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2002/AUGUST


8/30/今の僕が夢中になっていること

今、取りかかっているのは、以前にも書いたけれど、フンコロガシの話です。この話は、何から思い付いたかというと意外な所からです。それはね、メジャーリーグ中継の5回終了時のグランウンドキーパーの方々のパフォーマンス。どう繋がるのかはその内に話しますが、そこで途中経過の一枚を公開します。お食事中の方はごめんなさい。こんな感じです。


象のうんちに埋もれたフンコロガシです。さて、どんな仕上がりになるのやら・・・。   


8/30/花火
花火をしたのだ。だって、今年の夏休みは夏休みらしいことを何もしてあげてないような気がしていたからさ。同じフロアのエージと2Fのコ−ヘイも誘ってさ。ちょっと贅沢に大量の花火大会な感じさ。でもさ花火ってのは、よくよく考えてみるとどこが楽しいのか分からない所があるね。ただ、やっぱりキレイダよね。今年の夏は異常な暑さで、僕の中にある夏のイメージとはかけ離れているものだったけれど、ここへ来て、少しだけ、夏らしくなって来た。もうちょっと遅い気もするけれどね。
花火は今年の夏を象徴するようにバアアア〜〜〜っと華やかで、シュ〜〜〜ンと終わってしまった。来年の夏はお気に入りの西伊豆に行けるようにしよう。あそこには、昔懐かしい、夏があるんだ。少なくとも僕の夏がある。僕は子供の頃、いわゆる夏休みらしい夏休みの経験が希薄だからかも知れないけれど、そこに行けば僕は、その夏を取り戻せるような気がしているんだ。今年は残念だったけれど、来年待っていてね。齋藤さん。

8/26/咽潰れる
そんな訳で合宿先の波崎から朝一番で帰って来た。着替えてソフトボ−ルの会場についたのが
お昼前、さて、そこでだ。その時点で僕の咽は潰れていた。別段、合宿で大声で何かした訳じゃないと思うのだけれど、帰りの車の中でエアコンかけっぱなしだったせいだろうか?とにかく声が出ないんだ。アリャリャリャのリャである。僕ようなスポ−ツの選手の場合、声が出ないのは致命的である。コマッタものなのだ。相手選手の特徴を覚え、周りの選手に伝えなければいけないのに、伝わらない。結局、今これを書いている8/30の時点でもまだ声は普通に出せない。でも別段熱も出ていないし、痛みも差程ない。単に声帯がムクンでいるのだろう。
さて、ソフトボールだけれど、以前所属していた上ノ原は、2連敗で崖っプチ、かつ今所属しているPTAのチームも事実上、一勝一敗で、次節、その上ノ原に勝たなければ決勝進出は望めない。 ちょっと大変な騒ぎなんだ。
が、しかし、そこにちょっとした問題が起きた。ツマラナイコトなんだ。ヒジョーにつまらない。とってもつまらない。アツクなるようなことじゃない。普通に考えて冷静に対処すれば、なんて事ない話なんだ。こういうことが一番疲れる。
大人はこんな下らないことで、頭を使うべきじゃない。こんなことでエネルギ−を使うべきではないんだ。こんな話は、どこにでも転がっている。上のチームとは別のクラブチームでも似たような問題が起きている。こういうことが続くとちょっと考えてしまう。
そろそろ、潮時なのかねえ。
サッカーの合宿の方は、久々に楽しかった。合宿の前に、ちょっと根詰め仕事をしていたので途中、お腹を壊したけれど、それ以外は、色々と勉強になった。今の子供達が抱えている問題点もいくつか見えて来た。その大半は、サッカーの練習中にあるのでなく、例えば、日常生活や、モノの考え方にあるというようなことも見当がついた。まあ、簡単にカタがつく話ではないし、これを乗り越えたり解決することは容易なことじゃない。簡単にいえば、個々の生活の上の問題だ。そんなことを理解してもらうのは簡単じゃない。でも、努力はしてみよう。努力をするだけの価値はあると思うから・・・。

8/20/秋の風??
台風が去ったからだろうか?日ざしは台風一過でよけい厳しかったけれど、体感温度は心無しか涼しかった。もう立秋も過ぎているし、秋の気配を感じさせつつあるのだろうか?
今日はカミさんと、中野の成川鍼灸院へ行って来た。僕もカミさんもなんとなくどうしようもない夏バテを感じていたからね。カミさんの場合は、肩とか首に出る。僕は圧倒的にお腹に出てくる。ここ二週間くらい考え事をしていたせいもあるんだろうけれど、お腹が動いていないって感じ。そうなると以前から書いているようにお腹が唐突に壊れる。ドカンと壊れる。で、おととい壊れた。昨日一日静かにしていて、それで今日行った訳。
病院は、やっぱりお盆明けで身体のそこここが疲れてしまった人たちで混んでいた。考えてみるとハリっていうのも不思議な治療法である。最初に治療を受けた人は勇気がいっただろうなあ?なんて思ってもしまうが、僕はここの鍼灸院にも20年以上通っている。僕の中では、西永福の匡正堂、齋藤整骨院(柔道整復)とここ成川鍼灸院は、僕が経験した東洋医学の医院では、特一級のレベルの医院である。さらに長い事通っているから、僕の身体のどこが悪くなるかも充分に知悉している。必要以上の言葉がいらないのもうれしい。
そんな訳で、復活して帰って来た。これで金曜日からのサッカーの合宿も大丈夫だろう。帰宅後、近所の銭湯がリニュアルしたというので、行って見た。銭湯も僕の趣味である。最近のトレンドは、露天風呂&バリエ−ション風呂なのか、今日行った所も御多分にもれず、これらの設備が整っていた。番台改めフロントにちょこなんと座るおじいちゃんがなんとなく寂しかった。が、それ以外は必要以上に好印象であった。アラブ系でない白人の男の子が一人で来ていて、でも馴れているのか、テキパキとすることをしてサッサと上がっていったのも印象的であった。
最近では趣のある壁絵はないが、それでもこんなものなんだろう。都内では年々、銭湯が減って来ているそうだ。まあ、どんなに狭いワンルームにもユニットバスが付いてしまっているからなんだろうけれど、こういうものは無くさないで残しておきたいと切に思う太亮であった。
風呂上がりに外へ出ると頬に当たる風もその匂いもすっかり秋だった。

