暴力団は「仁侠団体」か

 本年、4月(※注1)から福岡県暴力追放運動推進センターの専務理事となりました藪と申します。よろしくお願いいたします。  

 暴力団は「仁侠団体」?

 福岡県は、全国最多5団体の指定暴力団が存在し、また、暴力団員による発砲事件、市民に対する襲撃事件が相次ぎ、「暴力の街」などと言う人もいました。
 一昨年来、福岡県警による工藤會トップらの度重なる検挙、隔離など、福岡県における暴力団対策が着実に成果を上げていることを感じています。
 ただ、福岡県から直ちに暴力団が無くなる情勢とは思えません。
 レンタルビデオ店に「仁侠」コーナーがあって、暴力団を扱った映画やドラマのDVDが多数置かれているのは福岡県だけかも知れません。しかし、「暴力団は悪いことをするが、中にはいいヤクザもいる」と言われると、何となく納得してしまう人もいるのではないでしょうか。
 数年前、全国で暴力団排除条例が施行された際に、著名な憲法学者が暴力団について「しかし、私たちは一方的に『暴力団』と呼んでしまっているが、実は、これは『仁侠』団体と呼ぶべきものであろう」と新聞のコラムに書いていました。
 また同じ頃、一部の評論家、作家などのグループが「『暴力団排除条例』の廃止を求め、『暴対法改定』に反対する共同声明」を出したことがありました。
 その中のお一人は、「日本のやくざには約五百年の歴史があり、長い間、権力・市民社会の双方から利用されてきた。やくざはまぎれもなく一定の役割を果たしてきた。決して百パーセント社会の敵でありつづけてきたわけではない。」と書いています。
 興味深いのは、暴力団容認論を語る人達が、古くは幡随院長兵衛、清水の次郎長から、昭和の三代目山口組・田岡一雄組長については語っても、現在進行形の暴力団の実態、特にその資金獲得活動については触れようとしないことです。
 個人的な話になりますが、工藤會を中心に暴力団の取締りを担当していた関係上、過去、現在のヤクザ、暴力団について少し勉強してきました。
 結論としては、「時にましなヤクザはいても、良いヤクザなどどこにもいない」ということです。
 暴力団のトップは自ら手を汚す必要はありません。工藤會の野村悟総裁は多額の脱税で検挙、起訴されました(※注2)。
 以前、六代目山口組の篠田建市組長が中央紙のインタビューで、組の資金源について質問され「基本は正業だ」と答えていました。また、末端組員の中に一部不届き者がいるが、「山口組は厳しく覚醒剤と不良外国人との接触を禁じている」と語っていました(※注3)。
 篠田組長が10億円、山口組ナンバー2の髙山清司若頭が15億円の保釈金を支払いましたが、どのような「正業」でその金を稼いだのでしょうか。
 以前、県内の山口組員の活動実態について調べてみたところ、対象者約80名の50%以上が覚せい剤の検挙歴を有し、しかも大半は組から何の処分も受けていませんでした。
 

 福岡県は「暴力の街」?

 冒頭に触れたように、ここ数年、福岡県警では、運営指針の三代重点目標のトップに「暴力団の壊滅」を掲げ、暴力団対策において目覚ましい成果を上げています。
  福岡県警では、昭和39年以降、県警全体の重点目標を掲げるようになりましたが、現在までのほとんどの期間、その中に暴力団対策を掲げ取り組んできました。
 昭和39年の前年である昭和38年中の殺人事件発生で、福岡は東京、大阪に次いでワースト3位でした。昭和30年代前半には全国最多が続き、まさに「暴力の街」でした。
 昭和33年中は全国2,683件の発生に対し、福岡県は253件と実に全国の1割近くを占めていました。そして、その多くに暴力団が関わっていました。同年、殺人事件で228名の暴力団員等を検挙しています。ちなみに、平成27年中は、全国933件の殺人事件発生に対し福岡県は全国8位40件と激減しています(※注4)。
 

 組織犯罪に対する新たな捜査手法

 暴力団が無くならない理由の一つは、国民の一部に存在する暴力団容認論だと思います。もう一つは、最近まで暴力団対策に特化した法令が存在しなかったことがあると思います。平成3年に「暴力団員による不当な行為の防止等に関する法律」が制定され、平成21年以降、福岡県を嚆矢に暴力団排除条例が制定、施行され、確実に暴力団は弱体化しつつあります。ただ、捜査手法の面においては決して充分ではありませんでした。
 本年5月、薬物・銃器犯罪など一部の組織的犯罪において、自ら犯行を認め、捜査・公判に協力する被疑者・被告人に対し、求刑等において便宜を図る、協議・合意制度や刑事免責制度を含む改正刑事訴訟法が成立しました。また、厳格な規制の下での通信傍受の要件緩和も認められました。一部報道機関は「司法取引」とレッテル貼りをしていますが、これらの手法は、アメリカやイタリアなど多くの国で組織的犯罪対策に大きな成果を上げています。これらの新たな取締手法については、福岡県知事、北九州・福岡両市長が、暴力団対策法の改正とともに、何度も国に対し要請をされてきました。今後、この新たな手法が、暴力団取締りにおいても効果を発揮することを心より祈っています。
 

 暴力団員に対する離脱・就労支援

 「なぜ暴力団員に仕事の斡旋までするのか」と疑問をお持ちの方もいらっしゃると思います。暴力団は幾ら綺麗事を言っても、覚せい剤密売やみかじめ料名目の恐喝、中にはニセ電話詐欺や組織的窃盗事件を繰り返す者も多くいます。存在そのものが社会に取って大きなマイナスです。元々、真面目に働くのがいやで暴力団に入った者もいます。せっかく離脱しても、再び暴力団に戻ったり、新たな犯罪に手を染める者も出てきます。
  一方で、離脱を機に真面目に働きたいと考えている者も多くいます。当センターは、そのような暴力団員、元暴力団員、そしてその家族のために、少しでも力になりたいと考えています。この点につきましても、皆様のご支援、ご協力をお願いいたします。
 

 暴力団対策は危機管理

 現在、当センターには、長年暴力団対策に携わってきた相談委員に加え、福岡県弁護士会民事介入暴力対策委員会弁護士の皆さんと緊密に連携し、各種相談、暴力団事務所撤去等の訴訟支援などを行っています。
 暴力団が存在し、各種違法・不当な行為を続けている現状において、暴力団対策は、個人や事業者・各種団体の皆様にとって、ある意味で、究極の危機管理かもしれません。
 当センターでは無料相談、各種会議・集会等への講師派遣を行っています。
 これからも、暴力団の存在しない福岡県のため、ご支援、ご協力をお願いいたします。


 平成28年6月「県民の絆」第50号(福岡県暴力追放運動推進センター)より

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