ファースト キス

文 / 桐生 由季弥 様




のどかな昼下がり。
アンジェリークとロザリアはいつものように二人でティータイムを楽しんでいた。
今日のお菓子はアンジェリークが焼いたクッキーと、ロザリアが焼いたケーキである。
育成をしない土の曜日は、視察が終わってから二人でお茶というのが習慣になっている。

「んーっ、やっぱりロザリアのベイクドチーズタルトって美味しい!
 ねえねえロザリアー、今度作り方教えて〜」

「よろしくてよ。あんたでも作れるように、このわたくしが教えてあげるわ」

「ありがとっ、ロザリア大好き!」

「どうせランディさまにあげるんでしょ?分かりやすい子ね」

ランディの名前が出た途端、アンジェリークは真っ赤になって恥ずかしそうに
俯いてしまう。
聖地中知らない者は一人もいない、公認カップルである。

「あ、明日ね、いつもは庭園でお逢いしてたんだけど、私邸に誘ってくださったの!」

「私邸にですって?」

「もし、君が欲しい・・・なんて言われちゃったらどうしようっ、きゃーロザリアー!!」

「馬鹿。変なこと考えないでさっさとケーキ食べなさい。教えてあげるから」

「ロザリアだって、リュミエールさまといい感じって聞いてるよ?ね、もう
 キスしちゃった??」

今度は途端にロザリアが真っ赤になって、アンジェリークから視線を逸らした。
ロザリアがリュミエールと付き合っていることはまだ皆知らないことである。
但し、鋼の守護聖と夢の守護聖には気付かれているようだが。
事実アンジェリークはゼフェルに最近二人が「いい感じ」であると聞いたのだから。

「あー、やっぱりしたんだ!どんな感じ?味はした??ねえねえ、ロザリアー」

「そのとき飲んでいた、カモミールの香り・・・ああ、リュミエールさま・・・・・・」

ロザリアは回想の世界に飛んでいってしまったようだった。
アンジェリークは少し羨ましそうにロザリアを見る。
ファーストキスは憧れである。
だが付き合ってもう3ヶ月程経つと言うのに、ランディとは何の進展もない。
付き合って1ヶ月のロザリアとリュミエールがもうキスをしてしまったなら、
自分たちだってしたい、とアンジェリークは思う。
キスすることで何が変わるというわけではないけれど、大好きなランディに
初めてのキスを捧げたい。
アンジェリークは意を決したように立ち上がると、妄想中のロザリアを
ぐいぐい引っ張っていってキッチンに立った。

「ロザリア!作り方教えてね!私だって、明日こそキスするんだからー!」

張り切りすぎたアンジェリークは、その後ロザリアに怒鳴られながらタルトを作り、
何とか完成したタルトを冷蔵庫で冷やしながら、明日の作戦をベッドの中で練ったのだった。



作戦決行の日の朝。
アンジェリークはいつもより気合を入れて、お気に入りのピンクのふわふわした
ワンピースに、同じ生地のリボンを頭につけた。
髪型は軽く巻いてふんわりさせた。
唇にオリヴィエから貰ったピンクのリップ。

「良しっ!」

気合も充分に、待ち合わせの庭園の噴水の前でランディを待つ。
少し早く着きすぎただろうか。
ランディの姿はまだなかった。
バスケットに詰めた、ちゃんと綺麗にカットしたケーキ。
暖まって痛んだりしたらどうしよう。
そんなとりとめもないことを考える。

「アンジェ!遅れてごめん!」

軽やかに走りながらやってくるランディに、アンジェリークはぱっと顔を上げて笑う。

「ランディさま!」

ぱたぱたと手を振ると、ランディは恥ずかしそうに笑う。
空色の瞳。
太陽に輝く茶色の、癖のある髪。
紺色のTシャツにベージュのハーフパンツにスニーカー。
爽やかでとてもランディに似合っている。