8/18/01/智弁和歌山VS奈良智弁
え〜〜っと、珍しく高校野球の話です。本日の甲子園の第一試合は智弁和歌山VS奈良智弁という兄弟校対決だったのだけれど、兄弟校だけに上から下までユニフォームが同じものなのよ。実際には肩の所に所属する高野連の県名が入っているけれど、それ以外は全く同じなの。
これは、ちょっと変な見栄えの画面だったよ。守っている人とランナーがヘルメットかぶっている以外全く同じなんだもの。
実際にやっていた連中もやりにくかったんじゃないだろうか?
ちなみに試合は、智弁和歌山が7-3で勝ちました。それはそれでいいんだけれどさ・・・。
サッカ−の場合、ホーム&アウェイという考え方が、ベースにあって、通常2種類のユニフォームを事前に申告しておく。相手とユニフォ−ムの色が近い場合、クジやコイントスで、片方がセカンドユニフォームを着用する。高校野球の場合、用意されているユニフォームは、一着だけで、ホーム&アウェイみたいな考え方がないから、仕方がないのかも知れないけれど、ちょっとあんまりにあんまりじゃない?せめて同じデザインの(ややグレー)のものを用意しておくべきじゃないの?あるいはビブスを着用するとかさ。
ヒジのプロテクター&自打球防護のプロテクター、バッティンググローブは解禁されたみたいだけれど、本当に選手の安全や、将来を考えるなら、そういうことは小出しにせず、大胆にかつ合理的に改革すべきじゃないのかな?
前にも書いたし、重ねて言う事になるけれど、ヒジのプロテクター&自打球防護のプロテクター、バッティンググローブやまだ解禁になっていない、リストバンドやサングラスだって、みな目的があって使われているものな訳で、別にファッションが第一の目的じゃないのよ。ついでに言うと、トルマリンの使用されているブレスだって、マイナスイオンに変えてくれる効果もある訳だし、サンダーネックレスと呼ばれる、ネックレスだって静電気を除去してくれる。
あれだけの暑さの中で連戦を強いる大会なんだから、選手の側に立って、合理的に使用を許可すべきである。
アメリカならリトルリーグの選手だって、外野守る時はサングラスしてるぜ!
このままじゃあ、長もちする選手はいなくなるだろうし、ましてやオリンピックなんかで勝とうと思うのが間違いだと僕は思うけれどねえ。そう思わないかい?

8/17/後遺症
ちなみに、本日、雨降ります。賭けても良いです。今僕は頭痛がしています。まもなく降り出すと思われます。ただ、これは多分に気圧が影響していると推測されます。なぜなら降り出してしまうと、うそのように頭痛が止まるからです。これは雨が降って、気圧が均等化するからだと思うのです。
こんな風に、体と対話する事が大事な事です。原因が分かれば、かなりの部分、心は安らぎます。無用な不安感を持たなくて済みます。
僕は東洋医学のお医者さんに通い始めて、もう20年以上になります。20年前は、東洋医学と西洋医学は対極にあるものでした。痛んでいる部分を治す西洋医学と痛んでいる部分の自己治癒を助けながら体全体の症状を軽減して、より自己治癒力を高めていく東洋医学では、治療方法も考え方も全く違うものでした。
それが昨今は同居出来るようになって来ました。これは大変喜ばしい事です。だって、元々どちらにも利点があり、どちらにも足りない部分があったのは事実なのですから。
問題は、患者を治す事であり、医学の種類そのものは患者の側から見れば大きな問題ではないのです。僕はお医者さんが良い先生か否かを判断する一つのモノサシ(あくまでひとつですが)この同居をどんな風に考えているかと言う事が挙げられます。
お医者さんに対して、僕らは少なからず尊敬の念を持っています。だって先生になるには大変な勉強をしなければならないのですから(人生ゲームでも格付け高いし・・・)でも、お医者さんや薬は、患者が治る手助けをしてくれる存在だと思うのです。言わば、病気と戦うためのチームメイトです。チームメイトは自分の判断で選びたいと思うのです。
ダメですかねええ?

