「推認」と「直接証拠」~暴力団壊滅、道半ば。来年もよろしくお願いします。

 8月24日の工藤會・野村総裁、田上会長に対する判決を受け、急遽、彩図社から『福岡県警工藤會対策課』を出版させていただきました。
 その出筆作業等で、このホームページの更新も滞ってしまいました。
 令和4年は、積極的に発言していこうと思っております。
 野村総裁に対する死刑判決は、正直、私にとっても予想以上でした。今回の4つの事件のうち、3つの事件の捜査については直接関わってきましたし、一連の公判に関する報道を見ても、有罪は確信していました。
 ただ、検察の求刑した死刑に対し、判決は無期懲役か懲役刑の最高である懲役30年ではないかと思っていました。

 刑事裁判の事実認定

  今回の判決に対しては、特に事実認定について批判的意見も多いようです。
 報道では、判決を下された野村総裁は、「『公正な判断をお願いしたんだけど、全部推認、推認。こんな裁判あるんか。あんた、生涯、この事後悔するよ』と足立勉裁判長に向かって強い口調で発言した。」(西日本新聞報道)そうです。
 ここでは、刑事裁判におけるの「推認」は「多分そうだろう」といったいい加減な判断ではなく、間接証拠を積み重ねた結果、矛盾なく認められたものだということを申上げておきたいと思います。
 刑事裁判の事実認定、そして今回の判決の事実認定に関しては、次回、詳しく私の考えを申し上げますが、ここでは「推認」と「直接証拠」について触れてみたいと思います。
 刑事裁判における事実認定は「残された痕跡から過去の犯罪事実を推認する過程にほかならない。そして、訴訟上確認すべき事実を推認する根拠となる資料を証拠という…」(※1)とされています。
 いきなり「推認」が出てきましたが、刑事裁判では「推認力が認められる」「推認力が弱い」など、日常的に使われています。
 そして「証拠」とは、刑事訴訟上確認すべき事実を推認する根拠となる資料のことです。
 証拠の判断は、あくまでも裁判官の判断に委ねられますが、決して独断は許されず、合理的な疑いを生じる余地のない程度の心証(確証)が必要とされています(※2)。
 このため、一審や二審で有罪と認定されたものが、「推認力が弱い」として最高裁で無罪となったり、逆に一審、二審で無罪とされた事件が最高裁では「推認できる」として有罪となる場合もざらです。
 また、「直接証拠」がない中、「間接証拠」の積み重ねにより死刑判決を下したとの批判もあるようですが、直接証拠と間接証拠の違いに対する誤解があるようです。
 例えば、殺人事件現場に被告人の指紋が残されていた場合、皆さんはこの指紋は直接証拠、あるいは間接証拠、どちらだとお思いですか。
 実は間接証拠になります。
 この違いについて刑事訴訟法の解説書では次のように述べられています。


 犯罪事実を直接証明するのに用いられる証拠が直接証拠であり、具体的には目撃者の証言、被害者の証言、被告人の自白、又はそれらの者の供述調書などである。これに対し、 間接証拠とは、犯罪事実を直接にではなく、一定の事実(間接事実)を証明することにより犯罪事実の証明に寄与する証拠であり、例えば、犯行現場に残された犯人の指紋や凶器の存在などを証明する証拠がこれに当たる。犯罪事実は、実際には多くの間接事実によって推論されていく。 例えば、指紋や凶器の存在から特定の人物が犯行現場に居たこと(間接事実)を証明し、その事実などから、その者による犯行を推認することが可能となる。間接証拠のみによって、有罪を認定することも可能である(最判昭38・10・17刑集17・10・1795)。間接証拠のことを状況証拠ともいう(※3)。


 直接証拠の典型的なものが、被告人の自白、共犯者の供述、被害者の供述などの供述証拠です。このため、捜査側は被疑者の自白を何とか得ようと努力しますし、時に無理をしてしまうこともあるのです。
 今回、判決が下された4件の事件について、野村総裁、田上会長ともに否認です。二人につながる菊地理事長など主要幹部ももちろん否認です。親分を守る、それが博徒以来のヤクザ、暴力団の伝統です。
 このため今回の裁判では、90名以上の証人が公判で証言したほか、検察は警察が捜査により得てきた間接証拠を積み重ねていったのです。それに対する福岡地裁の判断結果が今回の有罪判決です。

 判決を下した裁判長

  そして、この裁判を担当された足立勉裁判長は、決して警察、検察に甘い方ではありません。時に無罪や一部無罪の判決も下しています。
 今年1月21日にも、『太宰府暴行死事件』と呼ばれている事件の判決で、元暴力団員に対し一部無罪判決を下しました。この判決は2審の福岡高裁も支持し、本年6月、検察の控訴を棄却しています。
 この『太宰府暴行死事件』とは、佐賀県の女性(当時36歳)が福岡県太宰府市の女らから散々金を奪われた上、酷い暴行を受け死亡、ご遺体の処理に困った女が知人である元暴力団員に相談し、さらに被害女性の夫から金を脅し取ろうとした事件です。
 1月の判決文については、最高裁のホームページで公開されていたので、内容を確認しました。1審の福岡地裁判決は、元暴力団員に対し死体遺棄については無罪、恐喝未遂については懲役2年、執行猶予4年の判決でした。元警察官である私にとっては厳しい内容でしたが、論理的、合理的な判決だと感じました。
 なお、主犯の女に対しては、本年3月、福岡地裁の別の裁判長が懲役22年の判決を下しています。

 野村総裁、田上不美夫会長は、恐らく最高裁まで争い、さらには再審請求等も繰り返すのではないかと考えていますが、今回の判決が揺るぐことはまずないだろうと感じています。
 年明けには、福岡県警から県内暴力団の勢力等が公表されると思います。恐らく、県内暴力団、さらには全国暴力団はその数をさらに減らしているでしょう。しかし、暴力団壊滅道半ばです。来年もよろしくお願いいたします。

   令和3年12月31日(金)