シンプルなはず
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イギリスの作家サマセット・モームの小説「人間の絆」に、このような逸話が紹介されています。 東方の国王が「人間の真理」を知ろうとして、学者に命じて調べさせます。学者は、人間の歴史を書いた500巻の書物を集めますが、政務に忙しい国王は、500巻の書物を読む暇がありません。国王はそれを要約するように学者に命じます。 20年かけて、学者は500巻を50巻に要約します。その頃の国王は、政務から離れていたので、読む時間はありましたが、読む気力がありませんでした。国王は学者に、もっと短く要約するように命じます。 さらに20年かけて、学者は一冊の書物にまとめます。老いた学者は、杖をつきながら、その一冊の書物を携えて、宮廷にやってきますが、国王は臨終のベッドにいました。一冊の書物すら読むことができない国王は、学者を手招きします。 「人間の真理とは何だ」と国王が訊くと、 「人は、生まれ、苦しみ、そして死ぬ」と学者は言います。 この逸話を聞いて、主人公のフィリップは、重荷が取り除かれたような気がして、完全な自由を感じます。迫害されてばかりだと思った運命と、対等な立場に立ったと感じます。 人は、生まれ、苦しみ、そして死ぬ…。真理とは、シンプルなのです。フィリップは、生きることは苦だと知り、運命を超える自由を知り、重荷が取り除かれたような気になります。ブッダの説く生きることは苦という「苦の真理」は、文明に関係なく、普遍のようです。 人生の意味など、そんなものは何もない。そして人間の一生もまた、なんの役にも立たないのだ。彼が生まれて来ようと、来なかろうと、生きていようと、死んでしまおうと、そんなことは一切なんの影響もない。生も無意味、死もまた無意味なのだ。 フィリップのこの言葉は、作家サマセット・モームの心境でしょう。 |