文 / 露埼 紗羽さま   イラスト / 亜綿







頬に感じるのは爽やかな秋の風。
海は穏やかな表情をたたえ、2人の前に広がっている。
夏の喧騒が嘘のように静かに。



2人だけの時間がようやく持てた時、
海に連れて行って欲しいと言うアンジェリークの願いに、
ランディが応えて訪れた浜辺。

重責を担う連日の執務から逃れての束の間の休息。
解放された気持ちが、伸び伸びとした笑顔となる。
それはランディにしか向けられない、飛び切りの笑顔。


「ランディさま!」


自分を呼ぶ愛らしい声。
ふわふわの金色の髪。
きらきらと輝く翡翠の色を湛えた瞳。
白いワンピースの裾が揺れて、
そこから覗くすらりと伸びた細い足が眩しい。

いっときも目が離せない。離したくない。

砂浜で素足になって、
楽しそうに波と戯れるアンジェリークを見つめていたランディは、
ふと既視感に襲われた。



小さな少女、金色の髪、
風に飛ばされた・・・あれは帽子・・・?
泣き笑いの笑顔、緑色の瞳・・・



「きゃーっ!冷たいっ!」


ランディはアンジェリークの声にハッと我に返る。
今のは・・・?


「あ〜あ、スカートの裾が濡れちゃった。」


そこには屈託のないしぐさで、波に濡れたスカートの裾をつまんでいる
いつもどおりのアンジェリークがいる。


「アンジェ、そんなにはしゃいでると、そのうちびしょ濡れになっちゃうよ。」

「大丈夫よ! ねぇ、ランディさまも!」

「ええっ、俺も?」

「早く早く!」


アンジェリークは強引にランディの手を取り、
波打ち際まで連れ出してしまう。


「ほら、気持ちいいでしょう?」

「仕方ないなぁ。」


手を繋いだまま、2人は波打ち際を散歩する。
アンジェリークは周りに誰もいない気安さからか、
ランディに腕を絡め肩先に頭を預けた。


「潮の香りがする。」

「そう言えば、真夏の海に連れて行くって約束、
結局果たせないままだったね。」

「ううん。いいの。私、今この季節の海も好きよ。
それにランディさまと2人きりで来れた事だけで、とっても嬉しいの。
真夏の海のマリンスポーツは、また今度のお楽しみにとっておくわ。」

「やっぱり?そう言うと思ったよ。」

「うふふ。ランディさま、ほら、貝殻よ。」

「アンジェ、知ってる?こうして貝殻を耳にあてると・・・」

「海の音が聴こえるのよね?」

「そう。」

「小さい頃、家族でよく海水浴に行って、こんなふうに・・・。」

「そっか・・・・。俺も母さんに教わったんだ。海水浴、懐かしいな。」

「ランディさま・・・」


家族に思いを馳せているランディの横顔を見て、
アンジェリークは切ない思いで胸がいっぱいになる。
今抱いているのは2人とも、きっと同じ気持ち。
それが痛いほどよくわかるから。