「待たせちゃったね」

申し訳なさそうに頭をぽりぽりと掻くランディに、アンジェリークは首を横に振った。

「そんなことないです、私も今来たばっかりですから」

「優しいんだねアンジェ・・・ありがとう」

庭園中に甘いムードが流れ出す。
皆微笑ましそうにそれを見て、邪魔しないように足早に通り過ぎていく。

「ランディさま、私、ランディさまのためにケーキ焼いてきたんです!」

「俺のためにかい?ははっ、嬉しいなぁ。じゃあ、俺の家でお茶でも飲みながら
 頂こうかな。行こうか、アンジェ」

「はい、ランディさま」

そっと差し出される手。
ランディはアンジェリークが持っていたバスケットを代わりに持つと、
空いたほうの手でアンジェリークの手を取った。
アンジェリークは恥ずかしそうにランディにはにかんだような笑顔を向け、
それからきゅっとランディの手を握った。
ランディも照れているのか、ほんのりと頬を紅く染めていた。
アンジェリークの歩幅に合わせて、ランディがゆっくりと歩いてくれる。
それだけでも幸せになってしまう。
私邸へと向かう道のりを、ただ他愛もないおしゃべりをしながら進む。
繋いだ手から伝わってくる温もり。
こんなにランディを好きになってしまっていいのだろうか。
不安も色々あるけれども、二人で一緒にいるだけで何もかも忘れてしまう。
「人を好きになる」ということ。
逢いたくてつらかったり、誰かとランディが話をしているだけで胸がきゅっとなったり、
笑顔を見るだけで嬉しかったり。
ランディにとって自分とは、どんな存在なのだろう。
アンジェリークはずっとその不安を拭いきれないでいた。
毎日毎日不思議な気持ちばかりで、アンジェリークは時々自分が何か病気に
なってしまったんじゃないかと思うこともある。
ロザリアにそれを言うと、「それはあんたがランディさまを好きだからでしょ」と
簡潔に回答されてしまう。
好きならなぜ苦しかったりするんだろう。
嫉妬という感情をまだ経験し始めたばかりのアンジェリークには、よく分からなかった。

「アンジェ?体調でも悪いのかい?何だかぼーっとしてるけど」

足を止めてアンジェリークを覗き込むランディ。
いつもより顔が近くに在って、アンジェリークはどきっとして燃えるように頬を紅潮させた。
髪の毛が風とともにふわりとアンジェリークの額を撫でていく。
昨日ロザリアに聞いた、キスのことを思い出した。
飛び出してしまいそうな心臓を飲み込むように落ち着かせ、アンジェリークはランディの
空色の瞳を見つめる。
そっと目を閉じたら、ランディはキスしてくれるだろうか。
周りに人が大勢通る道のど真ん中ということも忘れて、アンジェリークはただその翠の瞳を
揺らしていた。

「顔が赤いよ?熱でもあるのかな・・・」

少し日に焼けた、アンジェリークのそれよりもずっと大きい手で、ランディは
アンジェリークの額に手を遣った。
ひやりとした感触と、初めてランディに腕以外のところを触られたというその二つで、
アンジェリークは完全にパニックに陥っている。
そんなアンジェリークには微塵も気付かずに、ランディはアンジェリークの額から
手を離すと、

「熱はないみたいだけど・・・ちょっと休んだ方が良いかな。それとももうちょっとだし、
 俺の私邸まで歩けるかい?」

「あ、歩けます、大丈夫ですよ」

妙な期待をした自分を諌めつつ、アンジェリークはさっきよりも緊張しながら
ランディの手を握った。
想像してしまったからか、ランディの顔を見るのも恥ずかしい。
きっと目が合ってしまっただけで、今の自分なら茹で上がってしまうだろう。
私邸に着くまでにどうにか落ち着かないと。
アンジェリークは不自然に深呼吸しながらランディの私邸へと向かったのだった。



そして楽しい時間は瞬く間に過ぎ、ランディとアンジェリークは寮の玄関に
たどり着いていた。
結局キスどころか、何も進展がなかった一日。
ランディはケーキを食べてからなぜかうとうとと寝てしまい、アンジェリークは
寝ているランディを飽きることなく見つめていた。
膝枕のオマケつきで。
ランディがそれに気付かず目覚めたときには、既に夕刻。
門限に遅れないようにここまで送ってくれたのだ。

「ごめんな、アンジェ。俺、折角君が来てくれたのに、ずっと寝てて・・・」

「いつも執務でお疲れなんでしょう?全然気にしてませんよ」

「でも・・・・・・」

「私、ランディさまのお傍に居られるだけで良いんですもの」

「アンジェ・・・」

「それじゃ、私もう行かなきゃ。ロザリアに怒られちゃう」

「アンジェ!」

くるりと背を向けたアンジェリークの右手を咄嗟に掴んで、そのまま引き寄せる。
軽い衝撃とともに腕に収まったアンジェリークの、そのピンク色の唇に。
ランディはそっと自分のそれを近づけた。
びっくりして目を見開いたままだったアンジェリークは、ランディの意図を察して
そっと瞼を落とした。



初めてのキスは、チーズタルトの味。
思ったより柔らかかったランディの唇が、名残惜しそうに離れていく。

「ランディさま・・・」

うっとりと、アンジェリークが名前を呼ぶ。
今まで時折渦巻いていた、もやもやとした感情全てが、今のキスで溶けてなくなったような。
そんな気持ちにすらなっていた。
不確かだった二人の関係が、はっきりと「恋人」に昇格したような感じである。

「ごめんな、俺、昨日ずっとアンジェとこうしたいなって思ってて、それで全然眠れなくて」

「ランディさま、嬉しいです、私・・・」

「俺も、嬉しいよ、アンジェ・・・ははっ、何だか照れくさいな」

そう言ってから、ランディはもう一度、と唇を寄せてくる。
アンジェリークは幸せを噛みしめながら、それを受け止めたのだった。


                        End




初々しさが正しくランアンっぽくてツボですね〜♪
ちりがダメ元でリクエストしたら優しい由季弥さんが
快く引き受けてくださいました。

  (コメント:元PURE×PURE合同管理人 ちりさま)





 


01/07/03up