アジアの市場は万華鏡〜Siem Reap
 
アジアの市場は万華鏡
〜 Siem Reap
 

   ロリュオス遺跡群からの帰り道、一直線に伸びる国道6号線をひた走っていると、前方に巨大な建設現場が見えてきた。地平線まで続く荒野の只中にガンガンと鉄骨が組まれ、一部はコンクリートの躯体が出来上がりつつある。
「新しい市場です。シェムリアップの街中にあるものが手狭になったため、郊外に大規模なものを建設しているのです」
 平屋、あるいは二階建てだろうか。高さはない。しかし面積は広大だ。日本でも増えてきた車で乗りつけるタイプの郊外型ショッピングモールを連想させる。
「一部のお店が向かい側で仮営業していますよ。見てみますか?」
「見たい見たい。ぜひ見たい」
 砂埃舞う道端に車を停め、しばし歩く。仮営業とはいえ、マーケット周辺はバイクやら人やらでかなり混雑している。仮設市場は屋台を並べその上に屋根代わりのテントを張り巡らした簡素なもの。まるで縁日だ。
 最初からいきなりインパクトのある光景に出くわした。折り畳まれて串刺しにされた蛇が軒先にぶら下がっている。頭の形から推測するにたぶんコブラ。干物になっているのだ。目を落とすと、台の上にはどこで採ってきたのかヒトデとカブトガニ。籠には山盛りのウコン。精力剤の店らしいが、いかにもアジア的な怪しさがプンプンしてくる。
 通路を分け入っていくと意外に奥は広い。一軒一軒は小さいものの、全体ではかなりの数の店が営業していそうだ。生鮮品だけでなく雑貨や宝飾品も売っている。なるほど、これなら本格的に開業となった暁には巨大な建物が要るわけだ。
「あれ見てあれ」
 またしても凄いものを見つけてしまった。靴屋だ。足首だけのマネキンが靴を履いたまま地面から山積みになっている。
「ほとんどバラバラ殺人だろ、これ」
「うわー、ペディキュアまで塗ってるよ。やだ、やけにリアルじゃない」
「猟奇的な人が見たら舌なめずりしそう」
 他にもこんな展示の仕方があったのかと唸らせる店がそこかしこにある。たとえば卵屋。直径1mほどの大きなざるにひたすら鶏の卵が積んである。後は売り子のお姉さんがいるだけ。シンプルだがわかりやすい。卵が欲しい人は迷うことがない。
 あるいは肉屋。絞めたばかりの鳥の腹を割き、バラすことなく一体丸ごと並べてある。肉だけでなくひとつひとつの臓器がものの見事に確認できるので、欲しい部位が簡単にわかる。
 気がつくと僕はひとりだけはぐれていた。あまりの面白さについつい夢中になってしまった。でもまあ、迷子になることはあるまい。もう少し見て歩こう。
 しかし、その店を見つけたときはさすがに絶句のあまりその場に立ち尽くしてしまった。青いシートの上で、赤、黄、緑の三色に塗り分けられた小さな丸い物体がうごめいている。もしや、いやそんなはずは。いやいや、これはまさしく昔鎮守の祭りで見かけたあれではないか。
「カラーひよこ!」
 子供の頃の記憶がまざまざと甦ってくる。甘美で、しかしどこか罪悪感を伴った残酷な記憶。動物愛護の観点から、今となってはまず許されないであろう禁断の商品。
 撮らなければ。こんな絶好の被写体、撮ってホームページで公開しなければ。カメラを持つ指がフルフル震える。ふつふつと湧き上がってくる胸の高まりをもはや止められない。口元に自然と笑みがこぼれるのが自分でもよくわかった。
 

   
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