8/16/子供のムチウチ
昨年まで正式参加していた某上の原小のソフトボールチームのエース「コバマキ女史」の長男D君が、頸を痛めてしまったのは、世の中がお盆に入る少し前のことであった。
D君は、熱心なミニバス少年で、練習中につんのめって、エビゾリ状態になってしまったのだそうだ。練習が終わって、自宅に帰る途中、彼が体調不良を訴えた。そして、そのままつつじヶ丘の整骨院へ行ったのだそうだ。そこの先生は、非常に丁寧に触診を重ねて、頸の骨がずれていると診断した。そしてテ−ピングをした上で、不調を唱えたらすぐ総合病院に行く事をアドバイスした。そして翌日再度来院するように告げた。
コバマキはこのことを上の原のMLに書いたので、僕はこの事実を知った訳だ。
コバマキとしては不安だったに違いない。病院に行って「大丈夫ですよ」と言われるなら普通であるが、「辛いとか吐くとか気持ち悪いと訴えたら、別の病院に行け!」と言われた事になってしまうからである。でも、僕はこの整骨院さんの処置は正しいと思う。頸の骨のズレや不調は、その部位が神経や総ての体をコントロールする命令系統が入っている人間の体で最も大事な部分なので、時に思いも寄らない大きな症状が現れてしまう事がある。
僕はこの日、取りあえず彼女に電話をして、その夜のD君の症状を聞いた。頸が上下に動かない以外は、食欲も普通にあったし、目が死んでいる事もなかった。そして電話をしている時には、すでに寝ていると言う事だった。僕は一応、なぜ、症状が出た時に総合病院に連れていくべきなのか説明をした。同時に次の日、その整骨院に行くのと同時にレントゲンを撮ってもらう事を勧めた。そして、状況によっては僕の掛かり付けの整骨院に転院する事を勧めた。
翌日、彼女は整骨院に行き、レントゲンが撮れる病院を紹介してもらったのだが、その病院に行ってもレントゲンは撮ってもらえず、「10日位で治るよ!本当にひどかったら子供は、頸を両手で支えるもんさ!」などというコメントをもらってきた。ハッキリ言う。この医者、最悪である。医師の資格もレントゲン撮影器もこの人には無用の長物である。ダメ!そういうことするから、ワリバシ事故みたいな事が起こるんだ!
このことをコバマキから聞いて僕は、かなり、ムッとしてしまった。
子供の場合(いや、大人も一緒だけれど)その骨がどうのこうのというより、その怪我をした瞬間に体全体に大きな衝撃を受ける。それを子供は体全体で受け止める。それは、傷所だけでなく、体全体の大きな問題である。もし、骨が実際に曲がっていたのなら問題はもっと大きなものである。それを触診と単純な観察だけで、シップだけ出して、オシマイにしてしまうなんて、ちょっと考えられない処行である。ヒドイ!そこで、勇気を持って転院を勧めた。お馴染み、西永福の匡正堂 斉藤整骨院である。
コバマキも僕同様不安と腹立たしさを持っていたから、迷わずに斉藤さんへ行った。結論から言おう。正解であった。間に合ったという感じである。斉藤院長をして「来て良かった」と言っている。もし、10日間放っておいたら、状況はきっともっと深刻になっていただろう。たぶん、傷所はもちろんのこと、その周辺や背中全体の筋肉が引きつれているような状態であったのではなかろうか?D君は、齋藤医院に行くまで頸が上下出来なかったのが、帰る時には動かせるようになっていたそうである。が、しかし、完治までは10回程の治療が必要になるそうである。つまり、重症の部類なのだと思われる。子供の自己治癒力から考えてもそれだけかかるのは、傷所が深い部位なのだと思う。
齋藤整骨院だから、この期間で治る。それはこの院長先生が、それだけたくさんの患者(特に子供を含めて)を見ているからだろうと思う。正直な話、子供に対しての施術には、一瞬腰が引けるものなのである。 最初に行った整骨院さんもきっと良い先生なのだと思うのだけれど、正直言うと子供に対しての施術は非常に難しく、ハイレベルのことなのである。
しかし、この時代にきちっと治療しておかないと、歳を取ってから症状が出てくる事がある。だからとても大事な事なのだ。 ちなみに子供時代にいい加減な治療しかしなかった僕は、今、雨が降り出す前に予知出来るようになってしまった。頸が肩が痛くなるのである。(ある意味、便利だけれどね)そして、そんな時にはいつもなら方向感覚の鋭いと自負する僕が、方向音痴になる。
今回の事例を見ても、良いお医者さんはとても大事な存在である。同時に良くない先生もたくさんいることを知っておく必要がある。また、この齋藤整骨院は、僕が数々の医院を変遷した中では特級の優秀な医院であるが、総ての人に万能だとは思っていない。医学、薬学、特に東洋医学の場合、その人に合う、合わないというのが厳然としてある。そう言う事を踏まえて、常に良いお医者さんとの関係を作っておく事がとても大事だと思う。

ちなみに素人判断的ムチウチ症状ですが、
1.目の白目の部分が明らかにグレーになっている。
2.笑えない 3.食欲が極端に落ちる 4.頸が太くなったように見える 5.少しむくんだような表情。まあ、こんな症状が出た場合は、たとえ原因が押し入れから落ちた程度の事でも、診てもらうに限る。なにせ子供達には長い楽しい未来があるはずなのだから・・・。

8/15/自由なサッカー
ヤフオクで一冊の本を購入した。実はずいぶん前から探していたのに、なかなか見つからなかった一冊である。書名は「ヨハン・クライフ-----美しく勝利せよ!」である。そうなのである、僕の敬愛するサッカ−の師、空飛ぶダッチマン、ヨハン・クライフのインタビューを集大成した唯一の彼をして彼の眼鏡にかなった「自伝&理論集」である。
              
僕の(あるいは僕ら世代の)サッカー観は、彼が出場して世界をあっと言わせた1974年のワールドカップ西ドイツ大会から始まる。彼が所属していたオランダチームは、ポジションにとらわれないトータルサッカーという非常に攻撃的なシステム&理論を持って、非常にセンセーショナルな活躍をした。実は正直に告白してしまうと、僕はその決勝戦、対戦相手の西ドイツを応援していた。そして決勝はその西ドイツが優勝した訳だけれど、日が経つにつれ、サッカ−関係の仕事に携わるにつれ、このオランダの考え方がもっとも正しいのではなかろうかと考えが変わって来た。これは世界のサッカ−関係者ももちろん同様の事であって、その考え方が現在のサッカーに対する考え方の基本になっていると言っても過言ではないのだ。

では、なぜ僕は西ドイツを応援していたんだろうと考えてみると、それは単純に理解しやすかったからだろうと思う。事実、今でも小学校高学年にポジションの意識や働きを理解してもらうには、僕はこの当時の西ドイツのシステムが一番良いのではないかと考えている。(事実、拙著「原小キッズ」ではこのシステムを導入している)西ドイツの当時のシステムは(4-3-3)ただしバックは3バックでその後ろにリベロとしてベッケンバウアーがいた。つまり(1-3-3-3)が正しいのかも知れない。

