第2時世界大戦当時ドイツ軍が開発、運用した口径80cmの巨大列車砲。密かに日本国内に持ち込まれ、群馬県榛名山付近の線路上、九世紀に開発途上で放棄されたトンネル内に隠匿されていたが、ゾンダーメタルに寄生されEI−16となる。ドーラと呼ばれることもあるが、これは大戦当時の呼び名。連合軍側ではビッグ・バーサと呼ばれていた。実際には1門が存在を確認されているが、2門もしくは未完成の3門目があったとも言われる。
1942年6月セヴァストポリ要塞の攻略戦に参加、8日間の間に48発の砲弾を発射、要塞の装甲を突破して地下弾薬庫を直撃したと記録されている。これは現在確認されているグスタフの唯一の運用例であるが、この時すでに巨砲主義の非実用性が露呈することとなった。
まずその運用には2本の平行な線路と更にその両外側に作業車用の線路、即ち計4本の平行に敷設された線路が必要とされていたことが挙げられる。列車砲は発射時の反動による横転を防ぐため、砲身の旋回にはカーブした線路を必要とするが、4本の平行な線路をカーブさせるには広大な敷地を必要とする。更にグスタフは一応1030馬力のディーゼルエンジンを2基搭載していたものの、その巨体ゆえに単体での長距離移動が出来ず、5つに分解した上で輸送することになる。そのために必要とされる貨車は60両に及び、分解したグスタフの組み立てと陣地の設置には1420人の人員と3週間が費やされなければならなかった。また砲弾の装填の殆どは人力によるところが大きく、連続した発射は極めて困難であった。終戦後はドイツ軍により徹底的に分解、破壊されてしまうが、これは後日物笑いの種になることを恐れたためとしか思えない。
このようにグスタフは列車砲の利点である機動性をまったく持っていなかったが、EI−16は寄生されたことにより連続発射を可能とし、更に成長が進んでいれば、線路を変形させることにより砲身の旋回をも可能にしていたであろうが、素体の破壊衝動に任せた行動が成長を遅延させ、GGG諜報部の付け入るところとなった。
口径 80cm
砲身長 40.6口径(3248cm)
重量 1350t
砲弾重量 4.8t(榴弾)
7.1t(対ベトン用特殊徹甲弾)
発射炸薬量 1.85t
初速 820m/sec(榴弾)
720m/sec(徹甲弾)
最大射程 48km(榴弾)
37km(徹甲弾)