やめられない、とまらない〜Tonle Sap Lake
 
やめられない、とまらない
〜 Tonle Sap Lake
 

  「ちょっと休憩にしましょう」
 そう言われて立ち寄った東屋は不思議な店だった。水上家屋ではなく少し大きめの舟を店舗にしているのだが、店というより生き物の楽園なのだ。舳先にはケージが置かれ水鳥が何羽も羽を休めている。デッキは鉢植えの植物で埋め尽くされ、首輪を付けた猿が船内を走り回っている。
 船倉は生け簀になっていて鯉に似た大型の淡水魚が養殖されている。オヤジさんが餌を撒くと途端に奪い合いが始まった。バシャバシャと文字通りの肉弾戦。魚同士の争いがこんなに激しいとは知らなかった。水牛に群がるピラニアだって、きっともっと慎み深いだろう。誤って生け簀に落ちたら人間もあっという間に骨までしゃぶられそうだ。
 しかし、この店にはさらに目玉があった。「ようこそ」とにこやかに登場したおカミさんの襟に巻き付いていたのはなんとニシキヘビ。長さは3mを優に超え、胴回りは一番太いところで直径10cmくらいもある。
「持ってみたい」
 すかさず妻が立候補した。怖くはないらしい。そういえば、インドでもコブラとの記念撮影に率先して応募していた。爬虫類系は得意なのだ。両手で抱えてはひとしきりポーズをとる。
「けっこう重いよ」
 次は僕の番らしい。手渡されてみると、なるほどズシリとくる。長いのでバランスも取り辛い。悪戦苦闘しているうちに足に巻き付いてきた。
「ちょっと待って。獲物じゃないってば」
 締め付けて窒息させてから飲み込むという蛇の習性がよくわかる。振りほどこうとすると今度は違うところに巻き付いてくる。いたちごっこだ。怖くはないが厄介この上ない。おカミさんの助けを得てようやく外してもらう。
 図らずも一汗かいてしまった。デッキの椅子に腰掛けジュースを注文する。食事を勧められたが、アモックの昼食からまださほど経っていない。丁重にお断りすると、それではとおカミさんは小海老の塩茹でを持ってきてくれた。トンレサップ湖で獲れたものだそうだ。皮を剥き、柚子胡椒の利いたタレにつけて食べる。
「お腹は空いてないけど、ちょっとしたおやつには良さそうだね」
 しかし食べ始めてみるとこれが旨い。小海老のプリプリ感と柚子胡椒が絶妙のマッチングだ。ひとつ食べるとたまらずもうひとつ食べたくなる。そうしているうちに止まらなくなってきた。僕や妻だけでなくガイドも夢中になっている。三人で小皿を囲み、まるで早食い競争のように黙々と食べ続ける。
「おかわり」
 次の皿はさらに山盛りになって出てきた。別腹とよく言うが、自分でもどこに入っているのかわからない。胃ではなく舌が求めるのだろう。
「かっぱえびせんも海老だから『やめられないとまらない』なのかな」
「きっとそうだよ」
「じゃあ、トンレサップ湖の海老を使ったら、もっと止まらなくなるね」
 全然理屈になっていないが、実感としてはとても納得できる。いいかげん皮を剥くのが面倒になったところで、ようやくごちそうさまとなった。残った小海老をオヤジさんが生け簀に放る。バシャバシャとまたしても肉弾戦だ。
 改めて店内を眺めると、シルクの織物や絵葉書などが棚に飾ってあった。そうか、本業は土産物屋だったのか、と気づいたときにはもう出発の時間だった。
 

   
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