しかし、少年サッカ−に関しても、最近考え方が変わって来ている。これは現在係わっているサッカーチームの指導をしながら変わって来たものである。正味の話、はたして小学生の時代にポジションの意識がそんなに必要なのだろうか?サッカーというのは野球などと違って、ポジションに伴うベースなどは一切ない。誰がどこにいても別に構わないのである。ゴールキーパーがいるじゃないかと言う人もいるだろう。でも彼は限られたスペース(ペナルティエリア)では手を使っても良いと許可されているだけで、極端な話、彼が相手ゴール前に陣取っていてもノープロブレムなのだ。まあ、これは本当に極端な話だけれど、小学生の時代から決まったポジションにこだわる必要はないんではないかと思うのである。
子供達は、総じてフォワードをしたがる。やっぱり点を取る作業が楽しいと考えるからだろう。逆にたまにだが、センターバックをしたがる子もいる。憧れの選手や、ボ−ルを奪う事に至上の喜びを感じるタイプの珍しい選手である。
でも、彼らがこれからどんなチームに入ってどんなポジションをしていくかは未知数である。そこで僕らが彼らに埋め込んでおきたいものの一つは、どこでもどんなポジションでもこなせるテクニックと自由な心である。その上で、高学年になれば、ある程度の初歩の戦術は教える必要があるだろう。でも、根本的にピッチの中で選手は自由であるべきである。将来どんなポジションを与えられようと、その決まりごとは決まりごととして、さらに自分自身の心の解放の出来ない選手には、それ以上の進歩は望めないように思う。
今、かの本を半分くらい読んだ所だけれど、この考え方は確信に満ちて来つつある。

8/15/夏のサラダ&お麩汁

そう言う訳で、現状一人暮らしの木村である。一人だとメシを作るのがメンドクサクなるのである。でも、だからと言って、宅配のピザとビールだけでは、やっぱり体に悪いので、(でも、宅配のピザ、よくやります。この方法。夜2/3食べて、翌朝残りをオーブンで温めて食べます。結構持ちます)とまれ、体に良いものも作って食べたりしています。そこで、その内のお気に入り二品を紹介しちゃいましょう。簡単だから試して下さい。ハイ。
その1/夏のサラダ(アボガドとトマトとエビのサラダ)
            
材料:アボガド(熟しているもの)、トマト(中一個)、タマネギ1/4、ムキエビ適量、
   塩、オリーブオイル、タバスコもしくはワサビ、しょうゆ
作り方:1-トマトは火であぶって皮を剥き、種を取って角切りに、タマネギはミジン切り
    (ツンとした感じが苦手なら水にさらしてね)、 アボガドは皮を剥き、トマトの
     大きさに合わせてザク切りに、ムキエビは小鍋にバター一かけでさっとボイル。
    2-これらを全てボウルに入れる。オリーブオイルダボボ、塩パラパラパラ(やや
    多め。タバスコ&ワサビはお好みで、しょうゆは、ほんの 香り付け程度。

これで、出来上がりだもん。簡単でしょう。トマトは火照った体を冷やし、アボガドはビタミンEが豊富だし、オリーブオイルは体に良いし、汗をかく時期は、塩分も大事です。エビは、本当はなくても良いです。なんだかね、体が欲している味がします。おいしいです。
(海光苑さん、試してみてください。評判メニュー、間違いなしです。エビの代わりに、しょうゆ&わずかの味醂につけておいたマグロ(赤身が良いと思います)でも旨いです。

朝食にフランスパンのガーリックトーストに添えて出せば、完璧ですが、御飯のおかずにもなります。前菜としても優秀です。(レンゲか木のスプーンが似合います)

その2/お麩汁(正味の話うどん抜きのあんかけうどん。その代わりにお麩をたくさん)
           
材料:昆布、かつお節、お麩、卵ひとつ、しょうゆ、味醂、七味
作り方:1-昆布とかつお節でダシを取る。さらにしょうゆと味醂でそばつゆ(かけ)を作
     る。そこにいきなりお麩を入れる。10ー15個位(だってこれがメインだもの)
    2- お麩にお汁がしみ込み、汁が温まったら、水溶き片栗粉で止める。さらにブク
     ブク言うまで、待って溶き卵を回し入れる。そして火を落として、ふたをする。
    1分間待つ。これで出来上り。二日酔いの朝には完璧な朝食です。
    飲んだ後のシメとしても良いと思われます。

食べる時には、お好みで七味を・・・。我が家の七味はそんなに辛くないのね。山椒が多めだからかなあ。でも汗ダクダクになります。(写真はお正月時にお蕎麦屋さんでくれた七味の入れ物に入れてあります。中身を詰め替えて使用中です)汗と一緒に体にある悪いものが出ていく感じです。ところで我が家の調味料は、もちろん、無農薬、無添加ものです。ちなみにしょうゆも味醂も同様です。特に味醂はひと味もふた味も違う気がします。お酢は違いをもっと感じます。ちなみに我が家で普段使っているお酢は「富士酢」というお酢です。
食事と言うのは気が付けば、非常に当たり前の事なのですが、生きていくためのエネルギーの摂取に他なりません。だから、できるだけ良いものを食べた方が良いに決まっている訳です。まあ、いつもいつもと言う訳には行かないのが実情なんですが・・・。


8/14/静寂の街
今日は、カミさんを成城学園まで送って来た。子供達は先週末に送り込んであるから、これでしばらく独り暮らしなのである。気が付けば、我が家の前の幹線道路も、メチャメチャ静かだし、窓から見える東京の街は、心無しか空気も澄んでいて静かなのである。今まで気が付かなかったけれど、こんな風に静かだと蝉の泣き声もきちんと聞き分ける事ができる。アブラゼミ、ミンミンゼミ、ヒグラシ、カナカナ、かな?少なくとも4種類は確認できた。今も窓を開けると外は蝉の声だらけである。心無しかヒグラシが増えて来たかなあ?こんな東京は、なかなかお目にかかれないよ。ちょっと贅沢な気分である。TVを見ると、帰京ラッシュが始まりつつあるらしい。ア〜〜ア、この静寂も、残りわずかなのかなのかなあ。

