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君と過ごした星祭
永遠を誓った約束の夜
「こんな所から抜け出したのかい?」
「そう、びっくりよね。」
ランディとアンジェリークは、ホテルの非常口の階段から、
こっそりと部屋に戻ろうとしていた。
「大丈夫? 誰もいない・・・?」
「ああ・・・今だよ、アンジェ。」
周りを確かめるようにして、手を繋いだままの2人は
ランディの部屋に身を滑り込ませた。
「はぁっ、何だか心臓に悪いよ。」
「うふふ。ランディ様のお部屋、非常口のそばでよかった。
ね、お隣は誰?」
「オスカー様だよ。」
「じゃ、きっといないわね。」
「多分ね。今夜は戻って来ないんじゃないかな?」
ホテルの部屋からも、遠くに海が見渡せる。
空の高い所では、流れ星の饗宴がいまだ絶える事なく続いていた。
「テラスには出ない方がいいよ、アンジェ。」
「うん、わかってる。
ランディ様!お部屋からでも星が流れているのが見えるわ!」
「本当だ。よかったね。」
ランディはアンジェリークのフードを取って、
その白いコートを脱がせてやる。
「やっといつもの君になった。
大丈夫かい? さすがに冬の海は寒かったから。」
「大丈夫よ。ランディ様と一緒だったんだもの。
それに、あんなに綺麗な流星群を間近で見る事が出来て嬉しかった。」
「ああ。すごい星の数だったね。」
「でもね、ランディ様、今度は真夏の海にも行きたいな。
いつか連れて行ってくれる?」
「夏の海?」
「そう!パラセーリングをしてみたいの。
ランディ様と一緒に空を飛ぶのよ。」
「わかった。いつかきっとね。」
「わー、嬉しい!」
今度はどんな言い訳をして抜け出すんだろうな・・・・?
無邪気に喜んでいるアンジェリークを見ながら、
ランディはそんな思いをめぐらせ苦笑した。
「ねぇ、私たちが来るまでの間、ランディ様は何をしていたの?」
「昨日初めてウィンドサーフィンをしたんだ。」
「ウィンドサーフィン?冬なのに?」
「ああ、1度やってみたかったんだよ。
それに夏にやるよりも、冬は波もあるし風も強いからよく走るんだ。
風を受けて海の上を走るのは、すごく気持ちよかったよ。
でも、ゼフェルが・・・・。」
「また何かしたの?」
「あっ・・・っと、何でもないよ!」
「言いかけてやめるなんてランディ様らしくない!
それとも私には内緒なの?」
「違うよ、アンジェ・・・・ちょっとね、2人で海水浴しちゃったんだ。」
「ええっ?冬の海よ?大丈夫だったの?」
「ああ、平気、平気。」
「平気って・・・」
「ちゃんとウェットスーツも着てたし大丈夫だよ。
あ、あ・・・アンジェ・・・そんな泣きそうな顔しないで。
ごめん、ごめん。」
「笑い事じゃないんだから!無茶しないで、ランディ様。」
「相変わらず心配性なお姫様だね。俺は大丈夫だよ。」
ランディはアンジェリークの不安を取り除こうと肩を引き寄せる。
アンジェリークがその腕の中に抱かれようとしたその瞬間、
部屋のチャイムがけたたましく騒いだ。
「ランディ!ランディ、帰ってる?」
「マルセルだ!」
「どうしよう?」
「いないふりするしか。」
2人は反射的にベッドの陰にしゃがみこんで、
身を潜めた。
「うふふ・・・楽しい。」
「アンジェ・・・・」
「やっぱりいないみたい。
ロザリアがランディとアンジェは一緒だから心配しないでって言ってたけど、
まだ帰って来てないんだね。」
「だから言ったろう?あいつらの事だ、今頃どっかで2人して
のん気に星でも見てんじゃねーか?」
「うーん、だったらいいけど。」
「ぜってーそうに決まってるって!あんなヤツらの事はほっとこーぜ、
明日になれば2人揃ってノー天気な面して、出てくるって。」
「そうだね、それに2人でいるんだったら、
僕たち邪魔しちゃいけないもんね。」
「ま、そーゆーこったな。」
「本当は僕も一緒に流れ星を見たかったのにな。」
遠ざかっていく2人の足音に、ランディとアンジェリークは
ホッと胸を撫で下ろす。
「マルセル様、ごめんなさい・・・」
「ゼフェルのヤツ、また言いたい放題言ってくれて!」
「でも、当たってる・・・・」
「・・・そうだね・・・あはは・・・」
「しーっ、ランディ様・・・」
「あっ、そうか・・・」
「ね?今の私たちってかなり大胆かな?」
「うーん、そうかもしれない・・・。」
2人は声を潜めたまま笑い合った。
「そうだ、君に・・・」
ランディはリボンのついた小さな箱をアンジェリークに手渡す。
「え?なあに?」
「あけてごらん。」
「うん・・・・わぁ、可愛い!
