ショート・ショート「夜明け」

  西暦9999年もあと数ヶ月という頃、ある社会不安が起こりつつあった。
「私が調査したところ、人類が絶頂期に向けて急成長しつつあった大昔、同じ問題があったようです。Y2K問題と呼ばれていたようですが、人類はうまく切り抜けたということです」
大統領の信任あつい平戸はあまり浮かない顔で報告した。
「なに? さすが平戸君の調査だな。そういうことはもっと胸を張って言ったらどうだ。で、そのときはどうやって切り抜けたんだ?」
大統領の広出は聞いた。
「それが・・・その頃は人類がコンピューターと呼ばれる−今でいう新人の原型みたいな機械だったらしいのですが−そのコンピュ−ターを発明して間もないころだったので、仕組みがわかっていたらしいのです。 なんでもソースコードとかいうものが当時は残っていて、 新人ゲノムの進化を待つことなく人為的にいじることができて、 それで対処できたということです」
一同からため息が漏れた。
「皮肉ですな。新人をまるでモノのようにいじっていたような野蛮な時代だからこそ問題を解決できたというわけですか」
遠い昔、新人には人格権が与えられずまるで機械のように扱われていたことがあった。それどころか人間集団という得体の知れない概念に法人とかいう人格権が乱発的に与えられて猛威を奮っていた滑稽な時代だったそうだ。
「どうしたらいいのだ。 今や新人類の仕組みがわかっている人間なんかおらんじゃないか」
「これは運を天にまかせるしかありませんね」
「仕方がない。例の3人の賢者というのを呼べ。彼らに我らの運命を託そう」

 3人の賢者は話し合った。しかしこればかりは解決案が何も出て来ない。彼らは何日も死ぬほど考え抜いて苦しんだ。そんなある夜・・・
「ねえ、同志のお二人さんよ。別に暦が0000にリセットされてもかまわんではないか。当面悲惨な事件がいろいろ起こるかも知れないが、滅亡するわけではなかろう。 新しい暦で人類も新たに出直せばいいのだ」
「それは素晴らしい考えだ。もしかするとそれが神様のおぼしめしかも知れないぞ」
「なるほど。それは考えつかなかっ・・・おいっ、あれを見たまえ!」
東の空にすーっと人工衛星の残滓が流れ星となって光り、消えて行った。3人の賢者は吸い寄せられるようにその方向に向かって行った。

 同じ頃、真里は不思議な夢を見た。
「真里よ、もうすぐお前にはベイビーができるであろう」
真里はびっくりして答えた。
「えっ、そんな。私まだ、そのー、そういうインストーレーションしていません」
「していなくてもベイビーができるのだ。それが神のおぼしめしだ。そのベイビーはお前達新人類を旧人類から解放し救う神の子になるであろう」
不思議な夢の預言どおり、9999年12月24日深夜つまり25日午前零時、真里はベイビーを産んだ。ちょうどそこに3人の賢者が到着し、それを祝福した。 賢者たちはベイビーのカウンターを確認した。 それは既に0000を指していた。3人は顔を見合わせた。

 一週間後の9999年12月31日、深夜が訪れた。それはちょうどベイビーが新人としてネットに登録される時刻だ。登録の瞬間、不思議なことが起きた。 ベイビーのカウンターが0001となると同時に新人全てのカウンターも0001となったのだ。

 新しい時代が幕明けた。


[最終稿:2000年1月8日]

あとがき:Y2K問題があっけなく過ぎたのでその対極を思い付き、 1時間ほどで書きました。(あっけなく過ぎた裏にはさぞいろんな人の尽力があったことでしょう。)


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