8/12/02/チームワーク?
下でも触れたけれど、日本のプロサッカー、Jリーグでは1stステージ終盤を迎えている。そんな訳で試合もTVでチェックしている訳なんだけれど、やっぱりジュビロは上手いねえ。完成されている感じがします。僕は特定のチームのサポーターではないんだけれど、あえて、どこのチームが好き?と聞かれたら、やっぱりジュビロと答えるでしょう。それには大きな訳があるのね。まず、チ−ム戦術が控えの選手にいたるまで徹底されている事。だから奥や清水のように主要な選手が他のチームに移籍してもそんなに全体の力が落ちない。これは選手が揃っているからではないのよ。だからスゴイ!それが一つ目の理由。そして二つ目の理由は、そのチ−ム戦術が実は小学生でも心掛ければできる事である事であることだからなのね。
まあ、僕は解説者じゃないから、正しいかどうか分からないけれどさ、僕の見ている限りのジュビロの戦術の根本は、ポジショニングにあると思うのね。そしてボールのスピードにあると思っているんだ。これだけじゃあ、良く分からないから、少し説明するね。
つまり、ジュビロの選手は誰かがボールを奪ったら、その瞬間に全員が何らかのポジショニングを取る動きをしているのよ。全体が連動していると言えば良いのかな?人間の体みたいにどこかを動かすと総てが動いているように思うのね。たとえば、左サイドで ボールを奪った時に、ボールが安全に回せるようにセンターバックがポジションを取る。と、同時にセンターバックにボールが渡った時にノールックパスでも(つまり見ないで蹴っても)受け取れる所に右サイドバックがポジショニングをしている。しかもその選手と選手の間で回されるパスは、次の人が扱いやすい所に蹴られている訳。これは距離にすれば本当に何mっていう誤差の話だけれど、これを徹底して次の人間がトラップにしろ、パスにしろ、ドリブルにしろ、シュートにしろ、とにかく料理しやすい所を目標地点として蹴られているのだよ。結果としてボ−ルの速度が落ちない、場合によってはワンタッチでパスが繋がっていく。そうなると相手としてはマークには付きにくいし、ボールは奪いにくい。
小学生、特に地域のサッカ−チ−ムの場合、同じ学年の子でも、その技術や考え方に物凄く差がある。これはある意味仕方のない事だし、だから面白いとも言えるのだけれど、高学年になってくると勝ちたい!という意識の子とあまり勝ち負けにこだわらず、楽しめればどっちでも良いや!なんて子とに大別して来てしまうのである。それでもまあ、勝つ方が楽しいと思っていたりする訳だ。 放っておくと上手な子は、下手っぴな子にキビシ−言葉をかけはじめる。「なんでパスしないんだよ!」「ちゃんとマークしておけよ〜〜!」「なんで抜かれんだよ!」・・・etc.もっとあるけれど、言うに耐えないので、この辺にしておく。
とにかく、チームワークなんてかけらも感じられない試合展開になっていくのである。
(ここからは個人的な意見なので軽く流して欲しいのだけれど・・・)
僕はチームワークというのを「ただ支え合い、慰め合う」だけのモノではないと考えている。だからキビシ−言葉も「時にはアリ」だと思う。ただ、キビシ−言葉をかける子は、たいていの場合、自分のモノサシでしか、下手ッピな子を見ていないし、考えていない。それはダメである。上手な子は(上手なのだから)下手な子の立場で考えてみる事が必要だ。攻撃の時は、常にそれを考えてフォローできるポジションを取れるようにしてやる。簡単に言えば、上手な子のうちの一人は下手っぴでもバックパスを戻せるポジションにいて声をかけてあげる必要がある。同時に前方に陣取る上手な選手は、無駄な動きかも知れないが必要以上に動いてあげて、下手ッピな子の視界に入ってあげる努力が必要になる。自分に自信のない選手はチームの中で、役に立つべく、声がかかれば、ただちに声に従う必要がある。また、自信のない選手も、上手な子が、万が一ミスる事を考えて行動すべきである。その動きが無駄になるならチームにとっては、良い事だと考えなければいけない。上手な子にも下手な子にも無駄な動きは、一見無駄なのだけれど良く考えると、非常に大事なのである。つまり、無駄な動きは、次に何が起こるか予想するという事でもある。任意のある場所に動いて、そこにボールが来なかったとすれば、それは無駄かも知れない。けれど、こぼれて来た時にすでに動き出していれば、一歩も二歩も先んじられる。先んじれば人を征するのである。下手っぴでも周りを見る余裕が出来るはずである。無駄だと思って動かないでイライラするか、無駄を承知でガンバッテみるか?その辺でチ−ムの成熟度が決まってしまうような気がする。

8/12/01/お隣の事情
ワールドカップも終わって、Jリーグ1stステージも残り一試合を残すのみになった。俊介がレジーナに移籍しても無敗を守り、昨日まで首位を保っていた横浜Fマリノスは、昨日鹿島に惜敗して首位を陥落した。優勝は最終戦に持ち込まれた訳だけれど、なんとなくジュビロが優位なような気がしてしまう。トト買っておこうかなあ・・・。
さて、考えてみればワールドカップ終了直後、各新聞やマスコミでは、もっと多くの選手が海外へはばたいていくと予想していたようだけれど、実際にはアーセナルからフルハムに移籍した稲本、ベルギーのゲンクに移籍した鈴木、そしてワールドカップには出場できなかった中村の三人だけで、大騒ぎした割には、柳沢も戸田も三都主もお呼びでない。という現状である。(もう一つ話題にならないけれど広山君も移籍したらしいが、なんだかもめているらしい)この原因の一つは以前にも書いたけれど、日本の価値基準と世界の価値基準の大きな違いがある。特に、日本のチームが考えている移籍金額程、彼らは評価されていないのだろう。たとえ、Wカップでベスト16に残ったとしても、言語の問題もあるし、チ−ム戦術で戦って来たチームの個人は、差程高くは評価されないのは良く分かる気がする。その中で三都主は、ポルトガル語も喋れるし、個人の能力も高いのだからどこかしらからオファーがあっても良いような気がするんだけれどなあ。