これ、私の為に?」
それは流れ星をかたどった綺麗な飾り細工が付いた、
小さな小物入れだった。
「街で見つけたんだ。いろんなものを売ってて迷っちゃったんだけどさ、
これがいいかなって。今日の記念だよ。」
「ランディ様、嬉しいっ!!」
「しーっ!」
今度はアンジェリークが思わず声をあげてしまう。
ランディがアンジェリークの唇に人差し指をあてた。
「・・・ありがとう、ランディ様・・・」
アンジェリークはかかとを上げて、ランディの頬にキスをすると、
甘えるようにその胸の中に顔を寄せた。
ランディはアンジェリークの背中を両手で抱き寄せる。
「ランディ様・・・冬至って1年で一番夜が長い日なんですって。」
「だから?」
「だから・・・・・」
ランディは何か言いたげなアンジェリークの瞳に
優しく微笑みかけると、唇をそっと合わせた。
「一晩中、ここで星を眺めていようか?」
「意地悪・・・」
「じゃ、何がしたいの?」
そう言いながら、ランディはアンジェリークをベッドの上にゆっくりと横たえた。
「胸がドキドキしてる。
何だかすごくいけない事してるみたい。」
「いけない事?じゃ、やめちゃおうか?」
「ランディ様、さっきから意地悪ばっかり・・・」
「ウソだよ・・・」
「じゃ、続けて・・・」
アンジェリークはランディの首に自ら腕を絡め、蠱惑的な瞳を向けた。
「アンジェ・・・・」
「愛して・・・・」
ランディの手は、アンジェリークの着ているものを1枚ずつ脱がして行く。
肌が露わになっていくごとに、アンジェリークの頬は染まり恥じらいを重ねる。
「そんなに・・・見つめないで・・・」
「さっき見た星空より、たくさんの流れ星より・・・
君は綺麗だよ・・・」
「ランディ・・・さま・・・」
甘い声で自分を呼ぶアンジェリークの唇。
先ほどまで星のしずくを映していた瞳は、今は自分だけを見つめている。
腕の中の可憐な天使は、間違いなく自分だけのものなのに、
ランディはもっともっとそれを実感したかった。
唇が触れ合おうとするその瞬間、アンジェリークはそっと瞳を伏せた。
長いキスの後、うなじから白い肩先に唇を触れると、
アンジェリークの体がピクンと敏感な反応を返す。
ランディはその感触を感じながら、ミルクの素肌にゆっくりと唇を這わせ始めた。
恥じらいにその胸を覆い隠していたアンジェリークの手を、ランディはどける。
その手を繋いだままで、唇は柔らかなふくらみをなぞって行く。
辿り着いた先端を口に含み、少しだけ歯をたててやる。
「やっ・・・あぁ・・・」
今度はそのまま優しく舌を絡めるようにすると、
ため息にも似たアンジェリークの吐息がランディの耳をくすぐった。
ランディは、愛しいアンジェリークの体を自分の唇に、指に、
耳に、目に、残す所なく焼き付けようとしていく。
吐息は切ない喘ぎに変わり、アンジェリークの愛らしい口から次々と溢れ始める。
「あ・・・ああっ・・・はぁ・・・・・・」
「アンジェ、そんなに声を出しちゃダメだよ。
聞こえちゃうかもしれないから。」
ランディはそう言って、零れ落ちる声を唇でふさいだ。
「・・・んんっ・・・」
アンジェリークは涙をいっぱいに溜めて、ランディにすがるような瞳を向ける。
唇を噛みしめ、声をこらえるアンジェリークのその表情は、
ランディの目には、鳥肌が立つほど艶めいて映る。
星灯りだけの部屋。周りを気にしながらの秘め事。
いつもとは違うその状況は、さらに2人を燃え立たせていた。
「アンジェ・・・・」
アンジェリークの白い足が、ランディを誘うようにシーツに伸びている。
体を下に移動させたランディは、その細い足首を捉え、唇を押しあてた。
アンジェリークの足先を、痺れるような感覚が奔り抜ける。
「あっ!」
思わず声をあげてしまったアンジェリークは、慌てて自分の口を押さえる。
その手からどうにかして逃れようと、アンジェリークは膝を立ててもがいたが、
ランディはそれを許さない。アンジェリークの抵抗など意にも介さぬように、
足首を拘束したままで、唇はふくらはぎ、太もも、その内側へと場所を変えて行く。
「・・・ん・・・っ・・・・」
封じられた自由。出したくても出せない声。それでもランディを求めている自分。