海はそんな2人の思いを潮風に乗せて、
遠くどこまでも運んでくれるような気がした。


「そういえば・・・・」

「何だい?」

「私が小さい頃・・・・」






目の前に広がるサファイアの空とエメラルドの海。
ランディとアンジェリークの瞳の色にも似た、空と海が溶け合った景色。


「あたしのお帽子・・・」


風に帽子を飛ばされて泣きじゃくる少女。
それはアンジェリークの幼い頃の姿。
近くにいた少しだけ年嵩の少年が駆け寄り、心配そうに声をかけた。


「どうしたの?」

「大好きな・・・っく、お帽子が・・・飛ばされ・・・ひっく・・・ちゃったの・・・」


見れば少女の白い帽子が、手の届かない波間に漂っている。
幼い少年には、どうする事も出来ない。
緑色の瞳から涙が次々と溢れ落ちる。


「泣かないで。そうだ!これあげるから。」


少年の手のひらから、少女の小さな手の中に渡されたもの。
それは薄紅色をした小さな桜貝。


「うわぁ、きれい・・・ありがとう!」

「さっきね、ここで見つけたんだ。」

「アンジェ、たからものにする!」


たった今まで泣いていた顔が笑顔に輝き、
少年は愛らしい少女を眩しそうに見つめた。





「また、あえる?」

「うん。またきっとあえるよ。」

「お名まえ、教えて?」

「ラン・・・」

「あっ!」

「それじゃあね!」


大きな波の音にかき消されてしまった名前を聞こうとした時には、
少年は手を振りながら駆けて行ってしまった。
優しい笑顔。
海の上に広がった青い空と、同じ色をした澄んだ瞳。

子ども心にはどんな宝石よりも綺麗に映った小さな桜貝。
それをもらった嬉しさに、飛ばされた帽子の事などすっかり忘れてしまった。





「私、その桜貝を今でも大切に・・・・」


ランディの顔を見つめようとしたアンジェリークの言葉が途切れる。
優しく微笑みかけてくれたあの少年の笑顔が、
今隣にいるランディに重なって見えたから。


「ねぇ、ランディさま。」

「ん?」

「私たち、小さい頃どこかの海辺で逢っていたかもしれないわね?」

「ああ、そうかもしれない。」


視線をはずす事が出来ず、見つめ合ったまま立ち尽くす砂浜。
打ち寄せては返す波に、足元の砂が掬われる。
バランスを崩すアンジェリークを、ランディは支えるように抱きとめた。


金色のふわふわした巻き毛。
涙に濡れていた緑色の瞳。
そして自分に向けられた愛くるしい笑顔・・・。


今自分の腕の中にいる一番大切な人。
これが、さっきの既視感の答えなのだろうか・・・?


「もしかしたら・・・・」

「もしかしたら・・・・?」

「俺の初恋の相手がアンジェだって言ったら信じる?」

「え?」



アンジェリークは腕の中からランディを見上げる。
澄んだ空色の瞳がどうしてもあの日の少年の瞳と重なって、
アンジェリークは不思議な気持ちに包まれていた。

ランディの唇が近づいて来るのを感じ、そっと瞳を伏せる。
優しいキスが唇に降りて来た。 



「そろそろ帰らなくちゃな、俺たちの場所へ。」

「ええ・・・・」

「いつかまたこうして君と海辺を散歩出来たら・・・。」

「また連れて来てくれる?」

「もちろんだよ。」

「今度は夏の海に?」

「うーん・・・夏の海ももちろん好きだけど、人が多すぎるし、
君の水着姿は他のヤツらの目に晒したくないし。」

「ランディさまったら!」

「だって本当にそう思う。」

「それじゃ冬の海?」

「そうだね。空気が澄んで星が綺麗かもしれないね。」

「約束よ。」


アンジェリークは踵を上げて、ランディの頬にキスをした。



   あの桜貝。
   想い出が詰まった大切な宝箱の中で今も眠っているはず。
   聖地に戻ったら、ランディさまに見せてあげたい。

   もしかしたら、本当に?
   初恋の相手が、ランディさまだったら・・・?
   ランディさまの初恋の相手が私だったら・・・?



アンジェリークは紐解いた幼い頃の想い出に、胸を躍らせていた。



                                   fin.



静かな海・・・穏やかな潮騒の音を聞きながら、
甦る思い出を胸に 戯れる2人v 
お互いへの愛情は どこまでも続く 深い広い海のようvvv
聖地で出会うずっと前に 運命は2人を巡り合わていて
しっかりと運命の相手の「しるし」を幼心に刻み付けてるなんて
とってもロマンティック〜v(*^^*)

この、昨年の秋に発表された しっとり素敵なお話に
漸く今年になって お約束のイメージイラストを仕上げることが出来ました〜。
紗羽りん、遅くなってゴメンね。そして素敵なお話をどうもありがとう〜〜!
露埼さんのサイトはこちらv→






 






04/08/16up