さて、ジャパンがベスト16だったのに対して、お隣の国、韓国はベスト4である。無論、このチームも個人の能力で戦って、ベスト4を得たのではなく、かなりの部分指導者であるヒディングと恐るべき真っ赤なサポーターのエネルギーに支えられて勝ち取ったベスト4だとは思うのだが、それでもそこかしこに何人かの光る素材である選手達がいたし、そのパフォーマンスは世界にくらべても遜色のないであろうと思われた。しかし、現段階で移籍が確実なのは、MFのイ・ウリョンのみである。彼はトルコの一部リーグへ移籍し、すでに練習に帯同している。
もう一人、まもなく移籍するだろうと言われているのが、右サイドバックをしていたソン・ジョングである。彼はどうやら小野の所属するフェイエノールトへ移籍しそうである。彼はボランチもできるし、攻撃もうまい、オランダリーグでは今、人種問題があったりして、ちょっぴり不穏な空気はあるものの、彼なら充分活躍ができるだろう。期待したい一人である。
               ソン・ジョング
さて、その果敢なドリブルと物おじしないプレ−振り、さらに対アメリカ戦でアン・ジョンファンがゴ−ルした後、スケートパフォーマンスをした時にアントン・アポロ・オーノの役をした選手、イ・チョンスはイングランド、プレミアのサウザンプトンからオファーがあったものの、たぶん日本のJのチームと同様の問題があったのだろう、移籍は来年以降になってしまった。日本も韓国も本当に将来を考えるなら、移籍金などにこだわらず、どんどん海外に送りだすべきである。惜しい!

チャ・ブンクンの息子、チャ・デュリは、父も在籍していたレヴァー・クーゼンに 移籍し(実際には彼は高麗大学生だから入団だね)その下部チームでプレーすることが決まっている。チャ・デュリは6才までレヴァー・クーゼンのクラブに入っていたから復帰なのかな?言葉もある程度使えるみたいだから、近い将来での彼の活躍は間違いない事だろう。

次に何かとお騒がせなアン・ジョンファンは、移籍する事を前提として、ペルージャに戻った。が、アンの代理人が交渉しているアンの行きたいチームとペルージャが交渉している売りたいチームの違いがあり、難航しているらしい。僕は彼はさほど能力のある選手だとは考えていない。が、華のある選手ではあるよね。とにかくどこでもいいから、移籍してしまって、次を模索するのが賢いと思うんだけれどね。きれいな奥さんのためにもさ・・・。
               アン・ジョンファン
さらに、僕がこのワールドカップ韓国チ−ムの中で最も買っていた選手、キム・ナミルは、ようやくWカップでの傷が癒えて、彼の所属する全南ドラゴンズに復帰する事を得たようである。ところが、この全南ドラゴンズ、実はKリ−グの中でもWカップ以前は不人気チームでスタジアムが一杯になる事なんて考えも及ばず、シ−ズン中ならどの試合でも入れるチケット10万枚を売っていたのであるが、キム・ナミルが一躍人気者になってしまって、復帰戦を見ようと韓国中から「キム・ナミル、オッパ」(オッパはお兄ちゃんと言う意味だそうで、まあ「追っかけ」ですな)と呼ばれる大集団が集まって来ちゃっているそうである。チームとしては、チケット持って来た観客を帰す訳にも行かず、苦慮しているのだそうだ。彼にもオファーは来ているそうであるが、彼自身、怪我の事もあるし、全南ドラゴンズ唯一のスタ−選手でもあるらしく、移籍は来年以降になりそうである。正直な話をしてしまうと、彼はやっぱりそんなにテクニックに秀でている選手でなく、むしろ読みが良い選手だから、あまりアタリの強いセリエとかプレミアとかよりはオランダやベルギー、フランスリーグあたりが良いんじゃないかと思うのだが・・・。ともあれ、僕は注目している選手である。
                キム・ナミル
さて、ではJリーグに在籍していた選手はどうだろう?
すでにチームを退団したユ・サンチョルは年齢的な事もあり難航している。ファン・ソンフォンも退団が濃厚だけれど、彼はきっとKリーグに戻るだろう。京都に在籍するパク・チソンは同志社大学2年在籍中でもあるから、もう少し日本にいるんじゃないかと思う。チェ・ヨンスはWカップで出番が少なかったせいもあるが、彼は怪我が多いしねえ。
いずれにせよ、お隣の韓国も日本と同様、高く売ろうとしてつまずいてしまっている所も多々あるようである。本当に全体のレベルを上げたいと考えるなら、勇気を持って海外へ送りだす必要があると思うのは、僕だけなのかな?両国とも今回のWカップで列強の仲間入りしたと思い込むのは、ちょいと早いと思うんだけれどねえ・・・。

8/08/東京生まれですから・・・
今日当たりから帰省ラッシュが始まるのだそうである。僕は東京生まれなので、この帰省と言うものを経験した事がない。いや、友人の田舎に一緒に行った事はあるが、この時は電車に乗っていったので、いわゆる帰省渋滞というものにはまってしまった事はない。これは幸福なのか不幸なのか分からないけれど、TVや新聞で見る限り、まあ、あんまり経験したくはないなあ・・。と、思うのである。
また、同様に混んでいる時に混んでいる場所に行くのも基本的に遠慮したい。だって、非合理的な話でしょ。海や山や高原や博物館やたしかに色々楽しむ場所はあるのだろうし、僕も楽しみたくない訳ではないのだけれど、無理強いすることはないと思うのだ。少なくとも僕は生まれた環境もあって、夏だからどこかへ思いで作りに行かなきゃいけないとは、ちっとも考えていない。そもそもそんな経験は自分の子供時代には数える程しか経験がない。でも、違う意味での夏の思いではたくさんあるぞ。家族とのエピソードや貴重な経験にも事欠かない。
僕はそれで良いのではないかと思っている。何もステレオタイプの夏休みだけが、子供の思い出になる訳じゃない。大事なのは同じ時間を共有出来る事であって、その共有する時間が、なにも海や山である必要はないような気がしている。

