暴力団捜査とノーサイド

 ノーサイドと言っても、ラグビー・ワールドカップと暴力団がどうこういう話ではありません。
 今回のワールドカップでは、日本チームについて、日本人選手だけではなく外国出身、外国籍の選手の活躍が広く報道されています。また、日本チームだけではなく、相手チームなど他国チームへも市民から惜しみない声援が送られてます。
 ノーサイドという言葉は、戦いが終われば敵も味方もないという意味だそうです。
 ラグビーなどスポーツ、その他の競技のみならず、多くの場合、一部の例外を除いて素晴らしいことだと思います。  

 暴力団とノーサイド

 一部の例外というのは暴力団対策です。数年前、私がまだ福岡県警の現役当時、暴力団事件に関連してノーサイドという言葉を耳にしました。
 ある県内の暴力団幹部が、福岡県警以外の都道府県警察に逮捕され、その後、起訴されました。
 幹部の取調べが終了し、幹部の取調べを担当した捜査員が別れの際に言った言葉が、「これからはノーサイドで行きましょう」という言葉でした。
 その捜査員がどのような意味で言ったかはわかりません。私は「恨みっこ無しでいきましょう」という意味に受けとりました。
 逮捕され取り調べられた暴力団幹部の口から出た言葉ならまだわかりますが、取調官から出たということに違和感を感じました。
 というのは、暴力団捜査に従事してきた先輩捜査員や、私が知る限りの現役捜査員で、そのような言葉を口にする者は皆無だからです。
 暴力団事件で多くの場合、検挙された暴力団員は、検挙されたから、そして起訴されたからと言って、取調官を恨むということはまずありません。彼らは、自分らが犯罪行為を現に行い、それを取り締まるのが警察の仕事であると理解しているからです。
 この暴力団幹部の名誉のために言うと、彼は取調官に対して脅迫的な言葉は一切言っていないようです。
 しかし逮捕された暴力団員の中には、「絶対にあんただけは許さん」とか「月夜の晩ばっかりやないぞ」など脅迫的な言動を行う者も時にいます。これらは立派な脅迫です。
 福岡県では、過去、工藤會から捜査第四課の元警部方が放火され、警察職員住宅に爆弾を仕掛けられたりしました。さらに平成24年には、長年工藤會対策に従事した別の元警部が、工藤會組員に拳銃で撃たれ重傷を負う事件も発生しています。
 この暴力団幹部を取り調べた取調官は、そのようなことを聞いていたのかもしれません。
 その点では、この取調官を責める気にはなれません。
 殺人事件など凶悪事件で被疑者は、犯行を認めれることにより死刑となることもあります。否認すれば助かったかも知れない、その場合、被疑者の憎しみは取調官に向かうこともあるでしょう。
 でも、暴力団員から脅迫を受けても、取調べを担当した捜査員は、逆に「やるならやれ」と切り返して終わるのが常です。それは、それだけの覚悟を持って暴力団員の取調べや捜査を行っているからです。
 平成26年9月以降、福岡県警は、私が担当していた当時、解決に至らなかった工藤會による多くの凶悪事件を検挙、解決してきました。
 そこには、工藤會暴力団員や関係者を取り調べた捜査員はもちろん、地道な裏付け捜査を行った捜査員、それを指揮した捜査幹部らの努力の積み重ねがあったと思います。
 凶悪事件に関わった暴力団員も人間です。一人の人間対人間として向き合ったとき、自らの犯行を後悔し、罪を認める暴力団員も多いのです。更に、暴力団組織を裏切ることとなっても、上位幹部の指示や関与を認める者もいるのです。
 それは、取調官が凶悪事件被害者のため、そして暴力団による卑劣な事件を繰り返させないため、時に暴力団側からの威圧があったとしても、覚悟を持って取調べに当たっているからだと思っています。  

 「昔はよかった」

 十数年間、ある暴力団幹部と話したとき、彼の口から「昔はよかった」、「正直なところ、警察にはもっと威厳を持ってもらいたい。昔は、警察の言うことを我々も聞いていた」という発言がありました。
 以前は、暴力団事件が発生すると、暴力団担当の捜査員が暴力団幹部に犯人の「自首」を求めるということがありました。また、勾留中で接見禁止(面会禁止)の暴力団員に妻と面会させるなど違法・不当な便宜供与を行う捜査員すらいました。
 今、少なくとも福岡県警ではそのようなことはないと思っています。
 その暴力団幹部は更に「警察と取引しようとか、仲良くしようとは思っていないが、我々を手のひらの上で遊ばせる位の度量があってもいいやないですか」と続けました。
 それに対し私は「警察とヤクザは水と油です。仲良くしたり、手心を加えることなどあり得ないし、するつもりもありません」と答えました。以後、その考えは全く変わりません。
 暴力団取締りにノーサイドはあり得ません。
 一方で、現場の取調官、捜査員の努力に強く頼っている現在の暴力団取締りは限界ではないかと思っています。
 暴力団では、組織のために事件を起こした場合、検挙され服役しても、自分だけで止めれば、生活費や報奨金を支給することが多いのです。そして、刑務所から出所すると幹部に昇任します。
 殺人事件で18年間服役した、ある暴力団幹部は、出所後、少なくとも8,000万円を受け取り、組長に昇格しました。
 一方で、検挙された暴力団員が真に反省し、正直に組織の関与を認めた場合でも、それに対し、捜査側は求刑を軽くしたりはできません。また、法的な保護制度もありません。
 彼らは暴力団組織の一員であるがために、上からの命令で何の恨みもない被害者に手を下さざるを得ないのです。ある意味、彼らも被害者です。
 アメリカやマフィアの本場イタリア、その他のヨーロッパ諸国では、マフィア犯罪やテロ犯罪に対しては、司法取引や捜査協力者、被害者に対する法的保護制度を整備してきました。
 一部メディアは「司法取引」と呼んでいますが、日本でも、昨年6月、組織的な覚醒剤犯罪など特定犯罪について協議・合意制度が始まりました。
 この制度は、特定犯罪の被疑者、被告人が、指示・命令者など他人の犯罪に関連し、

 に対し、検察官が公訴を提起しなかったり、軽い罪で起訴する、軽い求刑を行うことなどを内容とする「合意」ができるものです。
 アメリカでは、一緒に殺人事件などを行った犯罪者の一人が司法取引に応じると、一切罪に問われない場合もあるようです。一方、日本の制度は大きく異なっています。
 何よりも真実の供述・証拠が求めら、虚偽の供述等に対しては罰則が科せられます。そして協議・合意の過程に弁護人の同意が求められています。
 現在まで、協議・合意制度が実施されたのは、数例にとどまり、暴力団事件では皆無のようです。また、暴力団による犯行が多い、組織的殺人事件は対象となっていません。この協議・合意制度についても、是非、適正かつ効果的な活用が行われることを願っています。
 暴力団取締りにノーサイドはあり得ません。特に、自らは手を汚すことなく、配下暴力団員等から上納される金で贅沢に暮らし、「仁侠」などときれい事を言う暴力団トップに対してはそうです。
 しかし、真に反省し、暴力団組織を裏切ることになってでも、真実を供述した者に対しては、例外としてあってもよいのではないでしょうか。
 現在行われているラグビー・ワールドカップ、ノーサイド精神で、日本チームの勝利、他のチームの活躍を願っています。

                           令和元年10月8日(火)