|
これらの世界
|
|
現実、非現実、超現実のこれらの世界について、唯識思想は「三性説(さんしょうせつ)」で、以下のように説明しています。 依他起性(えたきしょう:客観世界) これは現実のことです。諸行は無常であり、常に変化しています。すべてのものが、さまざまな原因や条件で、相互に依存して成立している世界です。ここには、それ自身で存在し続ける不変の実体はありません。ただ、日常生活では、現実世界は私たちの主観で認識されるため、遍計所執性(へんげしょしゅうしょう)として認識されています。 遍計所執性(へんげしょしゅうしょう:主観世界) これは非現実のことです。私たちが煩悩で見る世界です。この非現実世界を、私たちは、現実世界だと勘違いしています。常に同じ状態で、それ自身で存在し続ける実体だと見なしていますが、実際は、「ない」ものを「ある」と見る、無知で生まれる迷いの世界です。私たちが主観によって見る日常の世界です。 円成実性(えんじょうじつしょう:客観と主観がない真実の世界) これは超現実のことです。完成された世界であり、「空」であり、悟りの世界です。依他起性(現実)の本来の姿をありのままに認識し、遍計所執性(非現実)から完全に離脱すると、「空」と「空」に描かれる現実が、ありのままに見えます。 円成実性(えんじょうじつしょう)という真実の世界は、観察されると依他起性(えたきしょう)という客観的世界になります。その客観的世界を、人が妄想という主観によって遍計所執性(へんげしょしゅうしょう)という非現実にします。これら三つの世界は、本質的には同じひとつの世界です。どのように見るか、立場の違いで、三つのどの世界が見えるかが決まります。 日常生活では、私たちには、現実と非現実を知ることしかできません。超現実という真実の世界を知るためには、観察者を消す必要があります。でも、観察者を消してしまえば、何も知ることができません。観察者はいないが知ることができる、これこそが、悟りなのでしょう。 |