向き「破門」等の処分を行い、裁判においても組員側は、それを理由に刑の軽減を訴えるのです。そして、刑務所を出所後、山口組本部に復縁届を行い、再び組員として活動を再開していました。
 口座開設だけではなく、建設業法や貸金業法など、許可を必要とする各種事業について、その業務の許可を取り消された者は、5年間、新たな許可を得ることができません。
 今回の訴訟では、原告側が、銀行側の不当性を立証しなければなりません。

 福岡県ではどうやってきたのか

 福岡県の場合、確実に暴力団を離脱し、真面目に頑張ろうとしている元暴力団員に対しては、県警、暴追センターが連携し、積極的な支援を行ってきました。
 離脱暴力団員を積極的に受け入れている協賛企業に限らず、それ以外の企業に就労した人、自ら事業を始めた人に対しても同様です。
 口座開設ができないと相談を受けた場合、まず、警察、暴追センターが本人の話をしっかりと聞き、真に暴力団を離脱し、真面目に頑張っていることを確認します。
 そして、相談者の承諾を得た上で、複数の金融機関に内々に協力要請を行いました。
 その上で、警察の離脱支援担当者や当人、金融機関側と話し合いの場を設けるなどして、互いの信頼関係の構築に努めました。
 例えば、口座開設の契約書には、5年条項の記載がありますが、それを削除、押印した上、当人から、暴力団離脱後、5年経過していないが、暴力団から確実に離脱し、今後も一切関係を持たない旨の誓約書を提出します。
 警察や暴追センターが連帯責任を負うことはできませんが、当人の諒解を得た上で、当人からの相談要旨、暴力団員ではないことなどを金融機関側に説明し、了解を得てきました。
 茨城の場合もそのようにやってこられたが、銀行側の了解を得られなかったのかもしれません。その点が残念です。

 就労できたのは1318人?

 毎日新聞の報道では、「一方、92~2022年に警察などの支援で約1万8300人が暴力団を離脱したが、就労できたのは1318人にとどまる。」とありました。
 よくある間違いですが、1318人は、あくまでも警察等が就労支援を行い、就労した人の数です。
 実際には、それ以外の人たちも大多数が自ら仕事先を見つけ就労しています。
 暴力団を離脱し、真面目に頑張ろうとしても、今回のような問題は生じます。
 一方で、金融機関側が犯罪を予防し、暴力団等反社会的勢力を排除することも重要です。
 でも、離脱後5年経過していなくても、また警察の就労支援を受けていなくても、本当に真剣に頑張っている人については、口座開設は可能なのです。
 福岡ではそれを実現してきました。
 そのために、就労受入先の企業、金融機関や行政等に対し、暴力団員の離脱・就労支援に対する理解と協力を地道に求めてきました。
 真面目に働きたいが、健康上の理由で働けない元暴力団員には生活保護受給の支援も行ってきました。

 暴力団員になるために生れてきた人間などどこにもいません。
 暴力団は簡単には辞めることができません。暴力団を離脱し、真面目に頑張ろうとしている人に対しては、積極的な支援が必要です。
 一方で、暴力団が存在している限り、暴力団の違法・不当な行為の被害を受ける市民・事業者が無くなることもありません。
 暴力団員として活動してきた過去は変えられません。しかし、未来は変えることができます。
 被害者も加害者も作らないため、警察、暴追センター、民暴委員の皆さんの更なるご活躍を期待したいと思います。

 令和5年6月8日 暴追ネット福岡代表 藪正孝

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