マーケットへ行こう〜Siem Reap
 
マーケットへ行こう
〜 Siem Reap
 

   東南アジアのツアーでは昼食後の数時間は休憩になることが多い。炎天下で体力を消耗するのを防ぐ意味合いだが、逆に観光客にとっては貴重なフリータイムとなる。街歩きをしたり、スケジュールに組み込まれていない場所へ行ったりと、思い思いの時間を過ごすことができる。このチャンスを逃す手はない。地図で見るとオールドマーケットがホテルから目と鼻の先だ。
 川べりの道に沿って歩く。宝飾店が並ぶ界隈を過ぎ、路地を渡るとすぐに市場の区画となる。色鮮やかな野菜や見るからに活きの良さそうな魚が、籠から溢れんばかりに並んでいる。しかし、賑わっているかと思いきや、意外にもあまり人の姿が見えない。
「マーケットも昼休みなのかな」
「まあ、これだけ暑いと、買い物に来ようとはあまり思わないかもね」
 外国、特にアジアの生鮮市場は面白い。同じ野菜なのに日本では見たこともない大きさや色をしていたり、およそ食材とは思えない昆虫や水棲生物が平気で出回っていたりする。「食べろ」と言われると抵抗があるが、見るだけなら遺跡より興味深い素材が少なくない。
 加えて、市場にはエネルギーが充満している。だいたいいつも大勢の人で溢れ、あちらこちらを威勢の良い掛け声が飛び交っている。旅の疲れで体調がいまひとつの時も、そうした喧騒の中に身を置いていると不思議と元気になってくる。きっと、パワーを分けてもらえるのだ。
 それにしても暑い。確かにこれでは家から出たくないと思う方が自然だ。
「どこか冷房の効いた店はないのかな」
「あそこにコンビニみたいなのがあるよ。あそこなら涼しいんじゃない」
 どうやら酒屋のようだ。ちょうどいい。夜、ホテルの部屋で何か飲みたくなるかもしれない。店内に足を踏み入れると、おお、期待通りバッチリ冷房が効いているではないか。
「見て見て、こっち。アンコールビールがある。あっ、ビアラーオも。タイガーやシンハーの缶もあるよ」
 東南アジアだけではない。ギネスもハイネケンもカールスバーグもバドワイザーも、世界各国のビールが狭い店内の棚という棚に整然と並べられている。日本の下手な酒屋より品数も種類も豊富だ。目移りしたが、やっぱりカンボジアに来たのだからとアンコールビールをいくつか買う。
「思いがけず面白い店があったね」
「どうやら、隣はもっと面白そうよ」
 店頭に黒板が立てかけられている。書かれているのは日本語だ。店名は「博多サンクチュアリ」。メニューの一例を挙げてみると「抹茶パフェ」「和風カレー」「香り高い珈琲」。日本国内の喫茶店だって、こんな組み合わせはそうそうない。
「あんた、何者?」
「突っ込みどころ満載」
「外国に来ているっていう実感がないな。もっとも、日本でもこんな店、あんまりないけど」
「でも、外国人観光客向けだよね。さっきの酒屋もそうだけど、冷静に値札を見ると、やっぱりそこそこ高いよ」
 6号線沿いのホテル建設ラッシュを考えると、こうした店はこれからも増えていくのだろう。しかし、一般のカンボジア人が利用するとは思えない。一種の租界だ。
 角を曲がると美味しそうな匂いが漂ってきた。日焼けしたおばさんが市場の軒先に火床を出し焼き鳥を焼いている。皺くちゃの手が年齢を感じさせるが、人懐っこい笑顔を見ると意外に若いのかもしれない。何の肉かと片言の英語で尋ねたが通じなかった。ということは、地元民が相手ということだ。やっぱり、買うならこういう店でなくちゃ。
 

   
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静寂のカンボジア
 

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