アンジェリークの華奢な指は、引きちぎれてしまいそうなほどシーツを強く掴む。
涙が知らずに頬を伝う。
「アンジェ・・・泣かないで・・・」
ようやく顔を上げたランディは、アンジェリークの涙を唇で吸い取る。
アンジェリークは待ちかねていたように、求めていたランディの背中にしがみついた。
かすれた声でランディの耳元に訴える。
「や・・・・もう・・・・・」
「ごめんね・・・・・」
ランディの甘いキスは、アンジェリークを蕩かしてしまう。
そのままランディはアンジェリークの中に自分を満たしていった。
肩越しに顔を埋めて、声をもらさないように堪えながらランディを受け止める。
しがみついた腕に力がこもる。思わず爪を立ててしまう。
ランディの愛の行為に、アンジェリークは空へ高く舞い上げられた。
「声出せなくて辛かった?」
「ん・・・」
「でも、俺には・・・すごく可愛い君だったよ。」
「知らない!」
アンジェリークは腕の中から、クルリと向きを変え、
ランディに背中を向けた。
「アンジェ・・・そんなに無防備に背中を向けたら、
後ろから襲いたくなっちゃうよ?」
「もう、ランディ様!嫌いよ!」
ベッドの端に寄って、ますます離れようとするアンジェリークを、
ランディは後ろから抱きすくめる。
「いや、離して!」
「俺から逃げようとするからだよ。」
「ランディ様が意地悪ばかり言うからよ。」
ランディはアンジェリークの背中に、顔を埋めるようにして言った。
「ねぇ、アンジェ、本当に俺の事嫌い?」
「もう!くすぐったいからやめて!」
「じゃ、こっち向いてくれる?」
「もう、意地悪しない?」
「意地悪じゃないよ。」
「うそ・・・」
「信じてくれないんだ。いいよ、もう。
アンジェは本当に俺の事嫌いなんだ。」
ランディは拗ねたようにそう言って、アンジェリークの体を離し、
今度は自分が背中を向けてしまった。
「ランディ・・・さま? ね、怒っちゃったの? ねぇ?
嫌いなわけないじゃない!
ああっ!・・・ランディ様っ・・・・!」
アンジェリークは向き直ってランディの背中を見た途端、泣きそうな声をあげる。
そこにはアンジェリークが無意識につけてしまった爪の痕があった。
ランディはアンジェリークのその声に驚いて思わず振り返る。
「どうしたの?アンジェ?」
「これ・・・私がつけたのね。痛いでしょう?
ごめんなさい・・・ごめんなさい、ランディ様・・・」
「あはは、気にする事ないって。こんなのちっとも痛くないさ。
ああ、泣かないで。アンジェがつけてくれたんだから、むしろ嬉しい傷だよ。
その・・・何ていうか・・・声を出せなかったんだし、
さっきこれほどまでに俺を思ってくれてたって思えば・・・」
そう言いながらランディは照れくさそうに笑う。
言われたアンジェリークも恥ずかしそうに顔を赤らめた。
「でも・・・・」
「いいんだよ。」
「もう怒ってない?」
「ばかだな。最初から怒ってなんかないよ。俺も調子に乗りすぎた。
あまりにもアンジェが可愛くてさ、ついからかっちゃうんだよな。」
「やだ・・・もう・・・」
「あっ、あっ、だからさ、意地悪じゃないんだからね。」
「・・・うん。」
「でもね、アンジェ・・・」
「なあに?」
ランディはアンジェリークの瞳を覗き込む。
少しおどけたような口調で、アンジェリークにこう言い聞かせた。
「さっきみたいに逃げようとしても無駄だぞ。
アンジェは俺からはもう逃げられないんだ。俺は絶対に君を離さないから。」
「ランディ様ったら・・・・・」
「わかったかい?」
「ん・・・・」
ランディは再びアンジェリークを抱き寄せる。
アンジェリークも素直にランディに従った。
「何度でも・・・君に俺をあげるよ・・・」
「何度でも・・・」
ゆるやかに流れ行く時間の中で、幾度となく愛を交し合う。
一番長い冬の夜は、どこまでも2人だけのためにある。
「永遠に君を・・・愛するよ。
いつだって君のそばにいる。」
「私も・・・永遠にあなただけを・・・・」
窓の外に、この夜最後の流れ星が、
2人の誓いを掬い取るようにしながら、
ひときわ長い尾を引いて流れ落ちて行った。
fin.
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