おふくろの味〜Siem Reap
 
おふくろの味
〜 Siem Reap
 

   カンボジア料理、と言われてもピンとこない。そもそも、そんなジャンルがあるのかと思う。毎日の食事でも、朝はホテルのアメリカンブレックファストだし、昼や夜も取り立てて「これがカンボジア料理でございます」然としたメニューはなかった。
 では、これまで何を食べていたのかというと、「タイ料理と中華料理を足して2で割ったもの」だ。別な言い方をすれば「洗練されていないベトナム料理」。つまるところ、これといった特徴がない。いくつかの果物は南国特有だが、それにしたって他の東南アジアの国でも食べられる。
 しかし、妻にはこだわりがあった。せっかく来たのだからこれぞカンボジア料理というものが食べたい。海外に行くと僕が必ずその国の煙草を探すように、彼女にとって異国を確認する必須アイテムは食事なのだろう。
「アモックが食べたいんですけど」
「アモック……ですか?」
 若いガイドも知らない。本当にそんな料理があるのか。
「とりあえず、ホテルのコックさんに相談してみます」
 それが初日のやり取りだった。そして四日目の今日、晴れて朗報がもたらされた。
「お昼ご飯にコックさんがアモックを作ってくれるそうです。楽しみにしていてください」
「どんな料理なんですか」
「さあ。私にもわかりません」
 午前の観光を終えて戻ってきた僕たちは、さっそくホテルのレストランへ繰り出した。お腹は空いているが、暑さにやられて少々バテ気味の僕はあまり食欲がない。こんなときは辛いものの方がいいか。でも、辛過ぎたら逆にお腹を壊しそうで、それも心配だ。
「ガイドブックには一応載ってるよ。ほら、カンボジア一般家庭の伝統料理だって」
 写真を見たがよくわからない。妻もこの期に及んであれこれとページを繰るが、詳しい情報は載っていないようだ。
 2、30分は待っただろうか。扉が開き、ようやく待望の料理が運ばれてきた。メインの皿とサラダ、そしてご飯とバナナだ。「アモック?」と訊くと、コックは無言でコクンと頷いた。
 皿の上に大きな葉が敷いてあり、中央に白い塊が盛り付けられている。形はちまきに似ているが見た感じはおぼろ豆腐のようでもある。まずは一口。ふわっとしてやわらかい。マシュマロにちょっと食感が近い。
「魚だね。白身の魚。少し臭みが鼻に抜けるから、きっと川魚だな」
「ココナッツミルクっぽい味がするよ。この崩れ方、調理法としては蒸しているんだわ」
 思いのほか上品な味だ。しかし、これまで濃い目の味付けに慣れてきただけに、ご飯と一緒に食べるには少々物足りない感じもする。甘さが前面に出ていて、しょっぱさや酢っぱさが隠し味になっている。辛さは全然ない。熱帯の料理としては意外な方向性だ。
「これがアモックというものか」
 そう言ったきり、がらんとした店内で僕たちは黙々と食事を続けた。お互い、この名物料理の評価に困っていたのだ。会話の糸口がなかなか見出せない。ただ、せっかくだから最後まで食べようという意思だけは共通していた。
「でも、食べられてよかったよ。ガイドさんが頑張って掛け合ってくれたおかげだね」
 そうだ。何事もまず試してみなければ始まらない。デザートのバナナの皮を剥きながら、僕は自分を納得させるためにそう考えることにした。今日のメニューの中ではやっぱりバナナが一番美味しいよな、と心の中で思いつつ。
 

   
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