工藤會職務質問専門部隊「特別遊撃隊」(1)

 5月20日、文藝春秋の文春新書から『県警VS暴力団~刑事が見たヤクザの真実』を出版することができました。。
 270ページと、新書としては大部のものとなりましたが、ページ数の関係もあり、これでも相当部分を削除したり簡略化しました。
 簡略化した記事の一つが、工藤會暴力団員らに対する制服警察官の活躍です。彼らの地道な活動も、暴力団員に対する実態把握や事件捜査に大いに役立っています。
 本では削除せざるを得なかった一部をご紹介したいと思います。

北九州地区暴力団総合対策現地本部

 本にも書きましたが、昭和62年、それまで抗争を続けていた工藤会(当時)と草野一家(当時)が合併し、工藤連合草野一家(現・工藤會)が結成されました。
 当時、北九州地区には、独立団体・土谷会(本拠・門司区)や合田一家(本拠・山口県下関市)傘下組織(主な活動区域・八幡東区・八幡西区)のほか、山口組傘下組織も存在していました。しかし、工藤会と草野一家の合併により、工藤連合草野一家が北九州地区最大勢力となり、活動が活発化することが予想されました。
 このため、福岡県警では、同年以降、平成8年春から平成10年春までの約2年間を除き、ほぼ100名以上の専従態勢で工藤會取締りを続けてきました。
 特に、平成15年8月に発生したクラブ襲撃事件以降、工藤會に対する集中的な取締りをさらに強化しました。しかし工藤會は弱体化するどころか、勢力を増大させ凶悪事件を繰り返して行きました。
 平成15年3月から2年間、私は捜査第四課管理官として工藤會取締りを担当しましたが、平成17年3月に県警本部暴力団対策課(現・組織犯罪対策課)の次席に異動になりました。
 この時、当時の刑事部長から抜本的な工藤會対策を指示され、捜査第四課、薬物銃器対策課、更には警察の人事等を担当する警務部警務課と共に検討を続けました。
 その結果、福岡県警は、平成18年3月、北九州市警察部長をトップとする「北九州地区暴力団総合対策現地本部」(以下「現地本部」)を発足させました。
 県警では、従来の捜査第四課特捜班のみならず、知能犯罪を担当する捜査第二課、窃盗事件を担当する捜査第三課、薬物・銃器犯罪を担当する薬物銃器対策課という刑事部各課のみならず、生安部から少年課、生活経済課などの特捜班を専従させました。
 専従特捜班員だけで200名以上になりました。

北九州地区を管轄する機動警察隊

 北九州市警察部と言ってもどのような組織かわかりにくいと思います。
 福岡県警には、福岡市警察部と北九州市警察部という二つの「市警察部」(略称・市警)があります。
 警察活動の基本を定めた警察法では、政令指定都市に「市警察部」を置くこととされ、都道府県警察本部の事務を分掌するようになっています。そのトップが市警察部長です。
 ただ、大部分の政令指定都市はその府県の県庁所在地、つまり道府県警察本部の所在地です。このため、市警察部長も他の部長が兼務したり、あるいは部長以下必要最小限の態勢としている府県が多いようです。
 福岡県は福岡市と北九州市の二つの政令都市があり、それぞれ市警察部があります。北九州市は県警本部がある福岡市から距離的にも離れています。このため、おそらく全国で唯一と思いますが、昭和38年4月以降、実動部隊を有する北九州市警察部が存在しています。
 私も、警部補時代、捜査第四課に異動になる前には、北九州市警察部刑事課機動捜査係(当時)、いわゆる「機捜」の係長を経験しました。
 現在、北九州市警察部の下には機動警察隊(略称・機警隊)という実動部隊があります。
 全国警察にも私服刑事の私服パトカー部隊である機動捜査隊(班)、制服警察官のパトカー部隊の自動車警ら隊(班)、交通取締りを行う交通機動隊(班)が存在しています。
 福岡県警では、福岡県内を4地区に分けています。福岡市など県北西部の福岡地区、北九州市など県北東部の北九州地区、県中部の筑豊地区、南部の筑後地区の4つです。
 福岡県警にも、機動捜査隊、自動車警ら隊、交通機動隊がありますが、これらの部隊は北九州地区以外の3地区を管轄しています。
 北九州地区は、北九州市警の機警隊が管轄しており、機警隊には制服警察官のパトカー部隊である警ら・機動取締班、私服の機動捜査班、そして交通取締り専門の特別機動取締班という3つの班、そして特別遊撃班があります。
 

工藤會職務質問専門部隊「特別遊撃隊」

 平成18年3月に現地本部を開設した際、県警は、機警隊に工藤會専門の職務質問部隊「特別遊撃隊」(略称・特遊隊。現・特別遊撃班)を新設しました。
 警部の隊長以下、約20余名の制服警察官のパトカー部隊です。
 なぜ、工藤會専門の職務質問専門部隊を作ったのか。それは、当時、工藤會は組員に対し「警察の職務質問には応じるな」と徹底していたからです。
 工藤會組員らは、私服刑事の機動捜査班の職務質問には応じる場合もありましたが、制服警察官の機警隊や所轄警察署のパトカー勤務員による職務質問には応じようとはしませんでした。
 工藤會組員も、交通違反があった場合は、逃走すると警察に逮捕されますので、その場合は渋々停車し、反則切符等の作成には応じました。しかし、それ以外の場合、停車はしても、免許証も窓越しに見せるだけ、さらに警察官が職務質問を続けようとすると、彼らは応援を呼んで警察官に抗議しました。このため、事実上、工藤會組員に対する職務質問は困難になっていました。
 このため現地本部新設前から、県警内部では職務質問専門部隊の設立も検討されていたのです。私が拘ったのは一点だけ、それは職務質問部隊を制服勤務とすることでした。
 それは、北九州地区の市民の皆さんに、県警が工藤會組員に対し積極的に職務質問をしている姿を見ていただきたかったからです。
 次回は、この特遊隊や他の制服警察官らの活躍をご紹介したいと思います。

     令和2年5月24(日)