ある時期、帰省にすごく憬れていた時期がある。そこで、第二の田舎を作ろうかな?と考えていた。実はもう場所も考えてあるけれど、できれば、そこにガレージハウスを持ち込んで、夏の間は、ずっとそっちに滞在しちゃうなんて 計画であったのだが、ちょっと、色々あって、頓挫してしまっている。まあ、イメージはできているので、その内、できるだろう。その時に子供が大きくなってしまっていても、それはそれで良いじゃん。人生は長い?のだから・・・。

会社に勤め始めた頃(当時、すでに会社の仕事の他にイラストの仕事もたくさんしてた)この夏休みの時期は、たいてい、スキーのパンフレットを作っていたりした。東京で独り残って、今みたいにマックなんかないから、シコシコとデザインしていたりした訳なのだ。いまだにそんな過ごし方が身についている。さて、今年の夏はいくつかのレギュラ−の仕事が入っているものの、後は、そんなに 詰っていないので(今から発注されても引き受けるぜ!ヘヘヘ)たまっている絵本のアイデアを具体化させるための仕事をしようかと考えている。

娘は受験生だし、カミさんは今、ある専門学校に通っているし、問題はチビだけである。彼だけはカミさんの実家(海老名)にでも長期滞在してもらおう。彼は彼の人生の中で初めての長期休暇なのだから・・・。

8/07/ブラバン
今日は、中三の娘のコンクールを観に、聞きに練馬区文化センターまで行って来た。彼女は通っている中学校のブラスバンド部でフルートを吹いている。そして昨日が中学生活最後のコンクールだったのである。正直に告白すると父親の僕は音符も読めない。音楽御法度の公団住宅育ちだから(近所迷惑だからね)音楽と言うものは、せいぜい、コードで弾くギターと怪しいブルースハープ程度しか出来ない。だから音符が読めるだけで凄いじゃん!と思ってしまうし、エライじゃん!と考えてしまうのである。まあ、今回の彼女なんかの場合は、とりあえず、三年前には何も出来なかった奴が、一応指揮者に合わせて吹けた・・・。と言う程度のレベルでしかないことは充分に理解出来るし、それ以上のものではないな。というのも確かな事だと思うのだが・・・。
しかし、昨日彼女達の演奏?合奏?を聞いてみた限り、結構まとまっていた。たとえばそれは、三人いたトランペットの音が均等に聞こえるとか、パーカッションが走り過ぎていないとか、そんな事である。少なくとも他の学校のホーンセクションの子たちは、とにかく一生懸命に吹いてしまっていて、それぞれが目一杯の音を出そうとするものだから、音が揃わず、同じ楽器なのに音が違って聞こえてしまう。娘の学校はその辺が上手に加減が出来ていたように思う。重ねて言うけれど、全体のレベルはそんなに高いものではないのは、前後の他の学校を観ていても分かるのだが、その中では比較的上手に「調教」が出来ていたのではないかと思った。
結果は「銀賞」だそうである。どう言う基準でどう審査されたのかは良く分からないし、全部を観た訳ではないのだけれど、まあ、良かったんじゃない?他のスポーツクラブなんかは一学期の内に大体引退になるのに彼女達ブラバンだけは、この夏休み半ばのコンクールまで引退にならないのである。
まあ、お疲れさんと言っていいんだろう。
ちなみに 娘は遠目には落ち着いて見えたけれど、実はひざガクガク、ノドカラカラだったそうである。フン!小心者め。その娘、今日は「打ち上げ」だそうで、早々と家を出ていった。何を打ち上げするのやら??
ところで、昨日の練馬区の気温は東京の中でも最高の39度?分だったそうである。70才を過ぎた叔母を連れていったのだが、暑さでどうかなってしまうんじゃないかと心配してしまったよ。なんだかね、困ったもんです。

8/6/36度5分
36度5分ってさ、体温ではないのですよ。本日の気温であります。だから今日は朝たばこを買いに出ただけです。こんな気温の中、働いている方々、お疲れ様です。くれぐれも熱中症にはお気をつけ下さい。しかしなんですねえ。これが日本の夏なのかと思うとゾっとしちゃいますねえ。子供が、ちょいと近所に遊びに行くのもこんな気温だと、ちょっぴり不安でもあります。
さて、今日は広島に 原爆が落とされた日です。僕も今朝程、黙祷をしました。普通に暮らしていた人たちが本当に一瞬にして無に帰してしまう、こんな不幸は二度とくり返してはいけないと思います。最近、なんだか怪しい法案が通ってしまったりしていますが、僕は反対です。アマちゃんであろうがなんであろうが、僕は武器と言うものが嫌いです。
ところで、毎年思うのですが、黙祷を呼び掛ける放送ですが、どうにかならないものでしょうか?息つぎが変です。棒読みなのは分かるのですが、いかにもひどすぎます。まあ、しかしプロのDJだったりしたら、それはそれで軽薄なものになってしまうのでしょうか?ちょっと考えなければいけない話だと思います。せめて絵本の読み聞かせ等で練習してほしいものです。言葉は人に伝える道具です。道具を上手に使うには、練習が必要です。暑い日にクドイ事言ってスイマセンが練習して下さい。

