特定抗争指定暴力団

 報道によると、抗争状態にある六代目山口組と神戸山口組に対し、暴力団対策法に基づく「特定抗争指定暴力団」としての指定作業が進められているようです。
 特定抗争指定暴力団として指定されたらどうなるのか。その効果は中々わかりにくいと思います。恐らく、両団体が特定抗争指定暴力団として指定されることにより、今後、抗争が封圧されるのみならず、両団体の活動にも大きな影響があるだろうと思います。
 現在まで、この特定抗争指定暴力団に指定された暴力団は、福岡県の道仁会と九州誠道会(現・浪川会)の二つしかありません。
 両団体は、福岡県公安委員会等から平成24年12月に特定抗争指定暴力団に指定されました。私は、その翌年3月、道仁会の本拠地を管轄する久留米警察署長を命ぜられました。
 その3ヶ月後の6月、道仁会最高幹部が久留米警察署を訪れ、九州誠道会側と協議の結果、抗争を終結し、九州誠道会は「解散」する旨の「誓約書」を提出しました。
 両団体が抗争を終結するに至ったのは、関係警察署など関係部門の徹底した取締りや、勇気をもって暴力団排除に取り組んだ市民、そして福岡県、久留米市、大牟田市など関係行政機関の御支援の成果だと考えています。
 一方で、両団体が特定抗争指定暴力団に指定されたことも、大きな理由だったと思います。
 私は、たまたま、その当時に久留米署長だったにすぎません。とはいえ、特定抗争指定暴力団としての指定の効力を現場で実感した者の一人として、当時の状況を簡単に書いておこうと思います。  

 抗争事件が止まった

 平成18年に発生した一連の抗争事件では、福岡、佐賀、長崎、熊本の4県下において、死者14人、銃器等使用の対立抗争事件47件が発生しました。
 死者の1人には、平成19年、佐賀県武雄市の病院で九州誠道会関係者と間違われて射殺された市民も含まれています。山口組と神戸山口組との一連の抗争では、特に最近、市民を巻き込みかねない事件が続発し、暴力団幹部ら3人が死亡しています。暴力団員であっても彼等も人間です。殺されて良いはずはありません。
 道仁会、九州政道会の抗争で、道仁会側は三代目会長を射殺されました。そして一連の事件では、拳銃のみならず火焔ビン、さらには自動小銃や手榴弾まで使用され、市民に大きな不安を与え続けました。
 そのような中、平成24年8月1日に、改正暴力団対策法が施行になりました。
 この時の改正では、特定抗争指定暴力団のほか、現在、工藤會が指定されている特定危険指定暴力団に対する規制も設けられました。
 この年も、4月に九州誠道会幹部に対する拳銃使用の殺人未遂事件が発生し、8月21日には、久留米市内の道仁会傘下組織事務所に手榴弾が投げ込まれました。
 ところが、福岡県公安委員会など関係公安委員会が、両団体に対する特定抗争指定暴力団の指定作業を開始すると、抗争事件は完全に止まったのです。
 福岡県公安委員会では、両団体が「抗争終結」を宣言した後も1年間、状況を見極めた上、平成26年6月、両団体に対する特定抗争指定暴力団としての指定を取りやめました。それ以降も抗争事件の発生はありません。  

 なぜ抗争は終結したのか

 それは、何よりも特定抗争指定暴力団に対する規制の効果が大きかったと思います。
 具体的には、指定暴力団の抗争事件による危害が発生し、それが続くと認められる場合、管轄する都道府県公安委員会は、警戒区域と呼ばれる区域を定め、3月以内の範囲で抗争中の指定暴力団を特定抗争指定暴力団として指定することができます。この指定は必要があれば更新できます。
 特定抗争指定暴力団に指定されると、暴力団事務所を開設することはもちろん、既存の事務所も使えなくなります。相手方暴力団員につきまとったり、居宅、事務所周辺をうろつくことも禁止されます。
 さらに決定的なのは、警戒区域内では多数で集合することが禁止されるのです。
 多数とは、具体的には5人以上です。
 そしてこれらの禁止行為違反は罰則規定があり犯罪です。例えば、道仁会本部事務所があり、警戒区域となった久留米市内で、道仁会や九州誠道会の暴力団員が5人以上集まっただけでも違反になります。相手を襲撃するために、相手の事務所や居宅を下見するだけでも、警察官に見つかれば逮捕されてしまうのです。
 私が平成25年3月に署長として着任した当時、既に久留米警察署では、事務所使用制限の対象となった道仁会会長本家前で24時間体制で監視活動と職務質問を行っていました。
 会長本家は、会長の自宅であり、会長以下数人の道仁会暴力団員が住所にしていたため、住居部分については使用は制限されていませんでした。
 しかし、5人以上集合することは禁止されていましたので、例えば道仁会本家に幹部が立ち寄れば、本家にいた暴力団員が外出し、絶対に5人以上にならないように気をつけていました。
 暴力団にとって、定期的に幹部や暴力団員を集めるということは非常に重要です。直接、顔を集めることが大事なのです。そのために、指示事項は毎度変わらず、10分程度で終わる定例会でも、毎回、多数の暴力団員を集めるのです。
 道仁会でも、指定前には他県などで行っていた定例会、幹部会の開催が段々と難しくなっていきました。
 特定抗争指定暴力団指定の半年後、ある道仁会傘下組織組長が次のように語っていました。
 特定抗争指定暴力団に指定される前には約30人の組員がいたそうです。ところが、指定後は半分の15人に減ったそうです。久留米市内で5人以上集まっただけでも、警察に見つかれば逮捕されます。携帯電話での連絡が主になったそうですが、そのうち電話にも出ず、どこにいったか分からない組員が何人も出てきたそうです。

 特定抗争指定の効果

 恐らく、山口組、神戸山口組とも、特定抗争指定暴力団として指定されると、道仁会などと同じ状況が生じるではないかと思います。
 全国の暴力団の中で唯一、特定危険指定暴力団に指定されている五代目工藤會も、本部事務所の使用制限が続いていました。先月、工藤會側が売却を決定し、現在、本部事務所の解体作業が進んでいます。
 福岡県では、特定抗争指定暴力団として指定後、道仁会、九州誠道会ともに警戒区域内で暴力団員が集まることに対して非常に警戒していました。このため、残念ながら検挙には至りませんでした。
 山口組では、定期的に直参組長を集めて会合等を行っていました。特定抗争指定暴力団として指定されれば、組長どころか組員が警戒区域で5人以上集まるだけで逮捕されます。
 それは、彼等の違法・不当な行為の防止につながります。あるいは襲撃の下見にやってくれば、その場で逮捕することもできます。
 特定抗争指定暴力団として指定は、何よりも、市民に不安を与え続けている卑劣な抗争事件を抑止し、そして両団体の弱体化につながるものと確信しています。

    令和元年12月5日(木)