マンドリンという名の楽器は17世紀初頭イタリアに生まれ、18世紀から19世紀にかけてヴェネチァ、ウィーンを中心に多くのマンドリンソナタやヴァイオリン属との室内楽作品が書かれました。ヴィヴァルディの複数のコンチェルト、ベートーヴェンのチェンバロ伴奏付きソナチネ、フンメルのソナタとコンチェルト、あるいはモーツァルトが歌曲の伴奏にマンドリンを使ったりと、著名な作曲家の作品も少なからずありますが、あまり名の知られていない作曲家によるマンドリン協奏曲・ソナタ(通奏低音付き)は枚挙に暇がありません。
しかし、この時代のマンドリンは単弦ガットでトレモロは殆ど使わない奏法でした。18世紀から19世紀にかけて、演奏会場がそれまでの教会、宮廷、あるいは貴族のサロンからコンサートホールに移り、大きな音量、正確な音程、機能性を求め、殆どの楽器が改良されました。チェンバロがピアノに、木製のフルートは金属製になり多くのキーが付き、ヴァイオリンは魂柱が太くなり弓は張りを強くし、チェロにはエンドピンがつきました。
マンドリンは少し遅れ、1850年頃、イタリアのパスクアーレ・ヴィナッチャにより復弦スチールの現在のマンドリンに改良され、トレモロを多用する事になりました。ですから一口にマンドリン音楽といっても改良(あるいは変革の方が正確でしょうか)される以前とそれ以後では音楽の様相が(勿論、時代も違う訳ですが)随分違ったものになっています。
さてこのアルバムはバロック時代のヴァイオリンやフルートの為に書かれた曲をあつめましたが私は演奏するにあたり、当時のマンドリンのイメージは特に意識しないで現在の楽器、奏法で素直に弾いてみました。古典以後の他の楽器の為に書かれた曲はマンドリンでの表現が難しいものも多々ありますがこの時代の作品は一般に楽器指定が緩やかな事もあり違和感がなく弾け、さらにはヴァイオリンやフルートとは違った味も出せるのではないかと考え選曲しました。
初夏に向かう爽やかな風、そして遠藤さんの穏やかで不思議な空気にのせられて、素敵な一枚が完成した。
チェリストである私は、気に入った曲があると(たとえそれが他の楽器のための曲であろうと)必ず自分のレパートリーに加え、その上“大作曲家達もきっと喜んでいるに違いない”と信じ込んでいる。
でも、それはすなわち曲への愛情の表われであり、そんな熱い思いが僅かでも作曲家の元へ届いたと感じる時、この上ない喜びを味わうことができるのだ。
遠藤さんと出会い、マンドリンでフルートやヴァイオリンのバロック音楽を録音すると聞いたとき、きっと同じような思いを持った方なのだろうと、レコーディングの時をとても楽しみにしていた。
遠藤さんがバッハやヘンデルの曲と向き合い演奏する姿は、作曲家に曲への愛情を語りかけているように見えた。そしてその口調はとても自然で、聴き手の心にも素直に響いてくる。
さて、今回のCDには入りきらなかったが、レコーディングしたいと考えている曲はまだまだ沢山あるようだ。次のアルバムにはどんな風を吹き込んでくれるのだろうか。
植草ひろみ
|