8/5/昔むかしのベッカム?
僕がサッカ−を始めた頃、日本のサッカ−事情は、メキシコオリンピックの銅メダリストたちが、次々と引退し、または引退する直前の状況で、まあ、どちらかと言えば衰退というイメージが強かった。三菱対日立なんて試合を見に行って「杉山走れ〜〜〜!」なんて声のかかる時代だったのだ。その杉山のマーキングをしていたのは、「スッポンの山口」なんてあだ名がついちゃった人であった。この山口さんは、その後、国分寺でお話をした事がある。
では、世界のサッカ−事情はというと、言わば一つの転機を向かえつつあった時代で、ブラジルでは、ペレに代表される一つの黄金期が、そのDNAを上手に次の世代に伝えた結果、リベリーノ、ジャイルジーニョ、レオンなどなど今、世界各国で指導者として活躍している光り輝く選手達が次々とデヴューしていた。また欧州に目を向けると、ドイツにはベッケンバウアーがネッツァがオベラートがミューラーがマイヤーが・・・。また、オランダではクライフがニースケンスがルーツ・クロルが・・・。とにかく、素晴らしく新しい考え方を持った若い選手達が活躍し始めた時代だったのである。
この新しい考え方が、やがて、世界のサッカーの考え方になり、少なからず進歩を遂げ、そしてアジアの小国をして、ワールドカップでベスト4まで進出するのである。
でも、当時、僕達にとってワールドカップも世界のサッカー事情も遠い国の話で、夢見るものであったのは、間違いない事であったのだ。
さて、その時代のちょっと前の話だけれど、イングランドのマンチェスターユナイテッドに今のベッカム人気を越えてしまう程の人気者の選手が所属していたんだ。彼の名前はジョージ・ベスト。あだ名は、マンチェスターユナイテッドのユニフォ−ムの色も相まって「赤い悪魔」と呼ばれていた。彼は信じられない程の快速ドリブルと切れの良いシュートが持ち味だった。なぜ、今彼の話が出て来たのかと言うと、サッカ−関係のニュースに彼が突然出て来たからなのであった。
さて、どんなニュ−スかと言うと、彼が「肝臓移植手術に成功した」と言うものだった。
彼は、突然スターになってしまったゆえに、酒とドラッグと女色に溺れてしまい、アル中と薬物依存症になってしまった。そしてマンチェスターを首になった。その後、ペレなどとともにアメリカの第一次プロサッカーに参加したが、往年の冴えは見れるはずもなく、その後、薬物とアルコールから立ち直るために入院して、さらに三年程前から肝臓移植を希望していたのである。そして今回彼の夢がかなって、マスコミに久々に姿を現わしたと言う訳だ。その姿が下の写真である。なぜだか、とても好々爺になってしまっているのに喜びを感じてしまうのは、僕だけだろうか? さらにその下の写真は、ヤフーで、偶然に購入した彼の本である。中に出てくる当時の選手には、若き日のベッケンバウアーやボビーチャールトン、ゴードン・バンクス、デニス・ロー、ブライアン・キッド 、サー・スタンレー・マシューズなどが登場してくる。なかなか趣深いものなのである。
まあ、どんな有名な優れた選手であっても老いには勝てないんだねえ。先般のWカップの時もそう思ったのだけれど、ベッケバウアーが、あんな風に禿げちゃうとは思わなかったなあ。
それでも、僕と同い年のあの醜い姿になってしまったマラドーナよりはマシだけれどねえ。

まあ、オシャレなのねえ。幾つになっても艶があるよねえ。

まあ、うっすら面影はあるかなあ?カッコ良かったのよ。本当の話。
みんな真似していたし、当時はジョージ・ベストブランドもあったんだよ。
ちなみに僕も着ていました。Tシャツですが・・・。


8/02/夕立ち
本日、東京では、夕方激しい雷雨があった。その直前からのドキュメントはこんな感じだ。
晴天なれど遠くから、かすかに聞こえる雷の音、窓越しに見える東京の空には、どこからかにわかに濃色の雨雲が流れ込んで来た。ウン?首が痛い。気圧が急激に変わって来ているようだ。これは雨が降ってくる徴候、間違えた事はない。洗濯物を取り込む。取り込み終わって、ふと気が付くとなぜだか部屋がとても暗い。あれ?振り返ると窓の外は、一転俄にかき曇り、遠くに稲光りも見え始めた。雨はまだ降っていない。暗闇はますますその度合いを深めていき、稲光りも強くかつ近くなってくる。我が家は南側180度パノラマなのでどこに雷が落ちているのかさえも確認出来る。これはこれで、なかなかのエンターテーメントなのだ。ますます近くなり、風の音も激しさと不気味さを増してくる。そして、とうとう雨が降り始めた。それはまさに風呂桶をひっくり返したような勢いで、急激に激しい雨になった。夏のまだ明るい時間にもかかわらず、宵闇のような暗さの中に稲妻が光る、落ちる。ちなみに雨が降り出してしまうと一時的に首の痛みは消える。気圧が安定するのだろう。1時間半程で雨の峠は越えたみたいだけれど、雷はまだ鳴っている。その音もだんだん恨みがましい犬の遠ぼえのように低く重くなっていき、やがて遠くへ去っていった。カミさんと娘が残り雨の中帰宅する。
さて、今日は息子の小学校の盆踊りなのである。参加しているPTAのソフトボールチームで露天を出しているので 売り子として参加しなければいけないのだ。家を出る。ところが出た所で携帯に電話あり、「本日中止、明日、明後日に順延。よろしく!」だそうだ。
なんとなく、一雨降って、涼しくなって、そんでもって盆踊りだから風情があるのになあ。ちょっぴりもったいないなあ・・・。なんて思いつつ、帰宅。お腹の調子も戻ったので、「プハッ!」としながらくつろいだりする。なんだか懐かしい夕立ちだった。ここの所の異常な暑さの夏はなんだかくつろげなかった。今日のは、なかなか良かったよ。うん。僕の知っている「夏」はこういう感じなのだ。
ところで、PTAのソフトボールチームで出す露天って、「煮込み」の露天なのよ。いいのか?小学校の露天で「煮込み」?でもこれが子供達に人気なのだ。ちなみに作っているのは僕ではなくてこのおじさん。我がPTAソフトの長老、Oさんである。さらに、ポスターも作ったのよ。それはこちら。ネーミングもいいでしょう。ウフフフ
     

ここだけの話、この値段で二日間で、ウン万円も売れてしまうのよ。スゴイよね。特盛りだけで計算しても500〜600杯は売れている計算ですよ。 並盛りならば、三桁売れてます。いやはやスゴイ